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第五話 覚悟

 異様なまでの静寂に包まれた闇夜のアスター村。


「……」


 アザミさんの協力の甲斐あって、無事に皆を安全な付近の村へと避難させたが、未だ妙な胸騒ぎは治っておらず、寧ろその勢いはより鮮烈に増していた。


「何事もなく終わって欲しいんだがな」


 復讐に駆られた神獣の神々しいオーラを纏わせた影はおろか、皮膚を突き刺すような気配すら無い。


「コリウス! どうしたの⁉︎」


「いいや、何でも無いよ」


「そう、じゃあ早く行こうよ」


「あぁ」


 そう緩慢に後腐れなくマリの方へと振り返ったが、突然、黄金色の雷が大地に轟くかの如く迸る。


 右腕の激痛と振動。


 それはまるで呼び合っているかのように虚無に、いや森林の方へと内側から燻りながら膨れ上がり、無様に肉塊として弾け飛ばさんと爆ぜるのを覚え、何一つ見えぬ能無しに微かな先見の魔眼を宿せば、


「……なっ!」


 悍ましい姿に変貌した神獣たちは閑散としたアスター村を容赦なく蹂躙し、魔素の毒に染めていた。


 それは紫紺の鈍い光を帯びて余りにも禍々しく、決して人の立ち入れぬ死を漂わせる魔窟であった。


「そうか、鼻からこれが狙いだったのか」


 俺たちをわざとこの場から離れさせ、我々人類が住処を追いやったように――故郷を奪うつもりか。


「……不味いな」


 こんな都会から遠く離れた辺境の地では、幾ら最早血肉を喰らう醜悪な魔獣と化した群れと言えど、軍の要請から少なく見積もっても、三日は掛かる。


 だが、俺だけじゃ……。


「後は頼むぞ」


 それは唐突に、傍らから暖かな声色で囁かれた。


 随分とこっちの肝を冷やしてくれた最高に馬鹿な野郎に慌てて振り返れば――其処には当然、彼の姿を……レグルスの存在を微塵も感じはしなかった。


「っ!」


 お前って奴は、いつも怖いもの知らずで困るよ。こっちは今着々と進んでゆく死の道に握りしめた拳を震わせているのか、あるいは魔獣の招きなのか、

分かったもんじゃないって言うのに。ほんとうに。


 ずっと昔から、出逢った時からそうだったよな。


 まだこの村に名前すら付いていない、約三年前。


 淡雪さながらの装束を身に纏った連中に追われ、俺何かを遥かに凌駕する生死を彷徨う無様な姿で、仔猫かのように他者を憐れむマリに拾われて――。


「俺たちが初めて会ったのも、此処だよな」


 今じゃ血に飢えた獣の蔓延る魔窟と為ってしまったが、初めから惹かれ合うように気に入っていて、しょっちゅう昼夜問わずにこっそりと行っては、日を跨いで眠りこけて、皆んなに叱られていたよな。


 なのに、もう二度と立ち入れないかもしれない。


「確か、()()()()だっけか」


 唯一、俺達三人の色褪せぬ記憶だったのに……。


「なぁ、お前なら怖くないか?」


「怖いよ。でも、もし此処で逃げてしまったら、きっと残るのは後悔だけだから」


「フッ、お前ならそう云うと思ったよ」


 あの時、俺に与えてくれたのかもしれないな。


「そっか、そうだ、そうだったよな」


 けれど、お前なら必ず敗色濃厚な相手だろうと、これで自分が命を落とすと解っていても、迷いなく立ち向かうんだろうな。俺もその姿に憧れてたよ。


「よし、行こう。お前の帰る場所を壊される訳にはいかないからな」


「コリウス? 何言ってるの?」


 徐に一瞥し、静かに微笑む。


「ごめん、俺行くよ」


 もうこの腕に不思議と震えは無かった。


 そして、澄んだ大地へ大きく一歩を踏み出した。

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