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最終話 Part1 魔獣と

「……残り数分と言ったところか」


 闇夜の黒影に覆われて空漠たる生い茂った森林。


 完全に使い物にならなくなってしまった利き腕をぷらんと力を抜けて垂らしたまま、腰に携えた剣の柄を徐に握りしめ、密かに家屋の影に息を潜めた。


「ふっっーフゥーー」


 武者震いで強張った全身を、ため息を零すように魂まで出てきてしまいそうな程に深呼吸で整えて、ゆっくりと決戦までの静寂に耐えんと解していく。


 地味に神経をすり減らされる腕の震えは森林と村の境目に行き着くとともに自然と治っていったが、最早強い痛みは失われ、感覚が曖昧になっていた。


 身体中の血液が厄介な呪いに搾り出される前に全てを片付けたいのだが――一向にその気配が無い。


 緩慢に鼓膜によく響かす息を呑む、頻りに瞬く、恐る恐る周囲に目を泳がす、磨かれた刃に目をやる。

そんなのを幾度となく繰り返していくうちに、次第に時間という感覚が損なわれていき、自ら一歩踏み出そうと立ち上がった瞬間、視界に忽然と真っ白な虫が音も無く飛び交い、何故か蹌踉けてしまった。


 柔な雑草のしめやかな音を立てて、無様に大地に臥す見るに耐えない姿を直さんと慌てて手を突き、茂みからそっと顔を覗かせるのだが、遂に現れる。


 煌々とした無数の輝き。


 それらは森林から目まぐるしく宙に浮かせたまま静かに動いて、足音を忍ばせて人里に降りてゆき、互いに目を配るとそそくさと等間隔に散っていく。


 鋭い眼光の見つかれば一巻の終わりさながら探知機を可動域の広い彼等は死角無く周囲に彷徨わせ、その範囲に触れぬよう土の上に膝を突き、俯せに。


 そして、レグルスから渡されたアベレイトダストが多分に入った布袋を手を忍ばせ、緩慢に溢れんばかりに掴み取とると、奇しくもそよ風に戦ぐ草花。


 掌の上の灰色に染まりし山盛りの錯乱の粉塵を追い風に載せんと、彼等に向けてそっと息を吹けば、


 僅かな煌々とした光を帯びた粒子は皆の目に映る事なく静かに闇に紛れてゆき、忽ち覆い尽くした。


 辺り一帯を混乱の渦へと。


 元々、嗅覚が衰えていたのか、それとも身を隠す俺を驚かせんと知らぬ素振りを装っていたのか――それは定かではないが、綺麗に罠に嵌ってくれた。


 そのまま流れるように茂みとともに仰向けに身を倒し、鋭く輝く剣を握りしめながら胸部に翳した。


 次第に不規則な歩みで草花を踏みしめていく音が近づいてゆき、鼓動の高鳴りは限界を迎えようとした次の瞬間、降り積もった雪のような丹田が露わとなり、俺の存在を気取る事なく大きく跨いでいく。


 魔獣は何事もなく頭上を通り過ぎんとする真っ只中、胸に翳した刃を掌に添えながら、突きの構え。


 そして、一挙動で一刹那に繰り出される、一撃。


 それはあっさりと潤いの失われて肥大化した鎧の如く皮膚を貫いて、ゆったりとした振動の伝わる心臓を突き刺した。


 が、最後の最悪の悪足掻きある山々に谺する程のけたたましい絹を裂くような笛吹き声が放たれた。


「キィィィィャァァッッ‼︎」


 鋭利な爪を備えた四肢を激しくぶん回す魔獣から強引に刃を抜き取って、そそくさと立ち上がれば、蛇に睨まれた蛙の如く俺の動きはピタッと止まる。


 方々から怒りを多分に含んで熱く注がれた視線。


「チッ!」


 平常心に戻りやがったか。


 願わくば、あと数匹は無傷で片付けておきたかったんだが、現実はそう上手くはいかないみたいだ。


「出来るだけ多く、地獄に送ってやる」


「グヴヴヴッッ……‼︎」


 掌に勝る鋭き牙から喉から手が出るほどの獲物に決して瞬く事なく目を離さず、絶えず涎を垂らすも、皆が皆、慎重に足音を忍ばせて、歩み寄ってくる。


「フゥーー」


 大丈夫だ、もう覚悟は出来てる。落ち着け……落ち着くんだ。そうだ! 思い返せ、思い返すんだ、今までのことを。レグルスと刃を交わした日々を。


 それは確か、数年前からの出来事であった。


 燦々たる陽光降り注ぐ下で俺たちは言葉を交わす。


「第一に殺意を持った相手に会敵した場合、決して目立つような行動はせず、自分の逃げに徹すること」


「あぁ」


「それが上手くいかなかった上、どうしても遭遇を避けられない際に初めて、命懸けの戦闘が始まる」


「避難誘導の役割を担って、囮役をするのは駄目なのか?」


「素人が下手なことをすれば、余計な混乱を招く一因になってしまうから、あまりお勧めしないかな」


「なるほど、勉強になる」


「本題に戻るが――相手との実力差が顕著に表れ、決して実力が覆らない。あるいは深傷を負う時は、助けが来るか安全な場所に避難出来るまで絶対に下手なことは考えず、生き延びることを最優先に行動してくれ」


「あぁ、解った」


「じゃあ初心者でも簡単に扱える技を教えていく」


「頼む」


「先ずは、魔法に関しては主に二つ。火球と氷塊。相手の選択肢を減らしたり、囮や引き付けるため何かに用いる火球。簡易的な壁を作ったり、脆くて冷たいが剣や盾、弓さえも作れる汎用性の高い氷塊。どれほどの力か気になるから、試しにやってくれ」


「あぁ」


 全ての雑音を鼓膜から閉ざして、徐に息を呑む。


「凛、蓮」と、唱えれば、左手で立ち所に燃ゆる火を灯し、もう一方で凛とした氷を生み出したが、どちらも今の俺では掌に乗るサイズが限界であった。


「なるほど……」


「どうだ?」


「うーん、天賦の才を秘めている。とは、口が裂けても言えないな」


「そ、そうなのか」


「でも……」


 ほんの僅かな集中力が片腕から滴り落ちていく鮮血で完全に途絶え、再び現実世界に舞い戻される。


 忽ち華々しく彩鮮やかに芽吹く草花が枯れてゆくのにも一切の目を向ける事なく、踏み躙っていく。


「全く、お互い身勝手だな」

 

 思わず、妙な笑いが溢れてしまった。


 似ても似つかぬお前らと面影を重ねてしまって。

 

 だが、傍らには厳かな面持ちのレグルスが居た。


「フッ」


「雨の日でも、風の日でも、決して努力を怠らないお前なら――そんな差なんてきっと埋められるさ」


 あぁ、お前に負けないくらい腕を磨いてきたよ。


 掌から燎原の如く村に影をも伸ばす紅蓮の焔を、その周囲に息をも凍らす無数の氷の壁をせり出し、豪炎火球を天へと昇らせてゆくと同時に剣を握る。


「来い」


 否が応でも視界に捉えた燦爛とした火に僅かに怯むが――直様心を落ち着かせて皆と視線を交わし、図ったように総総と脱兎の如く駆け出していった。


 太陽さながらの灼熱の塊を焔乃化猫フレイムキャットと化して、幾多にも分散させて降り注ぐ。


 周囲が橙色の光を帯びた灯火に照らされるとともに他者を憚る事なく一直線に飛び出してきた一匹。


 咆哮と共に唾液を飛ばしながら大口を開けて、容易に骨をも砕く分厚き牙を露わにし、喰らいつく。


 それに呼応するように雄叫びを上げつつ気合いで掬い上げんと刃を振るい、横から真っ二つにする。


「うぁっっ‼︎」


 身を造作もなく葉野菜にスッと刃を入れるかの如く切り裂いて、真っ赤な血飛沫を噴き出させたが、体が裂けようとも未だに想いが死なず、腕を喰らう。


「っ!」


 骨が鈍い軋みを訴えてから忽ち、無意識に呻き声を上げながら顔を苦痛に歪めて、歯を食いしばる。


「ウァァッッッ‼︎」


 続く第二撃で新たに視界の片隅から眼前へと迫ってくる新手を収めつつも、刃の棟で頭を叩き落としてすかさず繰り出すも、


「っ⁉︎」


 思いがけずに水平の大振りが下に逸れて地面に突き刺さり、そのまま気合いで持ち上げ、首筋に添えた刃でむざむざと首を刎ねて、剣を更に赤く染めた。


 だが、眼下に映りし一つのゆらゆらと揺らぐ影。

目にも留まらぬ速さのそれに振り返らんとするも、鞭打つ体は仁王立ちを嫌でも保ち、脳裏に馳せる。


 懐かしの記憶。


「万が一、満身創痍で死線に相対した時には限りなく最小限の動きで対応し、防御にのみ意識を割くこと」


「死角からの攻撃はどうすればいいんだ?」


「それは簡単な話だ。塞いでしまえばいいんだ」


「『塞ぐ?』」


「あぁ」


「ぐ、もっと具体的に教えて欲しいんだが」


「要するに自分の有利な状況に相手を動かせば良い」


「例えば、魔法での牽制か?」


「それと――」


 三度、返り咲く。


 そして、


「壁をせり出したり、かな!」


 決して越えられぬ堅牢たる氷の壁を作り出した。


 だが、凹凸の激しき足場を作り出してしまって、難なく軽やかに頭上へと達する異常な者も居たが、絞られた選択故に降り注ぐも、出鱈目な大振りに綺麗に引っ掛かり、無様に血飛沫と生首が宙に舞い、そのまま流れるように颯と水平に刃を繰り出した。


「っ!」


 次第に張り詰めていた僅かな力が弛んでいく。視界も霞の比率が一目でも解る程に広がってゆき、辛うじて踏ん張り利かす足元さえ疎かになっていた。


「この程度の相手――お前なら勝てるんだろう?」


「戦いに集中しろ! 次が来るぞ!」


 これ程の強さを遥かに上回る怪物共を破っても、尚五体満足で悠然とした振る舞いでいられるのか。


 勇者とは、人ならざる者を体現したかのようだ。


「グァァッッ‼︎」


 これで何匹目だろうか。


 こんな死人に限りなく近い体で、十数匹をも殺したというのに、熾烈な黒々しい影を纏った彼等の姿は、一向に消える気配はおろかその湯水の如く湧き出て、その数を減らすことすらありはしなかった。


「コリウス!」


 己に出来得る最も素早い動作で緩慢に振り返る。


 其処には淡い白息を切らして必死に腕を振り抜いても、その容姿端麗を損なわずにいるマリが居た。


「ハッ、説明不足だったかな……」


 ふと視界の前面に映り込む、滴る緋色の鮮血。徐に目を追っていけば、それは返り血では無かった。

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