第三十二話 湿地帯の覇者
――――。
「どうだ?」
「駄目ですね、強力な結界が張り巡らされていて、これ程の膨大なる魔力の結界と魔法陣を破壊するのはこの国に崩壊を招く方が余程、現実的でしょう」
「と、なれば……」
「国民には秘匿して頂きます」
あの襲来者による再びの謎の魔法陣を解かんと、国の魔導士連中を引き連れて来たは良いものの、覚悟の表れとも言える想像を絶する力によって、俺達勇者は為す術無く箝口令を敷かれることとなった。
そのまま一度10代目と別れ、あの宿屋へと足を運ぶ。
「此処とももうお別れか、こんな腐った宿屋でも、離れるとなると名残惜しいな……」
「どうされたんですか?」
そんな別れを惜しんで感情に浸っていれば、ベリル達が不思議そうにこちらを窺っていた。
「どうしたんだ? 忘れ物か?」
「いえ、レグルス様をお探しになっていたところです」
「そうか、じゃ行こうか」
「何かされるんじゃないんですか?」
「いいや、もう良いんだ」
そう言って眼鏡を握りしめ、その場を後にした。
「――――あの、あの宜しいでしょうか?」
「っ!」
目まぐるしい過去の記憶に干渉していれば……瞬く間に10代目が茫然自失な俺を現在に引き戻した。
「どうした?」
「いえ、あの毒による後遺症かと思いまして……」
「心配してくれたのか?」
まるで子供のような円な瞳は静かに沈んでいくとともに目を背け、地に俯きながら話をすり替える。
「先日の件ですが、アルメリア王及びその叔父による新たなる政策に携わる者たちに必要以上の助力、本来、中立の立場にあるべき勇者がそのような利己的な意志で国の命運を左右し、指針を示すのは――」
「回りくどい、本心を言え」
ぐちゃぐちゃと陰鬱さを纏ったウザい小言マシーンと化した10代目の愚痴スイッチを強引に切って、視線を逸らす虚ろな瞳を鋭く突き刺すが如く一瞥。
「では、僭越ながら申し上げますが、何故、あれほどまでに王に、異邦人救済に肩入れするのですか」
「ただ……彼らの想いを叶えてやりたかったんだ」
「……?」
「そういうお前はどうなんだ?」
「何がです?」
「何故、あの一瞬、刃を止めた?」
「ただの気の緩みですよ」
「そうか」
静寂。
此奴と共にする旅路は、常に重苦しき空気が纏わりついて、頻りに過去の記憶を思い返してしまう。
その傍らでは二頭の白馬の手綱を握りしめた御者と、他愛もない言葉を交わすベリルの姿があった。
「も、もうすぐ湿地帯に入りますけど、大丈夫なんですか⁉︎」
「水陸用両車なので御安心を」
「この仕事は長いんですか?」
「そうですね、もう5年になるかと」
「やっぱり、いろんな人を乗せていると大変なこともあったりするんですか?」
「ええ、それはもうたくさん。酒を飲んで吐いてしまう人や金をくすめようとする盗賊、重量オーバーな冒険者集団なども」
「はは。でも、世界中を旅しているんですよね?」
「はい」
「良いですよね、他人に気兼ねしなくって」
「そうでもですよ。…………今までもこれからも、兄弟に飯を食わせるのに必死だ――必死なんだよ」
「そう、なんですね。ごめんなさい、御者さんの気持ちもわからずに身勝手なことを言ってしまって」
「いいえ、構いませんよ」
こっちも綺麗に地雷を踏み抜いていたようだ。
ん?
【??? 新たなる道に踏み入りました。マップの表示をONにして、未踏のマップを開拓しますか?】
久々のアナウンスだな。やはり此処らは来る度に地形やら生息する魔物が異なってくるな。今度は、森林と湿地帯か。まぁ、地獄まで続くんじゃないかと思わされた泥濘よりかは、全然許容範囲内だな。
偶には完全にオープンにしてみるか。
全補助機能ON。
【全補助機能をONにします】
【西暦236年、4月2日、水曜日。現在時刻12 : 26。天気、曇りのち晴れ。気温28℃。現在地、???】
マップは真っ黒……懐かしさのあまり腹から胃酸とともに変な笑みが込み上げてきそうでならない。
そして【現在の状態と仲間を表示します。コルマット・カニス、ベリル・クレアーレ、精霊。以上です】
蒼き点と、紅き点、最後に点滅した緑の点だけがマップに浮かび上がり、10代目の姿は何処にもありはしなかった。
はは、俺ってく――。
そんな最中、小石にでも躓いたのか、荷馬車が身を浮かすほどにふわりと飛び、皆が二つの意味で衝撃を露わにして僅かに体勢を崩していたが、精霊だけは脱力感に見舞われたせいで幌に叩きつけられ、そのまま抗う事なく地に落ちていく所を颯と掴み取り、荒れ狂いながら嘶く白馬を宥める御者に問う。
「何があった!」