第二十五話 王位継承戦 決勝戦Part2
「な、何と! 双方共にまだリングの上に立っています!」
奇跡的に審判も情けなく床の窪みにしがみつき、実況者も鑑さながらにマイクも無しに大声を飛ばす。
そして、観客の風上にも置けぬ阿呆共がようやっと恐る恐る頭を抱えながら、床から顔を上げていく。
「決まるぞ」
「えぇ」
「アルメリア王! 突然の爆風から早々に先手を取った!」
一番最初に豪快に旗を振り下ろしたかの如く、大きく分厚き刃を頭上に翳し、勢いよく叩きつける。
差異の生じる瓦礫の雨とともに身を包み隠す霧のような無数の粉塵が舞い上がり、忽然と姿を消した。
未だに剣を支えにするクローディア王は、煌々と輝く透視の魔眼を無言で発動し、じっと目を凝らす。
そんな努力も虚しく次第に勝手に有り難いことに、緩やかに晴れていく霧の中心では、朧げな一つの人影に霞が横に広がっていくと同時に静かに小さな燦爛とした火球が、霧から緩慢に突き抜けていった。
違う。
「風下か」
それは決して霧散していったのでは無い。
ただ王の行方に全意識を割く王の足元には、密かに霧の魔の手が忍び寄っていた。
「あっ、あぁ!」
それに気付くも喉に押し返した実況者だったが、亡霊が足首を掴むような感覚に襲われたことに肉体が察知し、慌ただしく片腕を振るって霧散させる。
その瞬間、卒爾に背後に迫る、大剣を持たぬ王。そして、数十倍に勢いと威力が増した豪炎紅火球。
同様を露わにした王の視界の片隅に映ったのか、一瞬の間を生みつつも忙しなく両手を突き出した。
一つの大きな瓦礫の破片が王の死角に回り込む。
それは明らかに異常な動きであった。舞う訳でも、吹き飛ばされたという事も無く、ただ王の元へと。
息遣いが当たる程に至るまで一直線に突き進む。
そして、擬態は完璧なタイミングで解かれる。
颯爽と紅き瞳を研ぎ澄ませて姿を露わにした王は、鬼気迫る形相を浮かべたまま《《片手》》で大剣を握りしめ、低空飛行で背中に振り翳していた。
頭上から突き刺さんとするも、両手を広々と真横に伸ばしたままの王に忽然と蒼き球体が出現した。
一切の隙無く鉄壁を誇る無機質な盾に囲まれて、心なしか安堵した面構えで印を結び始めた――が、自らを庇護する筈の魔法が敗北から逃げる術を失わせた。
王は迷いなく突き立てた大剣の柄頭に足を乗せ、瞬く間に煌々とした一条の光芒が盾に迸ってゆき、唯一内部に仕込ませたテレポートの陣が完成する。
眩い白光に包まれた双方、次の瞬間には狭き球体の中で一驚を喫しながらもそそくさと剣を掴み取るクローディア王に、剣を握りしめるアルメリア王。
大剣と片手剣。
互いの速さも威力もまるで異なる刃を交わし、ほんの僅かに弛んだ雑な大振りを披露する第一王子。最後の最後に綺麗に冷静に重き身を緩やかに屈め、小振りで確実に丹田から胸に掛けて、刃を放った。
クローディア王は身を捩る事も素早く躱す間も、気休めの刃で緩和させる隙さえも与えられず、スフィアスシールドをあっさりと突き破って、吹き飛ぶ。
目にも留まらぬ速さで場外の壁に叩きつけられる――筈だったが、細き剣の鋒と貧弱な両脚で踏ん張り、かろうじて再び場外間際で生き存えてしまった。
そんな立て直さんとする第一王子によって、流れが又もや悪い方向に傾き始めたにもかかわらず、アルメリア王は悠然とした振る舞いでまるでスローモーションの如く動きで大剣を円を描いて放り投げた。
投擲。
その当たるかも定かではない細やかな攻撃に、クローディア王は無意識のうちに後ずさり、落ちる。
場外へと。
まるで水を打ったかのように静まり返る観客と感情に身を乗せるあまり自然と立ち上がった実況者、マイクの落ちた台に腕を乗せて顔を覗かす解説者。
そして、審判は腕を振り上げる。
アルメリア王の勝利の旗が高々と掲げられた。
騒然とする筈の観客は依然として黙り込んだまま、リングの中心に分身が霧散されて露わとなる腕と、捥がれて絶えず真っ赤な鮮血を流す国王陛下の二つに、様々な想いを乗せた視線が注がれていた。
静寂。
意気揚々と捲し立てていた実況者も口を噤んで、会場内には驚くべき程重苦しき沈黙が訪れていた。
そんな空間に響き渡る、一つの乾いた拍手。
視線を向ける間でも無く、其処には俺とベリルの席の傍らに佇んでいた隣人、その人が立ち上がり、立つことさえままらない王に拍手を送っていた。
「二人共――良くやった! よくやってくれたっ‼︎」
次第に伝播する、拍手喝采。
「あぁ、御二方凄い試合を見せてもらいました!」
「最後まで息を呑む戦いでした‼︎ お二人ともずっとこの国の平穏を守ってください!」
「アルメリア王ー! クローディア王! 貴方方が居てくださる限り、この国の未来は安泰です!」
「国王陛下ーッ! こっち向いてくださーいぃっ‼︎」
そんな無茶振りなファンサービス兼生存確認にも悠然としながらも限界を超えて、天高く腕を突き上げて、より一層会場は、そして国王陛下は、溢れんばかりの観客の声援に包み込まれた。
そんな想定外の大番狂せに王関係者の観客席に目を向ければ、王妃を除く一同の冷や汗を滲ませた面差しを顔面蒼白に染まり、無様な姿になっていた。
「フッ――――ぶっは!」
俺はつい微笑んでしまった。
【遅効性の毒が発生しました、解毒して下さい】
とともに真っ赤な血反吐を零し、周囲の者達を、10代目の視線を集めてしまった。
【非常に毒性の高い魔力が全身に巡りました。直ぐに解毒をしてください。あと数秒で死に至ります】
床に緋色の鮮血を吐いて僅か1秒足らずで、【5】瞬く間に視界が霞み始め、【4】息は取り止めが無くなり、【3】体の感覚が奪われて、【2】平衡感覚が保てなくなっていく。
そして……朧げな意識がふっつりと途切れ――。
【1】
【意識が完全に消失しました。自動操縦に切り替えます】