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ステータスブレイク〜レベル1でも敵対勇者と真実の旅へ〜  作者: 緑川
蛇行する王位継承戦編1日〜3日
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第三十七話 震え

 無事に皆と共に精霊樹を脱出したとともにハイテンション三人組は酔いが醒めたのか颯と我に帰り、依然として出た俺達二人は相も変わらず普段通り。


 ベリルは、最後までほんの僅かや物憂げな表情を口角の上がった面差しから消えることは無かった。


「何故、精霊樹の森に棲まう大聖霊様が自ら手を下さないんでしょうか。世界の危機なんですよね?」


 不安げに声を震わせ、俺をじっと見つめてくる。


「次なる祝福者基、俺達人類を超越した存在は、人間に直接出来ぬよう、呪いが掛けられているんだ。そう神の反乱を恐れた、勇者の手によってね……」


「そう、なんですか」


 この子の露骨な目まぐるしい感情の変化のお陰で、こっちは今にも体調不良を起こしてそうでならない。


「こう見えて勇者だからな、例えこれから待ち受けるのが、死だろうと、絶望だろうと切り抜けるさ」


「はい」


 トボトボと軽く小突けば倒れ込んでしまいそうな程、遣る瀬無さに襲われたまま馬車に歩んでゆく。


【ベリルの体内に巡る魔力が活性化し始めました】


 ……。


 願わくば、変な気を起こさないでもらいたいものだな。才の無い者が見る夢ほど残酷なものは無い。


 そして、ほんの一瞬僅かに視界から切ってしまった精霊樹の森へと目を向ければ、泡沫に霧散して、跡形もなく消え去ってしまっていた。


 それはまるで、夢のように――。


 けれど、一つの淡い黄金色の光が眼前を横切ってゆく。そっと指先で触れれば、それは内側から弾けるように緩やかに迸り、儚く天へと還っていった。


 手に残った微かな感触をひしひしと感じながら、

「行きましょう」傍らの今までで一番暖かで優しい言葉を掛ける10代目に、徐に振り返って微笑んだ。


「あぁ、行こう」


 共に足並みを揃えて、馬車に足を運んでいった。


「では……ゴホッ、い、行きましょうか」


 悶え苦しむような声を上げ、丹田を震わす手で抑えながら着いた時はまるで異なる暗き淀みに沈んだ、正に別人のような声色で馬車の歩みを進めていく。


「体調は大丈夫か?」


「えぇ、やはり精霊樹の森の恩恵で訪れる前より、かなり心身共に完全なる回復に向かっています」


「そうか、それは良かった」


「ですが――」


「……?」


 10代目の仔猫を憐れむような視線の先を辿っていけば、極度の緊張で強張った顔を完全に張り詰め、体育座りの如く震わす体を抑えて、項垂れていた。


「……参ったな、こりゃ」


「っ!」


 刹那に何かを気取る、10代目。


【衝撃に備えてください】


 あっ?


 浅い夢から覚めた時のようにガクッと体が浮き、再びアクシデントに見舞われるも、そんな一大事に僅かな意識も割かぬベリルを咄嗟に小脇に抱えて、次第に傾き始めた馬車から皆んなと共に脱出した。


「……何があった!」


 雑に救われた御者はむざむざと四つん這いの姿勢で慌ただしく、荒々しく嘶く白馬に視線を向ける。


「う、馬の限界だったんです!」


 冷や汗を滲ませながら地面を突いて立ち上がり、蹌踉けながらも必死に悶え苦しむ馬達に歩み寄る。


「大丈夫だ、大丈夫だ! 無理をさせてすまなかった」


 一頭の横たわる暴れ馬の前足の骨が突き出てしまっていて、仄かなピンク色を帯びた内側が剥き出しとなって、関節はあらぬ方向に捻じ曲がっていた。


「やむを得んな。10代目、頼めるか?」


「はい、承知致しました」


「どうされるんですか?」


「大丈夫だよ、こんな場所で足止めを喰らうつもりは無い。魔物を引き寄せてしまうが、馬を作るさ」


「あの子達はどうされるんですか?」


「魔法で縮めて荷馬車の隅に押し込めるか――傷の具合次第ではまた走ってもらうか、その二択だな」


「そうですか……」


「あんまり一人で抱え込むなよ」


「はい」


 いつになく覇気の籠っていない返事だ。


 忙しなく御者が必死に宥めるも激痛に耐え兼ねて囂々たる咆哮を依然と漏らし続ける白馬に、運良く無傷であった番の白馬が緩慢に身をすり寄せ、募らせた恐怖を払拭せんと心配げに様子を窺っていた。


「ベリル、馬に乗ったことはあるか?」


「え?」


「知らない方が良いこともあるだろうが、人生ってのは、なるべく多く経験して積んでおいた方がいい。……そうすれば、杞憂に頭を悩ませる必要も無くなるからな」


 沈み始めた夕陽が緩慢に真っ暗な影に覆われた顔を上げてゆくベリルの面差しを燦々と照らしゆく。


「お前は立派だよ、――この場にいる誰よりもな。大切な者の為とは言え、その歳で知らぬ土地にたった独りで五体満足で赴き、子供の願いに弱い勇者の旅路に着いていくと云う、判断をしたんだからな」


「レグルス様」


「これが最後だ、《《お前を必ず故郷に連れていく》》。俺達に何があってもだ」


「はい……はい。ありがとうございます」


 ほんの僅かに未だに武者震い止まらぬ俺の手は、始めて満面の笑みを浮かべるベリルの姿を視界に収めた瞬間から、静かにその波が過ぎ去っていった。

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