第四十話 意志と王
「かろうじて敵兵を全て惨殺した俺は、無事にその連中を枷から解き放ったんだが……何せ下働きしかしてこなったせいで字の読み書きはおろか、切り裂かれた頬と落とされた舌のせいで口からは言葉さえ覚束無いほどで、これから先生きていけるか不安でしょうがなくてな。次の任務に向かうまでの数日、唯一、俺の自慢できる剣術を教えることとなった」
「国王陛下ならしっかりとした補助を」
「仮に王がそうしても、周りが迫害しないとは限らないだろ。人ってのは誰かを貶すのが性だからな」
「盲点でした」
盲目勇者の戯言に話を遮られつつも、水縹なる朝日を迎えるまでの間、淡々と言葉を並べ立てていく。
「それから数ヶ月後のことだった。いよいよ他大国から東諸国への治安維持を名目とした、不動の魔道士率いる数万人の軍隊の派遣が理不尽に可決され、例の崩壊による戦力の激減で国力の乏しさを露呈させてしまい、東諸国の領土の簒奪を恐れた国王陛下が、勇者として大成した俺を再び王都へ招集した」
「いつです?」
事実と照らし合わせんと躍起な想いを馳せる10代目が、疾風迅雷の如く鋭い声色で俺を突き刺した。
「確か…………翌年の4月だったかな」
「そうですか」
「戻っていいか?」
「遮ってしまい申し訳ありません」
「何度もな」
「はい」
「単独での任務と思っていた矢先、勇者護衛隊と称して監視役の少数精鋭の強面の兵士が加えられることを告げられることを知った。そして、その中には、あの時の村人の一人、ウォリアの姿があった」
【皮袋の水筒を召喚】して、喉の渇きを潤しつつ、五月雨式に捲し立てんと「それから」と告げるも。
「……南東戦争ですね」
恐怖を掻き立ててしまったのか、勇者が口走る。
「あぁ、そうだ。表向きは国の平和の持続の為に東と南の境界線に配属された兵士だが、結局は自らの国の一部とするのを目的とした殲滅部隊だったよ。全員がまるで化け物のように不死身で、残忍で、冷徹で、一切の躊躇も見せずに兵士は惨殺されていた。まぁ俺は却って好都合とさえ思ってしまったがな」
「……?」
「その凄惨な光景を気性の荒い捕虜の兵士と共にある方法で全世界に中継し、全てを公にしたんだ。まぁ今まで見て見ぬ振りをしていた連中も偽善を振り翳したくなったんだろうな。その連中は勿論の事、俺に疑いの目を掛けられる事なんて一切無く、南諸国全体が当然のように糾弾の嵐に曝されてしまい、そのまま他大国の圧政で軍備縮小を免れる事なく、各国に配置されていた兵士は敗走を余儀なくした」
「死者数が限りなく少ない戦争と聞いていましたが、裏にはこんなことが隠されていたんですね」
「戦争ってのは拳の殴り合いだけじゃ無いんだよ。こっちに戦力が無いなら、無理に戦う必要は無い。皆の善意とやらを目覚めさせてやれば良い。それも、国に利益を、国民に不利益を与えるようにね」
「昔からそうだったんですね」
「一言余計な気がするが、まぁこれが戦争だからな。仕方がない。むしろ死人が少ないだけマシさ」
「えぇ、かも知れません」
「話を続けるぞ」
「はい、すみません」
「だが、俺達の仕事は其処で終わりじゃなかった」
「第9回虹龍討伐作戦ですね」
「あぁ、虹龍討伐作戦の編成隊に新たに感化された多くの村の者達を加えて、その場へと赴いたが……正直、あれには脱帽したよ。大地をも呑む全貌に今まで見た何よりも神々しく、神の世界から舞い降りた別次元の存在じゃないかと疑ってしまった程だ。ただ圧倒されてしまって、それはとても戦いと言えるようなものじゃなかった。――一方的な蹂躙だ。こっちも無事に数百人いた精鋭を僅か数人にまで、減らした上に、あまつさえ何の成果も得られずに、五体満足で敗走したよ。その中でも生き残った約半数が、現在のリベル騎士団の分団長を勤めているだろう」
「大まかで良いので、もう少し詳しく聞かせてもらえないでしょうか」
「何が聞きたいんだ?」
「強さなどを」
「ハァ……」
矛盾しているであろう問いに頭を悩ませつつつも、アイテムボックス欄を素早く横に飛ばしながら良い例えは無いかと探っていると、ガラクタの中に紛れ込む冒険者の黄金色に輝く身分証を目にした。
これなら。
そう思い立って、10代目に慌てて視線を泳がす。
「……。まぁ大体の奴が、キメラを単騎撃破可能な銀等級以上と言ったところだな」
「それが、分団長を務める者たちの程度、ですか」
「いいや? ――ただの一般兵団員がだ」
10代目に戦慄が走る。
そんな瞠目したままのあられもない姿に更なる追い討ちを掛けてトドメを刺すように、躊躇なく告ぐ。
「その百数名が、東大国に押し寄せてくるだろう」
「も、目的は?」
「辺境の村の領土所有者を始めとした前国王時代から上流階級に鎮座する政府関係者の暗殺だろうな」
「大それた目標の割に随分と大胆な動きを見せますね。それでは国境警備隊に見つかるのでは――?」
「その心配は無いんだろう」
「何故、そう言えるのですか?」
「マスコミ関係者とグルで包囲網に穴を見つけるか、敢えて強引に突破して皆に知らしめるか。まぁどちらにせよどう転ろぼうとも、そっちの人間は、金の為だけに大革命と銘打ってやりたいんだろう」
「末恐ろしいですね」
「暫くの間は、一面その話で持ちきりだろうしな」
「では、我々の任務はそれら一群の排斥ですか?」
「あぁ恐らくな。後俺は王の意志に背いたとされ、多分、いや間違いなく歓迎されぬ存在だろうから、場所と一部の人間の癖や特徴なんかを伝えておく」
訝しげに眉根を寄せながら、俺の言葉に耳を欹てる。