第三十八話 リベル騎士団
「しっかりと前を見て、恐れが伝わってしまうから」
「はい」
目を泳がさんとするも、只管に必死に頻りに瞬きながら沈みゆく黄昏色を帯びた夕陽を眺めていた。
「一人で乗せるのは不安なんだがな……」
そんな光景を土石で作られし、潤いの失われた砂漠に近しい風土色の馬が引っ張り、激しく揺らぐ荷馬車の中で、皆と共に固唾を呑んで見守っていた。
「あの子達は選り好みが激しいですから、寧ろ彼女を乗せたのが不思議な、ゴホッ、ゴホッ、ゴホッ‼︎」
「大丈夫か?」
口元に手を当てながら、次第に死者に近づいていくように顔面蒼白を背ける御者は掌を差し出した。
「すみません、恐らく此処らの空気が合わないのかと……」
「まぁ確かに乾燥はしているが、魔力は感じないぞ。お前何か持病持ちか?」
そう怒気を含んで、鋭く一瞥する。
「え、えぇ、実は……」
「ならば尚の事、ベリルの言う通りに精霊樹の森にでも治して貰えば良いものを。余程、重要な仕事を背負わされていたんだろう、大変だなぁ、御者も」
「何と言っても、勇者様方の名誉ある旅路。それを助力する我々には、僅かな不備も許されませんから」
「そりゃ頼もしいな。どうだ? お前が良ければ、最後まで付いてきてくれても構わないんだぞ?」
脱水症状寸前まで体から滲ませ、頬に滴る冷や汗。緩慢によく響くであろう唾を呑み込んで、告ぐ。
「このような高尚な事に任を与えられただけでも、私にとっては至高の悦び。これ以上求めるなど、到底軟弱な私には出来かねます故、どうかご容赦を」
「そう畏まるな、共に旅をする仲間だろう?」
「はい……」
「そろそろ完全に陽が沈みますね」
「そうだな」
後どれ程で、パクスに着く?
【次の国までの到着時刻はおよそ6:27分ごろです】
10代目はまだ絶好調だろうし、馬も馬車で寝かせてしまえば良いだろうが、あまり魔力を放出していると此処ら一帯の魔物を集めてしまいそうだしな。
「ベリル! あと数分で夜が来る。此処らで一旦、野宿だ。一人で止まれるか⁉︎」
「は、はい! やってみます」
「何かあれば、頼むぞ」
「えぇ、わかっています」
ぎこちなく手綱を力強く引くも、白馬は首を絞められたのを全身と驚嘆で訴える事なく、「強すぎだ! もっと優しく!」静かに歩みを止めてゆき、無事にお互いに怪我も無く無駄に長く感じた危なっかしい乗馬の時間を終え、その場で野宿となった。
「大丈夫か?」
睡魔に誘われた重き瞼が頻りに瞬き、最大まで細めた目で返事をし、感情の薄まり蕩けた声で頷く。
「はい……」
「すまなかったな、こんなことをさせてしまって。もう二度と無理はさせ――おっと!」
ベリルはふっつりと意識が途切れ、大地に沈み込まんとする体をすかさず支えて、テントへと運んだ。
⭐︎
燃え盛る焚き火がパチパチと乾いた音を立てて、無数の微かに燦爛とした淡い火種がふわりと舞い上がり、煌々と浮かぶ晴れやかな星空に昇っていく。
そんな天の下、迷彩色の簡易テントにベリルらが身を寄せ合ってぐっすりと眠り、10代目は魔物が蠢く荒野周辺の巡回と有り余る魔力で結界に張る中、未だ一級品たる御者は体調が優れないようだった。
【常時、激しい魔力の消耗による症状と思われます。肉体に循環する魔力が枯渇すれば、死に至ります】
……。
「終わりました」
ようやく仕事を終えた10代目が腰を徐に下ろし、俺達は焚き火を囲って、向かい合わせに席に着く。
「ご苦労だったな」
「いえ、慣れていますから」
黒洞々たる闇夜が誘う、不穏なる静寂。
そんな沈黙を破らんとアイテムボックスから【握り飯を召喚】し、10代目に差し出せば、緩慢に首を振り、口元に手を当てて咳き込む御者に見せれば、小さく手を振りながら緩慢に振り返ってしまった。
そして、已む無く俺が口に運ぼうとすれば、正に一寸先が闇に呑まれた周囲に気圧され、再び仕舞う。
「こうして焚き火を囲むのは、あの日以来だな」
「いいえ、以前にも一度」
「そうだったか」
「コルマットとの邂逅後です」
「あぁ、そうだった、そうだった。フッ、あの時は一気に旅仲間がふたりも増えて、正直困惑したよ」
「えぇ、俺もです」
「……最初の頃のスノーウルフの肉はちゃんと下処理をしていなかったせいで、かなり味が落ちていたな」
「はい」
「フゥー……っ。……」
真っ黒に淀んだ瞳に激しく燃え上がる焔が映る。
「何が聞きたいんだ」
「ただ真実を」
「真実か、長くなるぞ」
「構いません、夜は長いですから」
「そうだな。なら次にぶつかるだろう、リベル騎士団について、俺の知る全てを語ろう」
また望まぬ過去が渇望する誰かに掘り返される。どれだけ遡ったって、何もありはしないのに……。