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第四十五話 妹と記憶

 早々に炎が淡く揺らぐ松明を握りしめ、遅番かサボりのどちらにしても最悪なタイミングでの邂逅。


 目が合ってから数秒、妙な間が生じた。


 静寂。


 しとしと降る糠雨に乾いた音を立てて燃ゆる炎、そして、煌々とした眩い紫電の光が迸った瞬間――再び、俺達の時が俄かに動き始めた。


 兵士は慌てて松明の火を落として剣の鞘を払い、俺はそんな焦燥を周囲に漂わす全貌を捉えんと緩慢に後ずさりながら、明るみになった顎先目掛けて、鋼色の刃が露わとなったとともに片足を振り抜く。


 咄嗟の足蹴であったが綺麗にクリーンヒットし、


「うっ!」


 と、痛みに悶えながら仰け反っていくあられもない姿に、追い打ちをかの如くみぞおちを肘で突く。


 そんな怒涛の続く第二撃目に唾液を多分に含んだ血反吐を零し、気を失ったまま仰向けで倒れゆく。


 そんな不憫な兵士の無駄に重き体を死ぬ気で片手で支え、目立たぬ端に寄せて透明マントを被せ、装備だけは一級品な防具一式を拝借させてもらった。


「悪いが、借りるぞ」


 どうか、終わるまで安らかに眠っていてくれ。

 次第に勢いの強まる厄介な雨の当たらぬ屋根付きの冷然なる壁に凭れ掛かけたまま、【透明マントの能力を発動します】と、兵士は忽然と姿を消した。


「行くか」


 徐に光の絶えた松明を拾い上げ、卒爾に二指で弾いて軽やかな音を奏でて、燦々たる炎を灯すとともに視界を照らされて剥き出しにされた魔眼使用中の兵士達の待ち構える出入り口へと歩みを進めていく。


【双方、魔力の波の具現化の魔眼を使用中】


 何事も無く、無意識に大きく第一歩踏み出した。


「……待て」


 と、思っていたのだが、案の定止められてしまい、表に微かな焦りも見せずに緩慢に振り返れば、燦爛とした冷徹なる双眸が鋭く突き刺していた。


「どうかしたか?」


「何処へ行く? 持ち場を離れるな」


「すまないが、持病の悪化で軽い体調不良だ。今、一時的に他の者と変わってもらうこととなってな」


「そうか」


「他に用があるか?」


「……」


 一人は特に猜疑心をチラつかせる事は無くなり、もう一人は懐疑的な意志を仄かに漂わせていた。


「無いなら、行くぞ」


 そして、後腐れなく再び、踵を返さんとしたが、


「待て」

 

 未だもう一方の兵士様にはご不満があるようで、又しても目的の場所を遮るように爪先を廻らせた。


「何だ?」


「貴様、病を患っていたなど聞いていないが?」


 生唾を呑む。

 それは鼓膜にまで響き渡るほど、轟音で。


 間。


「言うほどの仲か?」


「……」


「そうだな」


 ようやっと王都からやや離れた牢獄さながらの客の間の傍ら、鬱蒼と生い茂る森に足を運んでいく。


「ん?」


 戦ぐ木葉と木々の先、煌々とした鎧が鋭く輝く。


「わかりやすいな」


 準備に手間取っていたのか、完全に出遅れている10代目と何とも言葉に表せぬ湿った再会を果たし、共にサクサクと響く草木を踏み躙って進んでゆく。


「どうしたんだ? 随分と遅いようだが」


「すみません、別件で手間取りまして」


「そうか」


「走りますか?」


「いいや、この周りには警備中の兵士がゾロゾロいるから、不用意に目立つ必要は無いだろう。まぁ、これ以上雨が酷くなるのなら、話は別だがな」


「このペースであれば、数刻で着けるでしょうか」


「あぁ、だといいが」


 また重苦しき沈黙が続く。


 自然が運ぶ何気ない雑多な音の数々だったが、それのどれもがこの闇夜では不気味に感じてしまう。


「お前、確か兄が居たんだよな」


「えぇ、今もいますが……」


「実はな、俺にも妹が居たんだ」


 俺達は囁くように淡白に言葉を並べ立てていく。


「そう、だったんですか」


 複雑な心境と言ったところだろうか。


 俺の唐突の告白に10代目は言葉を失うほどに一驚を喫しつつも、この場に似つかわしい台詞を中々、いつものように生意気な態度で零せずにいた。


 それに頻りにこちらに仄かに輝かせた訝しげな眼を泳がせて、同類を見るような不思議な視線を注ぐ。


「何だよ」


「いえ、突然の出来事でしたので、直ぐには状況が呑み込めず……つい取り乱してしまいました」


 それでか。


「それで、どのような関係だったんですか?」


 それは同調の意志を求める故か、あるいは――。


「昔から花や星が好きな無邪気な奴でな、よくそんな遊びやら絵本に付き合わされていたよ。ハハッ」


「やはり離れてからは、少しずつ記憶が欠けてしまいましたか?」


「うーん。どうかな。元々、うろ覚えな思い出ばかりだからなぁ~まぁ少なくとも大切な記憶だけは、今も色褪せずに残っているよ、お前はどうだ?」


「同じようなものです」


 淡々と燦々と灯されし炎を避けながら、決して周囲への警戒を怠る事なく、慎重に先へ進んでいく。


「どうですか?」


「……?」


「他愛もない不変なき日常に塗れた貴方の過去も、今となっては何物にも変え難い宝になったんじゃ」

「いいや、全然」


 その身をすり寄せるような想いの含んだ一言に、一切の躊躇なく叩きのめす如く台詞を吐き捨てる。


「……そうですか。意外、ですね」


「そうでもないさ、別に死んじゃいないしな。会おうと思えば……この世界の不思議な力――魔法で」


「それを人は()()()と呼ぶのでは……」


「えっ……あぁ、ぁぁ。そうか。そうだったのか」


 俺は無意識のうちに口走っていたらしい。ただ、もう二度と手に出来ぬ過去をどちらかが焦がれて。


「人が真っ先に忘れてしまうのは、声らしいです」


「声、か」


「お前のお兄さんは、どんなだったんだ?」


「そうですね、確か底に触れる程度に低くて、それでも俺たち家族にはとても暖かな声風をしていて、褒める際には大聖霊のようでいて、それで怒る時には鬼が出たのかと思ってしまうような感じでした」


「何だか、抽象的だな。若干、ボヤけてるぞ」


「そうですかね……? 先代はどうですか?」


「俺か? 無邪気な精霊のような声色をしていて、他の子よりも甲高くてギャーギャーよく喚いてな、甘える時はドロドロに溶かしたシチューみたいで、理不尽にキレてくる時には、子供の嫌な部分が収束したような感じだな」


「貴方も同じくらい曖昧ですよ」


「……そうかもしれないな」


「先代がそんなことでは、妹さんももう忘れてしまっているのでは?」


「はは、それはキツイな」


 手痛いしっぺ返しを喰らわすだけでは飽き足らず、俺は苦汁を舐めさせられてしまい、ただ微笑んだ。


 傍らに茂みから幾重もの緑葉を戦がす音がした。

一刹那に立ち止まりながら進行方向を切り替え、【無尽の龍王之剣を召喚】して、刃を差し向ける。


 だが「キュ?」それは単なる獣に過ぎなかった。


「イアーラビットですね」


「その長ったらしい耳をもっとわかりやすく見せておいてくれたら、こっちも驚かずに済むんだがな」


「生存競争を生き抜く上での基本術なんでしょう」


「そうなんだろうが……?」


 そして、お次は道無き道の奥から響く車輪の音。ガタガタとまぁ凹凸の激しき道のりを進んでいるようでそちらに視線を向ければ、影に覆われた大きな馬車の朧げな影とともに馬の瞳が鈍く輝いていた。


「ん? 追っ手か?」


「順を追って来て無いんですね」


「急を要していたからな、やむを得んだろ」


「えぇ、そうですね」


 嫌々納得した言葉は久しい義務感に溢れていた。


「先代は身を潜めていてください」


「止めるのか? お前でも此処にいるのは、不味いんじゃないか?」


()()外出許可を得ていますので、ご安心を」


「そりゃ、頼もしいな」


 そうして俺は木陰に身を潜め、10代目の素晴らしい成果を待ち侘びながら行く末を見届けることに。


「誰だ⁉︎ ……シオン様!」


「止めてしまってすまないな」


「いえ、急用では無いのでご心配なく」


「そうか」


 好都合なお相手との邂逅を遂げてしまった。


「すまないが――」


 順調に話を進めていく傍ら、黒きローブを纏いし厳かな面持ちの兵士達が馬を疾駆の如く突き進み、「邪魔だ!」随分とまぁ慌てている様子であった。


「何用だ!」


 10代目は颯と過ぎ去ってゆく背に怒号を飛ばす。


「哨戒だッ!」


 それは10代目を勇者として気付けぬ程であった。


「馬を一頭貸してくれ!」


「え?」


 雄々しく気性の荒い傷痕塗れの暴れ馬の隣に立ち並ぶ、凛々しく心穏やかな白馬の手綱を握りしめ、軽やかに跨りながら【引力を発動】されてしまう。


「うわっ!」


 10代目の広々とした背に連なり、徐に肩を添える。


「……それは?」


「使い魔だ」


「行くぞ」


「ちょ、ちょっと⁉︎」


「あの先に居る」


「はい」


 兵士の半端な制止を振り切って、その後に続く。

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