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第一話 夢と神獣

 真っ赤な鮮血と霞んだ視界に閉ざされた視界の先、何人もの人間を貪り喰らってもまだ飽き足らず、両眼を鋭く輝かせた無数の魔物が卒爾に迫り来る。


 咆哮の如く喉を低く鳴らして、鋭く牙を鳴らす。もう生命を保つので精一杯な俺には抗う事さえ出来ず、眠りに落ちるよりも早い死が来るのを待つばかり。


 そう全てを諦めるように、徐に目を瞑っていく。


 その時――。


 微かな視界から垣間見える、真っ白なマント。それは忽然と靡かせて、颯爽と前面に押し出された。


 次第に消えてゆく心臓の早鐘が強かに鳴らされ、完全に失われていた筈の身体中の感覚が鮮明になって、絶えず生きる証の――鼓動の音が響き渡った。


「大丈夫か! 少年!」


 その人は容姿端麗な面差しに笑顔を取り繕って、今まで見た誰よりも美しい制服を翻して振り返る。


「……あ、貴方は?」


「私か? わたしは――」


 その時、最後まで言葉を鼓膜に響かせる事ができずに、朧げな意識がふっつりと途切れてしまった。


 其処には――勇者であるレグルスの姿もあった。俺から何もかもを奪い去り、裏切った大切な親友。


 ☀︎


 ゆらゆらと戦ぐ木々から薄らと木漏れ日が差し、燦々たる暖かな陽光が俺を神々しく照らしていた。


 思いの外、寝心地の良かった大樹に凭れ掛かったまま、俺は微睡んだ眼を頻りに瞬いて徐に天を仰ぐ。


 前髪の先端から指先に至るまで、ようやく長く続いた夏が終わるような熱を帯びたそよ風が吹いて、淡い幾重にも重なる木の葉が翻され、貫くさながらの眩しさに目をやられ、思わず眼前に掌を翳した。


「っ!」


 風と共に村の方から運ばれた微かに響く喧騒が、真昼時の表れを示してくれていた。きっと今頃、俺に目を向けずに皆は仕事に勤しんでいるのだろう。


「ハァ……ぇ?」


 つい俯きながらため息を零せば、視界に映り込む。白黄色の柔らかな毛と真っ赤で大きな口の中。


 俺は余りの驚きを隠せぬまま咄嗟に振り返れば、可愛らしい鼠のような見た目に相反するような凶暴性を露わにして、鋭利な歯を剥き出しにしていた。


 余程大飯食らいなのか、俺を一口で喰らわんと汚らしく涎をダラダラと垂らして、大口を開けていて、

「ウッ!」動けない⁉︎ 肥大化した前足が体を地面に必死に抑え付け、一向に動ける気配がしなかった。けれど、死を喰らおうと緩む一瞬、咄嗟に身を躱す。


「っ!」


 残念ながら奴は土を多分に口に含んでしまって、獲物を取り損ねたことで更に怒り心頭のご様子で、血走った眼差しが瞬く事なく俺を睨みつけていた。


「っ!」


 けれど、まだ五体満足で四肢は動くし、無意識のうちに胸に押し当てて握りしめていた剣があった。


「約束を破るつもりは無いんだ。悪いが、君は此処で死ぬ。下手な僕でも出来るだけ楽に殺すからね」


「ギィィィッッ‼︎」


 けたたましい悲鳴を上げて、それは向かってくる。凄まじい速さで四本足を存分に使っているが、ただ目の前の獲物欲しさに完全に我を忘れていて、元から悪い視野が、余計に狭くなっているようだ。


 疾くに鞘から刃を払い、喉笛を目掛けて向ける。のだが――。ピタッと歩みを止めて、体を元の大きさに戻しながら森の奥深くへと逃げ去っていった。


「待て!」


 なんて速さだ! 方向転換が並のそれじゃない。俺は身を倒すような傾斜の獣道に苦戦しつつも、無駄にすばしっこい後を追っていくが、遂に捉える。


「逃げるな!」


 無茶振りかな。


「待て!」


 そんな理不尽な呼びかけに応えたてくれたのか、鼠は山頂に達するとともに再び、突然立ち止まる。


「……?」


 だが、その視線の先には何かが居た。そう勘付いた俺は颯と息を殺して、咄嗟に木陰に身を潜めた。


 静寂。


 息を呑む。


 その光景に。


 雄々しく凛々しく冷徹なる気高き白狼が喰らう。その身の周りに神々しい黄金色の光を放って……。

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