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第三話 スローライフの一欠片

【前情報。例のピースを嵌める盤を作り上げたのは、今の村長と記録で断定されました。

土壌浄化問題や利権争いに勝ち抜いた結果】

 僕たちは真っ黒の学生鞄を手に持って、緩やかに足並みを揃えずに帰路を辿っていた。


「次の新作、もうそろそろだよな!」


「そうだね」


「あぁ、そうだったな。そういえばお前ら、もう役職は決めたのか?」


「当ったり前だろぉ?」


「まぁ、一応決まってるって感じ、かな」


「俺は断然、シーフッ。やっぱ盗賊だろ!」


「聞いてないけど……」


「京介は何にしたんだ?」


「僕は、やっぱりアサシンかな」


「ったく、お前らしい陰気な職業だな」


「良いじゃないか、よく似合ってるぞ」


「それ褒めてんのか?」


「当然だ」


「……」


「人のことばっかだけどよ、そういうお前はどうなんだよ」


「俺か? 俺はな、ナイトだ。前からの志。騎士道精神を貫きたくてな」


「ハッ、ザ王道過ぎて捻りもねぇな。ま、どいいけどよ。あぁ、マジで待ちきれねぇー‼︎」


「はぁ、相変わらずだな」


「だね」


「じゃあ先行って、待ってからなぁーーっ」


「あぁ、わかった!」


「遅れんなょ――ッー!」


 彼は決して振り返ることなく、たった独りで沈みゆく夕日へと駆けていってしまった。


 僕らは次第に消えてゆくその朧げな影を、ただ茫然と移ろわせないで目で追い続ける。


「行っ、ちゃったね」


「ホント、アイツらしいな」


「ところで、最近どう?」


「あぁ、なんとかやってるよ」


「な、何か手伝えること」

「気持ちだけで十分だ。ありがとな、京介」


「そっか」


「もし俺が……俺がお前らと一緒に居れなくなったら、これから先、彼奴のこと頼むぞ」


「え?」


「昔っから危なっかしいことばかりする奴だからな、一人にすると何するかわからない」


「うん、解った。でも、そんなことある筈」


 再び、食い気味に言い放つ。


「お前らと一緒にいた時間は凄く充実していたよ。本当に今までありがとな、京介――」


 古ぼけた灰色の塀に囲まれた狭き一本道。


 そう、その先にあるのは、彼がずっと好きだった春に桜が芽吹く並木道があったんだ。


 ……。


 ゆらゆらと幾重にも重なる木葉が擦れ戦ぐ、色濃い森から薄らと木漏れ日が差し、燦々たる暖かな陽光が俺を神々しく照らしていた。


 思いの外、こんなごつごつとした大樹に凭れ掛かっていても寝心地が良かったせいか、微睡んだ眼を頻りに瞬きながら徐に天を仰ぐ。


 色を取り戻し始めた前髪の先端から指先に至るまで、ドライヤーの熱風を当てられたかのような熱を帯びた突風が吹き荒れて、葉の日傘が翻されてしまい、突き刺すような眩しさに目がやられ、思わず眼前に掌を翳した。


「っ‼︎」


 ほんの微かに村の方から響いた賑やかな喧騒が、真昼時の表れを示してくれていた。きっと今頃、ついつい此処に来ては、うろ覚えな郷愁に駆られて、うっかり寝てしまっていた俺を、畑仕事から逃げたと思ったみんなが、マリが――探してくれているのだろう。


「そろそろ行かないと、不味いな」


「京介」


 噂をすれば、其処には微笑む彼女がいた。


 そよ風に靡くあれからもう二度と見ない、向日葵色の綺麗で優しい瞳に触れる程度の茜色の髪をそっと耳にかけながら、息遣いが当たるくらい傍で前屈みになって覗いている。


「こんな所で、何してたの?」


「ちょっとね」


「もしかして、仕事が嫌だった?」


「うーん、どうかなぁ」


「休憩はまだ先よ」


 意地悪な言葉を突き立てていくマリの背中にゆっくりと手を回して、颯と引き寄せた。


「きゃっ!」


 すると、驚きつつも、拒む事なく満面の笑みで柔らかな体を寄せて、抱きしめられた。


「もーっ! 仕方ないなぁ~」


 彼女の頭を添える手は小刻みに震え、再三再四脳裏によぎる記憶を忘れんとそっと額同士を当てて、瞬く間に伝わってゆく仄かな熱でそれは次第に影を落として治っていった。


「どうかした?」


「いいや、何でもないんだ」


 俺の胸に目を優しく瞑ったまま顔を埋めていく。


「そろそろ行かないと……」


「うん、わかってる」


「もう少しだけ――」


「何してるんだ」


 沈んだ声を遮った冷徹な言葉の先に目を向ければ、茫然と立ち尽くすコリウスがいた。


 色濃く鮮やかな緑葉の周りに仄かなピンクを帯びた紫色の短髪と、中肉中背で凛々しもほんの僅かに歪めた面差しが突風に吹かれ、鬱蒼とした深き森に甘さ引き立つ、蜂蜜の色合いを織り交ぜたかの如く瞳を垣間見せた。


 懐かしのリスタールの人形を握りしめて。


「仕事の時間だ、早く行こう」


「あぁ、そうだったね、ごめんごめん」マリは慌ただしく立ち上がり、手を差し伸べた。


 俺と一切の視線を交わす事は無く、用を済ませると早々にその場を後にしてしまった。何処となく漂わせていた哀愁を残して……。


「さ、行こう」


「あぁ、うん」


 その姿を尻目に柔な手を徐に掴み取って、とても他愛もないことだけれど、不思議と微笑んでしまう程に会話を弾ませながら、ペンギンさながらの歩みで共に畑へと足を運んだ。


「遅いっ!」


 思わず心が清々しくなってしまう、淡く清澄なるせせらぎを奏でる川瀬の瞳をキラリと鋭く輝かせ、同様に息さえも忘れるようなを浅葱を帯びた艶やかな長髪を優雅に払い上げ、目の回る振る舞いでふわりと宙に靡かせた。


 水色の髪から白い指が零れ落として腰に手を置き、不満そうにこちらを見つめ始める。


「あぁ、ごめんごめん」


「探しに行ったら、きょ、レグルスの誘いに負けちゃって」


「もう、いつまでやってんのよ、全く。せめて、仕事が終わってからにしてよね」


「ただ居眠りしてただけなんだけど」


「本当にそれだけかしら?」


「こ、今年も魔物による被害はそこまで出なかったね」


「あ、話逸らした」


「土も悪くないし、作物も良く育ちそうだ」


「何?『全部、貴方のおかげね』って、そんなに言って欲しいの?」


「いいや、此処らも随分と人が増えたからね。誰も食べるのに困らないよう、俺たちが頑張らないと」


「だったら、もう少し真面目にやってよ」


「こんなに平和だと、ついつい眠くなってしまって」


「京介は寝る事が特技みたいなものだからね」


「あのねぇーマリ!」


「ん?」


「そうやって貴女が甘やかすから、この馬鹿は直ぐに調子に乗るの」


「手厳しいな」


「馬鹿は言い過ぎだよ、こんなに頑張ってるんだから。ねぇ、京介?」


「まぁ、アクアの言うこともごもっともではあるから……次から改めるので、どうか今回はお許しを」


「次やったら承知しないから!」


「じゃあ俺はもう少し先の方を耕しますので、お二人はどうか仲良くやっていてください」


「早く行きなさい!」


「魔物が出るかもしれないから、気を付けてね」


 俺は外柔内剛な両者に手を振りながら、【ただのクワを召喚】し、奥地へと進んだ。


「ん?」


 だが、たった一人で寂しく作業に従じるとばかり思っていたが、大小様々な見慣れた朧げな人影が浮かび上がっていく。


 影は次第に形を帯びていき、真っ先に視界が捉えた全貌は、やや離れた所から華奢な体つきで不安げに窺う、ネリーシャであった。


 いつ見ても夢みたいに不思議な気分に陥ってしまう可愛らしい長耳をピクピクと欹てて、透き通った鮮やかな若葉に淡い黄金色を帯びた長髪を乱しながら振り返り、宝石のように美しい翠緑色の瞳を眩く煌々と魅せると、慌ただしく俺の元へと歩み寄ってきた。


 胸程度の矮躯に白皙なる骨と皮ばかりの身をすり寄せて、頬を赤らめながら見上げる。


「レグルス!」


「何してるんだ? こんな所で」


「今、ルイスがまた世界最強の技を見せてやるって息巻いてて、子どもたちの前で……」

重厚的な風切り音のする方へと視線を泳がす。


 筋骨隆々とした長躯に加えて自らで刻んであろう幾つもの浅い傷痕に、下半身にも等しい大剣を大地に突き立てて、無造作で邪魔そうな緋色に染まった前髪を描き上げていた。


 その周りには無邪気で明るく甲高い声で、必死にねだる子供たちで溢れかえっていた。


 ただ一人、何食わぬ顔を浮かべて手を拱くほんの少し前にやってきた少年を除いて。


 そして、物見遊山で怖いもの知らずなアンコールに嬉々として応え、再び周囲に意識さえ割かずに刃を頭上へと緩慢に翳していく。


「ルイス、ルイスッッ‼︎」


 山々に谺する囂々たる怒号を飛ばし、その場にいる者を全員を振り向かせてしまった。


 震え始めたネリーシャの肩に手を添え、限りなく微笑む傍らでルイスの元へと向かう。


「レグルス……ど、どうしたんだ?」


「みんな、ちょっと席を外してもらえるかな?」


 涙目な周りの子供たちを遠ざけて、一対一で一方的に感情任せに言葉を連ねていった。


「お前、冒険者になりたいんだろ」


「あぁ」


「このままだと最初に殺すのは、あの子たちだぞ」


 間。


 縦横無尽にキョロキョロと目を泳がせて、そっと鼓膜に破らんばかりに生唾を呑んだ。


「そ、――そうかもしれねぇ」


「二度とやるなよ。もし、次あんなふざけた事をしたらこれから先一生、剣は教えない」


「え⁉︎ あぁ、もう二度とやらない‼︎ ちゃんと場所も周りも考えた上でやるさ、だから」


「ハァ……」


 この夢見がちな青少年を独りにするには、まだまだ周りが心配で目が離せそうにない。


「はい! もうおしまい! みんな、また今度ね」


「えぇー!」

「もっと見たい~」

「あと少しだけ……見たい」


「悪いなみんな! 残りは、また今度な。今度はもっと凄えの見せてやるからさ、今日は運が悪かったと思って、家で練習してくれ」

愚直というか、清々しい阿呆と言うべきか。


「こう言っているが、別に無理して武器なんて――」


 ルイスがそう言うと、あっさりと散っていった。


「みんな、行っちゃったね」


「武器の何が良いんだ……そんなに平和が嫌かよ」


「レグルス、大丈夫?」


「あぁ、ごめんな、さっきはいきなり大きな声を出しちゃって」


「良いの、気にしないで」


 長耳の先端が桜の花びらのように切られ、微かに呪縛の魔法陣が胸部に刻まれた一端を見てしまい、逃げるように目を逸らしつつ、豊穣なる大地に落としたクワを拾い上げた。


「さ、仕事だ、仕事」


「クワを下ろすのも鍛錬だ、決して怠るな」


「っ、しゃあー!」


 こんな俺が言うのも何だが、ルイスはまんまとあからさまな策に乗っかり、意気揚々とクワを大地に振り下ろした。


「じゃあ、私は行くね」


「あぁ、また後で」


 俺も共に大地に振り下ろす。すると、不意に突き刺すような風が体の内側に吹き込んだ。


「……?」


「ん? どうしたんだよ」


「いや、別に何でも」


 何だか、嫌な風だったな。


 再び、大地に向かっていった。

【アザミ村長と主人の会話。現アスター村設立前、周辺では土地関係の来訪者が犠牲者と同等を叩き上げ、全世界の王都に届くまでに】

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