第四十六話 動く絵と一般兵
「一体、どう言う事だ⁉︎ 避難が全く終わっていない」
あれから更に降り注ぐ豪雨のお陰で視界は最悪。だが、蟻の大群さながらの大行列と進行速度は著しく、体を冷やすでありう雨に打たれながらも進みゆく村人達の中には、疑問の声さえ飛び交っていた。
「恐らく、村人達の中に内通者が居るのでしょう。ですが、何故、こんなことを」
「此処の領地の所有者をこの場に留めるためだろう」
「……?」
10代目は俺を不思議そうに怪訝な形相で見つめ、続け様に質問攻めを差し向けてくる。
「それはどういう……」
「新たなる王の改革で、此処らの領土の権威者は、同様の場に住居を置き、如何なる状況下であっても『決して自らの保身惜しさに逃げてはならない』と、数千枚の金貨を人質に取られて、宣っている」
「では、何年も前から内通者と接触していたのですか?」
「いや、実力不足故に入団出来なかった奴等か、あるいは――この情報を知った者が感化されたのか。どちらにせよ、面倒な事になったな」
「どうされますか」
「先代を尊重するのは構わないが、今は緊急時だ。ただ考えもせずに指示を仰ぐのが貴様の仕事か?」
「いいえ」
「もう時期、招かれざる客が此処に訪れるだろう。あの兵士連中にも裏切り者が居るかもしれんが……一旦は全員の心を落ち着かせ、避難を最優先しろ」
「ハッ」
露骨に兵士を主張する奴等に眼を凝らそうとも、後を追っていた先程の兵士達の姿が見当たらない。
「チッ」
朧げな10代目と兵士が言葉を交わす事で、ノロマな亀さながらの進行を余計に遅くさせてしまった。
そして――。
「ウワァァ‼︎」
遂に限界に達してしまった少女らが不安を零し、その恐怖と苛立ちは全体へと瞬く間に伝播した。
「大丈夫?」
「静かにさせろ!」
「うるせっんだよ! ガキ!」
「皆さん少し落ち着いて……!」
「何なんだよ、何処へ行くんだよ!」
「そうだ! そうだ! 俺達には帰る場所なんてねぇぞ!」
「前の奴いい加減にしろよ! こっちは雨の中待たされてんだよ」
「子供が風邪を引くでしょうっ!」
「それは前の人も同じでしょう」
「少し黙れ!」
騒々しく霧に遮られた雨音でも耳を塞ぎたくなるような罵詈雑言は、鮮明に鼓膜へと運ばれてくる。
あれをやるか。
【?????を使用しますか?】
「そうだな、龍にでもしようか」
【紅龍を発動】
幾度となく土砂降りが打ちつける濡れた大地に、それは燃ゆる。パチパチと弾けるかの如く乾いた音とともに淡い赫赫とした火花を散らして、爆ぜる。
紅龍は次第に燃え盛るように膨れ上がってゆき、気高く鱗に覆われし口から焔を含んだ大息を放ち、錯綜とした皆の視線を一瞬にして、釘付けにした。
独りでに動き出し、いつ己に矛先を向けんとも知らぬのに、美しき龍と燃ゆる炎に魅入られていた。
あの感情の死んだ10代目でさえ射止めるほどに。
「全員、冷静になれ!」
「誰? あれ?」
「さぁ、わかんない」
「どうせ、ただの雇われの――」
「せ、先代様」
「えっ!」
「せ、先代様ですか⁉︎」
皆が一様に騒然とし始めるも死のチラつく恐怖の空気は無事に霧散し、意識は別へと割かれていく。
「現在、此処では地下に棲まう強大な魔物の処理に至急、対処しているところだ。混乱を招かぬよう水面下で少数精鋭による駆除活動が行われていたが先日、それらの魔物が突然活発してしまい、皆の安全を最優先する故にこのような状況になった次第だ」
「そう、だったんですか」
「持病があれば、其処に居る10代目に声を掛けてくれ。先行きの見えぬ明日が不安で仕方なかろうが、此処が踏ん張りどころだ! どうか耐えてくれっ‼︎」
「貴方がそう言うなら……」
「ぜ、絶対に子供達を守ってくれるんですよね?」
「だ、誰一人に死なずに済むんですよね」
「解りました!」
「せ、先代様、どうか忌々しいリベル騎士団の奴らを倒してください、そ、そして私達に帰る家をお与えください!」
「あぁ、そのつもりだ」
「ど、何処に居るんですか⁉︎ 我々が生み出した幻覚では無いのですよね?」
「俺は此処に居る。そして、貴様らの願い承った」
そんな心情を吐露した皆に縋ってこられてしまい、辟易とする10代目が俺の元へと駆け寄っていく。
「あれは、どんな力なんですか?」
余程、気に入ったのか、真っ先に口にしたのは、あの炎で創られし紅龍のことであった。
「花火を用いていてな、まぁ簡単に真似出来るよ」
「そうですか……。貴方はどうされるんですか?」
「ん? そりゃいつまでもこんな魔法使ってる――」
「そうではなく、行かれるのですよね?」
「あぁ、そうだったな」
「……」
「俺はこの村の先、始まりの場所へ行かねばならない。此処の者達全てを一任する。頼むぞ、10代目」
「えぇ、はい」
哀愁を漂わせた表情を浮かべ、緩慢に息を呑む。
「俺が居なくとも、何とかなるさ。お前は勇者だろう?」
「はい、はい……どうかお気をつけて」
「じゃあな」
「……?」
「ん?」
野生動物のように突然あらぬ方へと眼を向ける。
「どうした?」
「……いえ」
俺は霞んだ視界を研ぎ澄ませ、視線の先を追う。其処には黒きローブの纏し二つの人影が山上から身を潜めて、こちらの様子を見下ろして窺っていた。
ただ手を拱くだけ、なのだろうか。
「東大国の兵士……では無さそうですね」
「斥候かあるいは――」
一人の兵団員から燦々とした焔の弓矢が顕現し、徐に矢を番えるとともにそれは瞬く間に放たれる。
透明マントを被っていた俺に向けて。
目にも留まらぬ速さで眼前へと迫り、「先代!」と、10代目の必死の忠告も敢え無く、射抜かれる。
地形の悪さから茫然と立ち尽くしてしまった俺のほんの僅かな先の頭上、透明マントだけを狙って。
それは偶然か、将又――。
「チッ!」
透明マントを貫いて木に突き刺さった焔の矢は、篠突く雨を物ともせずに燎原の如く忽ち炎が広がっていき、鎮火する間もなく焼き払われてしまった。
【透明マントが破壊されました】
「あぁ、そのようだな!」
「怪我の程は!」
「大丈夫だ、問題無い」
「あれは狙撃手だったって訳か」
「追いますか?」
「イタチごっこが関の山、無闇に体力を使う必要は無いだろ」
風の流れや雨の受け方、不自然な会話具合から察したんだろうが、寸分の狂いも無く射抜くとはな。
「あれが一般兵だ。覚悟しておけ。この戦い、下手すれば死ぬぞ」