第三十九話 奴隷と勇者
「全ての始まりは東大国の崩壊まで遡る。西暦234年、11月7日、1時30分。王都壊滅に乗じて東諸国の兵士や雇われの冒険者集団が波のように押し寄せ、上流階級の連中は完全に奴等の玩具と化していた」
ただ只管に拳を握りしめ、俺を鋭く凝視し続けた。
「だが、その余波が辺境の村にまで流れ込んでゆき、元々、王都の階級制度の礎として理不尽な貧困生活の日々を何とか生き存えていく中で、昼には死人を出す重労働を強いられ、夜には女は欲求不満な獣の相手をし、男は実験台にされていた村人達に、更なる理不尽が訪れてしまった」
「実験台?」
「あぁ、俺達異邦人を従順なペットにする為のな」
自らに振りかからぬであろう業と過信していた、観客席さながらの10代目は赤裸々に一興を喫する。
「っ!」
「別世界から強大なる力を手にした謎の者達を限られた代償を払って、最強の《《勇者》》として量産し、四大国をも凌ぎ、虹龍にも匹敵する天下を取ろうとするべく、秘密裏に立ち上げられていたそうだ」
「そんな……」
「自分から名乗っていた訳じゃないさ、勇者は奴等が俺達を呼称した単なる一人称に過ぎないんだよ」
「では、先々代も! その前も」
矢継ぎ早に焦りを露わにして、質問攻めをする。
「いいや、いつからやっていたかは定かじゃないが、異邦人が勇者になったのは俺が初めてらしい。ハッ、国の事情だか、何だか知らんが、勝手に呼び寄せておいて平然と無碍に扱うなんてイカれてる」
心の底に眠る狂気を孕んだ怒りとともに体が熱ってくる傍らで、ホッと胸を撫で下ろす姿があった。
「俺達が追っているのもその一人だ。――それも誰よりも仲間思いで、正義感の強かった奴がな……」
唐突の望まぬ真実を告げられた10代目は、あの時のように現実を受け入れきれていない様子だった。
「その者はどれ程の意志を持っているんですか?」
「今まで悠々自適に暮らしていた俺の説得なんかを聞く奴じゃない。酷く負けず嫌いで一度始めた事は何があっても絶対に貫き通す強い男だよ。本当に」
「そうですか――」
「話を続けようか」
「俺は東諸国の圧政と暴動を起こす国民の鎮圧と、侵入者の殲滅を任されていてな。その時に出逢ったんだ。ウォリアと、ウォリア・サーペンティンに」
余程あの一言に圧倒されたのか、徐に息を呑む。
「やけに多くの外の連中が居てな。奴隷目的だったのは確かなんだろうが、他と比べても類を見ない、数百名以上の兵士やら冒険者が集っていたな……」
「それはきっと、戦士の一族だからでしょう」
「……?」
思いがけず、衝撃の事実が顔色の最低な10代目の口から告げられた。
「過去数十年に渡って続いた東大国の玉座を奪い合う継承戦で、前国王陛下の一族に敢えなく敗北し、一族と共に世界の最果てに追いやられたそうです」
「今でも、その扱いは変わらないのか」
「えぇ、残念ながらそのようですね」
「漏れなく其奴ら全員の体には、術者以外が決して解除出来ぬ呪印が施されていた。命令には背けず、死ぬまで馬車馬のように無償で働かせる奴隷として」
「……」