第四十七話 覚醒
「ハァ……はぁ、はぁ」
暗雲立ち込める如く鈍色の空模様から、当たれば痛みが走ってしまうような大粒の鉄砲雨が降り注ぎ、その清濁を合わせ呑んだ天の下には10代目が居た。
ただ茫然と立ち尽くして、大地を凝視し続ける。
ナイフを握りしめた少年が天を仰いで横たわり、真っ赤な緋色の血溜まりが広がっていく場所へと。
「貴様の甘さが招いたことだ」
ナナカマドが自らを誤魔化すように怒号を飛ばす。その周囲には剣を携えた幾多の兵団員が立ち並ぶ。
10代目は絢爛豪華な鞘から鮮血滴る刃を抜かずに柄を握りしめたまま、一切の反応を示さなかった。
切り裂かれたロケットペンダントの紐が今にも千切れそうで、限りなく面差しは影に覆われていた。
「勇者など所詮は偽善だと言う事がよく解った。ただ己が為大義という名の利己的な意志を振り翳し、体のいい戯言を並べて夥しい数の犠牲を礎にしてでも目先の利益を優先し、世界に終わらぬ混沌を齎す大国の犬に過ぎん。何か反論はあるか? 10代目」
そして、ようやっと固く閉ざしていた口を開く。
「だったら、だったらこの子は何だって云うんだ」
「我々の目的遂行の尊い犠牲だ」
「貴様らと何が違う、大国の意とそう変わらない。結局は、お前が欲を満たしたいだけなんだろう?」
「そう見えるなら仕方ない、今まで散々小さな脳でさえも思考を馳せる事なく生きてきたのだからな」
「……ふざせるなよ」
「これを興を満たすが故の戯れだと? それは俺たちを玩具のように満足するまで弄ぶ、上の奴等だ」
「間も無くです」
淡々と印を結ぶ傍らの団員がナナカマドに囁く。
「何故、あの日、大国が崩壊したか解るか?」
「……」
「貴様ら誉高き勇者達が遍く人々を救済すると、いつでも善人ぶって民に考える脳を失わせた結果だ。純粋無垢な稚児に正義と欺き、勇者を目指す若人を叶えもしない冒険者という死の世界に駆り立てて、憧れという呪いに縛り付けていつまでも縋らせる。王の命が無ければ、何一つ為せはしないのになァ‼︎」
「そうやって己を偽りに塗れて、何が得られる?」
「その言葉、そのまま貴様に返そう。死と共にな」
【周囲で帯電が始まりました】
10代目はかろうじて息を吹き返して震わす手を必死に差し伸べんとする少年の夢を慌てて掴み取る。
【聴覚共鳴を強化します】
「ねぇぇ、お、おれにはね。妹がいるんだ。ずっとわがままばかりで、う、うざい奴だったけど、大好きで大切なたった一人の妹なんだ。だからお願い――妹をみんなを助けてくださいっ!」
最後の力を振り絞った少年の瞳から光は失われていく。そして、過去の10代目と見知らぬ青年が写りしロケットペンダントが開かれながら堕ちていく。
それはしめやかな音を立てて、少年の心に沈む。
「……ぁぁ、あぁ。命に換えても――」
勇者のいつになく広々とした背には固唾を呑んで立ち尽くす村人達が、ただ茫然と手を拱いていた。
「やれ」
「「「「雷鳴・シン・ユースティティアッ‼︎」」」」
【古の魔術、天から数千万Vの電流が降り注ぎます。其は大地をも破るので、衝撃に注意してください】
刹那、何よりも色濃く悍ましく美しき紫紺の光を帯びた一条の光芒が囂々たる地響きとともに迸る。
それは10代目の元へ神の鉄槌の如く裁きを下す。
大地を深々と窪ませるほどの雷が轟いてからも紫電がスパーク音が絶えず周囲を渦巻いて、第三の目が、その視界が鋭い音を立てて亀裂が走っていた。
【第三の目に魔力の漏洩が発生しました】
そして――。
周囲は塵一つ残らぬ程の衝撃が放たれていたが、煌々たる稲妻が晴れた先、泰然とした勇者が居た。
「奴は不死身か?」
「……もう此処で終わりだ」