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第四十二話 東大国パクスへ

 あれから数刻の凹凸の激しき荒野を抜けて、荷馬車の中では、魔法の練習に全集中なる躍起なベリルの傍らで、床に横たわって悪夢に魘されるコルマットを不安げな様子で淡い緑光を発して癒やす精霊。


 そして、其々が前と後ろをを惰性で眺めていた。


 不穏な空気も澄む雰囲気も漂わぬ妙な間が続く。


 無事に返り咲いた白馬の懸命なる走りで、俺達は依然として魔物の群れに出会す事も無く、蜃気楼が生まれそうなほどの地平線が際限なく続いていた。


 無意識のうちに、茫漠とした煩慮の思念を脳裏に募らせていく不安とともに頻りにあくびの出る退屈を紛らわさんと、アイテムボックスを漁っていく。

無論、片手間で透き通った蒼きアイテム欄のデカデカとした表示を片隅に寄せ、僅かな意識を割いて。


 そして、溢れんばかりの形見の中の、あの無邪気な少年少女がくれた無造作な【花冠を召喚】した。


「……フッ、ハハ。――――ッッ‼︎」


 僕は緩慢に胸へと限りなく強き力で押し当てた。


 星花。たまにこれは全て夢なんじゃないかって思うよ。けれど、この残酷な現実ってのはいつもそんな時に突きつけてくるんだ。――絶望ってやつを。


「先代ッ!」


 10代目の声を荒々しく乱した怒号が飛ぶ。


 不意に疾くに背に振り返れば、煌々とした眩い球が荷馬車へと迫り、瞬く間も無く白光に包まれる。


 唐突の攻撃で粉々になった荷馬車の一部とともに軽々と吹っ飛ばされて、むざむざと地に打ちつけて、肩から腰に掛けて鈍い痛みが絶えず襲い続ける中、大量の粉塵が宙に舞い上がる方へと視線を向けた。


「10代目! 無事か⁉︎」


 煙から朧げな大きな影が揺らぐ姿が次第に露わとなっていき、コルマットの振る尻尾が垣間見える。


「ハァ……」


 安堵したのも束の間、視界の片隅に映り込む疾風に載せられて吹っ飛ぶ馬車の破片で颯と我に返り、姿勢を低く保ったまま、徐に大地に突きながら、周囲を見渡せば、眼下に覆い尽くされし無数の人影。


「あっ⁉︎」


 咄嗟に【紫紺の魔法陣を召喚】し、真横に跳ぶ。

それとほぼ同時に大地に囂々たる衝撃音が走った。


 差異たる土石の破片と共に嵐の如く突風に吹き飛ばされるまま、刹那に押し寄せる粉塵に紛れるが、煙に覆い隠された視界に朧げな人影が現れ、霧散。


 この煙に乗じて、【ノースクレイムを召喚】をし、体に纏いし微粒の一群を放たんとするが――、東大国の黒々とした軍服を身に纏いし猛禽たる双眸に火花を散らした無造作な短髪青年が刃を振るう。

その姿に忙しなく霧散させ、両手を高々と上げた。


 それでも容赦なく手首を捻り、勢いを殺さぬまま柄頭を小振りに一打を繰り出して丹田に叩きつけ、唾液を多分に含んだ血反吐を零して、大地に臥す。


 ただ両手を空にしたまま、冷徹無比なる野郎に牙を向けんと鋭く睨み付ければ、周囲に疾風迅雷の如く舞い降りて突き立てられし無数の刃と兵士たち。


「動くな」


奇しくもむざむざと地に突っ伏して、ひしひしと伝わる皮膚を突き刺すような悍ましい膨大な魔力。

それは噴火寸前の火山かのように荒れ狂っていた。


「蠢いている……のか?」


「あ、頭でも打ったんでしょうか?」


「黙ってろ」


「一応、勇者様ですから敬語で喋られた方が……」


「捕虜に畏まってどうするよ」


 徐に視線だけで一瞥すれば、仄かに桃色を帯びた紅一点なるビクビクと焦燥感を露わにした女性に、真っ白でいて艶やかな長髪を靡かせる筋骨隆々と、黄金色に輝く短髪が無駄に刺々しい凛々しき青年、ボサボサ髪の中肉中背で顔立ちも十人並みでいて、冷徹なる眼差しを秘めた若葉のような緑髪の少年。


 そして――。


「東大国パクスの国王陛下直々の命により、リア・イースト、貴様の身柄を拘束し、王都へ連行する。こちら側に不備があれば、最大限聞き入れよう」


 その一言に10代目の姿が揺らいでいた元へと目を向ける。其処にはただ粉々の荷馬車を見つめ続け、緩慢に膝から崩れ落ちて只管に打ち拉がれていた。


 正に茫然自失と言ったところか。


 そのまま、まるでピクリとも動きを見せぬ姿に善良なる心が居た堪れなくなったのか、裏切り者の糞野郎であるにも拘らず、つい情けを掛けてしまった。


「考え無しに貴様らが壊してしまった荷馬車を、其処にいる10代目に直すよう、指示してくれないか」


「承知した、頼む」


「へいへい」


 緑髪が渋々、頷き、息を吸い込んで怒号を飛ばす。


「当代勇者のシオン・ノースドラゴン様で確かか⁉︎」


「あぁ、そうだ」


「では、大国崩壊時の感情を述べて頂こう!」


「散り際の台詞はそれで良いのか?」


 そう言って鬼気迫る形相で早々に刃を抜くが、「本物のようだな」と何とまぁ、荒々しい確認方法であったお陰で、戦場と化すのは奇跡的に免れた。


 だが、愚痴一つ零さずに無詠唱で立ち所に時を戻すように荷馬車を立て直していく10代目のお陰で、背にいた御者の口角が次第に上がってゆくのだが、相対的に小言も気分も損ねた緑髪が再び、口走る。


「すまなかったな。後でそんなボロボロのガラクタより良い、一級品を手配しよう。無論、無償でな」


 距離を置くように冷ややかな眼差しを向けると同時に、懐の忍ばせたなけなしの金貨を握りしめる。


「キール!」


 侮蔑を含んだ眼差しを居た堪れなさで頻りに泳がす視線に移ろわせる御者を、俺は優しく見つめた。


「お前の意思を汲み取ってやれなくてすまなかったな。これは、心ばかりの償いだ。どうか受け取ってくれ」


 二指で挟んだ黄金色の硬貨を小突くように爪弾き、キンッと高らかなる音を響かせて、宙に舞う。


 それは静かな音を立てて、足元に伏した。その面を捉えんと目を凝らせば、英雄の絵が写っていた。


 表か。


「そんな……」


「良いんだ。お前は、此処まで良くやってくれた」


「先代様……」


 強張った頬に満面の笑みを見繕う。


「誇りに思え」


「……はい」


 苦痛に顔を歪めながらも何とか拾い上げてくれた。


 お前が愚直な奴で助かったよ。


【ドレインタッチを発動しますか?】

 

 いいや、まだだ。


「行くぞ」


「あぁ、わかっている」


「ふ、副隊長。彼等もいつまでも隠れているのは、ちょっと大変なんじゃないんですか?」


「あぁ、そうだったな。全員、姿を見せろ!」


 まさかの副隊長様が何も無き地平線に向かって、空を破らんばかりの怒号を飛ばし、鳴り響かせる。


 そして、虚無から忽然と現れし幾多の軍隊。


「無駄な労力を割かせてしまったようだな」


「先代勇者の捕縛だ、寧ろ少ないくらいだ」


「へぇ、他に戦力を当てているということかな?」


「さぁな」


 こうして手厚い歓迎を持て成してくださる心優しき国王陛下の計らいで送られた兵士達に、握手を交わすように魔術を巡らせた異様な手錠を課せられ、仰々しく檻に等しき護送車の四隅に乗せてくれた。


 その中では、きっと推しに出会えた感動の緊張している皆のせいで殺伐とした雰囲気が漂っていた。


「ハァ……」


「喋るな」


 興奮するあまり言葉まで荒く刺々しくなっていて、皆の面差しを流れるように一瞥すれば、死の淵に立たされたような顔色と鋭い眼光が帰ってくる。


 そんな沈黙を破らんと、嘆息を漏らすように告ぐ。


「これ程の兵隊を率いていては、相当な数の魔物が寄ってくるんじゃないか?」


「要らぬ心配ご苦労。残念ながら既に対処済みだ」


 幌の外に耳を澄ませば、「上だ! 来るぞ!」と、まぁ大変そうな方々の声と酸素を喰らう炎に、凛とした氷塊の創生に、囂々たる落下音らを大地に響かせ、人ならざる無数の金切り声が轟いていた。


「大変なことで」


「間も無くです!」


 目にせずともひしひしと全身に駆け巡っていく、膨大な魔力に閉ざされた鉄からかけ離れし大正門。


 それを大岩を引きずるような開閉音を鳴り響かせながら、魔導士によって開かれるのが垣間見える。


「数が増えたな。質が落ちたのか?」


「舌を切り落とされたくなければ、口を閉じろ」


「あぁ、すまなかった」


 そして、待ち侘びていた国民の大歓声が谺する。


「勇者様ァーッッ‼︎」

「お帰りなさいー! お待ちしておりましたぁ!」

「リア様、お顔を見せてください!」

「先代様! どうか家の店に寄ってってください」

「先代様ァァ! 当代様ァ! 旅頑張ってぇッッ‼︎」


 そんな名の知れた俺達を一目見んと数百人以上の者達が空を割るかの如く数多の声を轟かせる最中、俺はそっと立ち上がり、幌の外に身を乗り出した。


 本来の広々とした道を無数の人垣が作られ、狭き一本道が生み出されていたが、どれだけ探そうともその中に、()()の姿は見当たらなかった。


「さっさと戻れ」


「ハァ……」


「手を振れ」


 徐に椅子に腰を下ろした俺に無理難題を押し付ける。


「これじゃ無理だろうな」


「違う、お前に言っているのではない」


 白髪が冷徹に言葉をぶつける。


「あ? あぁ、そういうことか」


 決して瞬く事なく俺を注視し続けるなんて幾ら神経を研ぎ澄ませていも無理があると思っていたが、そういうことか……。通りで茫然としている訳だ。

 

 あの姿を目にするまで、二度と這い上がれぬであろう暗闇の泥濘に沈んでいき、徐に目を閉ざした。


 そして――。


 静寂に鎮まりし瞬間に、再び視界を舞い戻した。


 霞む光景の中で真っ先に捉えたのは、玉座の間。


 絢爛豪華な王冠を被りし懐かしの国王陛下が玉座の肘掛けに頬杖を突き、「良くぞ、舞い戻られた。勇者リア・イーストよ」言葉とは裏腹な顔を見せる。

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