第四十八話 10代目の意志
周囲に鋭いスパーク音が鳴り響く紫電を纏わせ、ただ泰然と兵士たちを窺いながら手を拱いていた。
【ブーストで下された雷を体外に放出し、数千万Vから成る紫電の残滓が、その周囲に放たれています】
死に場所を失った僅かな紫電の残滓が直撃を免れずにいた10代目の周囲を彷徨い、身に纏っているかのようであった。
「全員、剣を抜け」
副隊長様々な静謐と慧眼さを保ち続けていたが、篠突く雨に降り注がれた微かな火種が今にも消え入らんと揺らぐように、瞳を小刻みに震わせていた。
その揺らぎが悟らせてしまう。
煩く鳴らす鼓動を鎮めつつ足音を忍ばせながら息を殺して、10代目の背後に忍び寄っていた奇襲に。
肉を切らせて骨を断つと言わんばかりに血走らせた眼差しでも、決して躊躇なくその刃を振るった。
そんな想いも無念に終わってしまい、空を切る。
視界を遮る多量の土煙が宙に舞い上がり、次第に朧げになってゆくが、忽然と10代目の姿を消した。
周囲に視線のみを隈なく凝らすも、見当たらない。
胸の内に覆われた漠然とした不安が広がってゆき、淡々と忍び寄っていく其が鮮明になっていく。
死。
全貌が露わとなった時には、もう既に静かに一驚を喫した団員の背後に奴は、10代目は佇んでいた。
「最後に言い残したことはあるか?」
「無い、何もありはしない」
そう迷いなく告げ、土煙に呑み込まれていった。
「周囲に警戒、奴は神速だ。動きを読んで、行動しろ!」
光の速度に及んだ10代目を相手に無意味にも注視し続けて武器を携え、面構えは覚悟を決めていた。
けれど――。
「願わくば、動かないでくれ。楽に殺せなくなる」
包み隠さぬ一言が、その意志を酷く揺らがせる。そして、幾重の一条の紫電たる光芒は刹那に迸る。
無数の名も無き兵士の失われた四肢が宙に舞い、淡く透き通った視界を遮る霧を緋色に染め上げた。
悲鳴も、咆哮も、忠告も、雷雨に閉ざされて――多くの想いを胸に馳せた者達が大地に臥せていく。
颯と放り投げたナイフを地面に仕込ませ、その刃に爪先を触れて、煌々とした魔法陣を巡らせて、正に疾風迅雷の如く、迫る10代目の死を紙一重で躱すも、頸へ向けた反撃を許さぬ二撃目が首を刎ねる。
蛆のように絶えぬ兵団員を氷灼の双剣で一掃し、傍らの分身は勢いよく大剣を突き立てて、無詠唱。
数えきれないほど広がっていた人垣は、徐々に数を減らしていき、遂に前に出た副隊長と刃を交わす。
圧倒的な初動の差を予期していたオノルドフの保険。事前に眼前に備えていた刃を立てて翳す構え、自ら首を刎ねんと勢いが死なず猪突猛進を貫くが、更なる紫電が身を纏い、刃を難なく弾いて振るう。
咄嗟に背に跳び上がって猛追を微かにいなすが、鎧ごと切り裂き、胸から噴き出した真っ赤な鮮血。
微かに顔を苦痛に歪めるとともに血が収束する。
螺旋を描く幾多の秘色の蛇が喉笛に喰らいつく。眼前に迫っても尚無愛想を極め、盾の如く腕を翳す。
だが、決して呻き声一つ上げる事なく、切り裂いて――奴はしめやかな音を立てて、大地に倒れ込む。
そのまま息を吹き返す奇跡も無く、眠りにつく。
突然立ち止まった10代目に、鬼気迫る形相を浮かべて背後から一矢報いんと刃を差し向けるも、目にも留まらぬ速さで胸が穿たれ、軽やかに宙に飛ぶ。
その死にゆく者に躊躇なく刃を突き立てて、瞳スレスレへと触れる間際、10代目は泡沫に霧散する。
血飛沫と臓物が剥き出しにされ、それを目の当たりにした兵団員達は青ざめた顔色に変貌しつつも、次々と処刑台に向かうかの如く突き進んでいった。
ただ生を貪る、死神と化した10代目へと。
咽せ返るような血肉に塗れた霧がより一層色濃くなってゆき、勇者たる純白の外套を緋色に染め上げた時、消えてゆく分身の傍らの大剣を腰に携えた。
そして、辺り一帯には大地を埋め尽くすほどの夥しい数の兵団員の亡骸が広がっていた。勝利を手にしても、柄を握りしめる手は緩まることを知らず、虚ろな瞳は身震いするナイフを向けるネモにあった。
「……」
「失せろ」
一言に稚児さながらに瞠目し、逡巡しつつも刃を静かに下ろして、重き足取りで10代目を横切った。
その一部始終の光景をただ固唾を呑んで見守っていた村人達、そのうちの齢5にも満たぬ少女が――
「ぁ、戻ってきなさい!」親の制止を振り切って、次第に上がってゆく口角とともに歩み寄っていく。
「あ、あの……!」
人々の知る勇者とはまるでかけ離れた悪魔の姿。凛とした冷徹なる双眸と鬼気迫る形相が振り向き、思わず頬に一滴の澄む涙を伝わせ、徐に息を呑む。
捕食者の面構えが暖かな顔色に変化する事は無く、ようやく訪れた新たなる兵士らが怒号を飛ばす。
「可能であれば、この惨状を説明して頂けるかっ⁉︎ 当代勇者、シオン・ノースドラゴン様!」
それは朧げな人影に過ぎぬ10代目の反応を窺うように回りくどい言い方で、言葉を並べ立てていた。
「此処の後始末は俺がやる……。貴様らは民間人の避難を優先しろ、いいなぁ!」
「承知した!」
「お前もだ」
少女は喉元にまで出掛かった幾多の言葉を何度も出さんとするも、母音ばかりを言葉して零し続け、最後まで心情を吐露できずに蟠りを残したまま、足を引き摺るように親の元へと去ってゆくのだった。
【視覚共有を解除します】
霞む視界を癒さんと幾度となく瞬いて、俺の懐で静かに眠りにつくウォリアに緩慢に視線を向ける。
「待たせて、すまなかったな」