第二十話 惨劇
「では、只今から決勝戦を行いたいと思いますっ‼︎」
茫然自失で暗き瞳で俯きながらも、泣く泣く闘技場から退いていく哀愁漂わせる背を見せる10代目。
観客らはそんな姿に目もくれず、意外な準決勝の結果と次なる至極当然であった決勝の組み合わせに、何食わぬ顔で然も、玄人風に言葉を交わしていた。
「所詮は、王位継承戦。こうなるのがオチか」
「そうね、やっぱり準決勝までは面白かったけど、ここまで来たら、もう誰でも結果が見えてきたわ」
「しょうがねぇだろ? 大国の可能性を秘めた王位獲得なんて大きく銘打ってんだからさぁ、当然だ」
「でもよぉ、一瞬勇者が勝つんじゃねぇかと思ったぜ」
「だよなぁ? あの一瞬の動きの迷いみたいなのさえなきゃ、絶対に今頃、決勝に繰り上がってたよ」
「なんで止まっちゃったのかしら、疲労?」
「さぁな」
「国からの賄賂の存在を思い出したんだろ、きっと」
「そうかもね、アハハ!」
決してありもしない話題に穢れた毒花を咲かせ、所詮は部外者の無知で低俗な庶民様は下賤な笑いに包まれて、お気楽に瑣末な言葉を並べ立てていく。
そんな地獄さながらの空間に吐き気を催す最中、第三の目が【侵入者を発見しました】と、告げる。
疾くに意識と視線を移せば、其処は王宮の方へと監視カメラを向けだ目が、古の勇者と初代の王の銅像が建てられし噴水の周りの人集りを捉えていた。
何だ? 何があった?
【状況把握に向か――魔力の枯渇を確認しました。強制的に現世への召喚と視覚共有が遮断されます】
最悪のタイミングで俺以上に華々しい功績を残す第三の目は悠然とアイテムボックスに舞い戻り、烏滸がましくもそんな姿に苛立ちを覚えてしまった。
チッ、やはり今の俺には、魔力消耗が激しいな。
「すまないが、また席を外す」
最高潮の継承戦で全ての席が埋め尽くされて、平然と席に座す観客らの影となりし弾き出されて立たされた挙句、皆から白い目を向けられる者達が、ほんの一瞬の隙を見せるのを虎視眈々と窺っていた。
「えっ! またですか⁉︎ もう始まってしまいますよ! 何処へ行かれるというんですか!」
動揺のあまりか、単なる疑問の強調かは定かではないが、ベリルは変な喋り口調で俺に捲し立てて、立ち上がった空席に慌てて痩躯の身を広げていく。
「大切な用事なんだ」
一瞥すれば、その一言にも尚、食い下がる模様。そして、その空間に時が止まったかの如く生じる。
間。
真っ赤な宝石のような瞳から鋭い視線が注がれ、その果てなく迫り来る眼差しから背けんと、刹那に思わず王宮の方へと目を向け、忙しなく視線を戻す。
人体模型の方がまだ肉付きの良いであろう、骨と皮ばかりな齢10にも満たぬ華奢で痩躯な少女へと。
そのまま流れるように闇に呑まれていく10代目に。
……。
「宿屋に忘れ物だ」
ベリルはただ、小さく呟く。
「はい」
「じゃあな」
「えぇ、どうかお気をつけて」
きっと俺の過ぎた思い込みによる単なる杞憂であるだろうが、ベリルの瞳は黒く淀んで俯いていく。アイテムボックスに目を配りながら、王宮へと踵を廻らせ、俺はその姿に背を向けて駆け出していく。空席に一直線に向かっていく憐れな者を横切って。
確か、まだ残っていたよな。
【MP600の回復薬×8――MP全回復の魔法瓶×5。の、以上二つの存在を確認しました】
どちらも必死こいて手にしたんだがな、やむを得んな。【MP600の回復薬を召喚】され、まさかの色濃い生気に満ち溢れた薬草の束がまんま出てきた。
おいおいベジタリアンでもキツいぞ、これは。
人垣を掻き分けてゆく韋駄天走りを決して緩める事なく、無理やり丸めた草を口に詰め込めていく。
こういうのすごく勿体無いんだよな……。と、思いつつも何とか喉に流し込んで、無理やり嚥下する。
途端、ふわりと弾むような感覚が身体中を迸り、【MPが全回復しました、第三の目を召喚しますか?】と働き詰めの社畜に等しき者の処遇を問う。
運悪く霧散した第三の目に理不尽に死の宣告を叩きつけてやりたがったが、奇しくも闘技場を出て、蜃気楼の連なる山脈の如く遠き王宮に目を向けて、そのまま印を結びながら、大地に視線を泳がせた。
「命拾いしたな……」
両手を水平に重ね、胸に手を当て、大地に突く。
頼むから上手くいってくれよ。
「崩子・粒壊送!」
公衆の面前で異様な行動に出た俺に注がれ始める視線の凛とした雨を物ともせず、足から消えてゆく。
「う! うわぁ!」
「だ、大丈夫ですか?」
地に腰をつく者や気にかけんと歩み寄る者まで、神秘的に霧散していく無数の粒子の束が天の川の如く速さで王宮へと向かってゆき、大小様々な反応を見せる周りの人々の姿が次第に朧げになっていく。
「お騒がせして申し訳ありません。私にも貴方方にも特に影響は御座いませんので、お気になさらず」
「ほ、本当に?」
「では、失礼致します」
そして、完全に意識も途絶え、流されていった。
まるで眠りにつくように一瞬で、心地良い夢を見ているような至福の時間も直ぐに過ぎ去ってゆき、無事に王宮の屋上へと堕とされて、着地すると同時に卒爾に回復していく視界が真っ先に捉えたのは、息を呑む程に凄惨な姿をした一人の兵士であった。
「何だ、あれは?」
それは古の勇者と始まりの王の銅像が建てられし磨き上げられた一本の刃を、あの時怯えていた兵士の臓物と零れ出た鮮血が真っ赤に染め上げていた。
その周辺には開いたまま塞がらずにいた口を手に当てたまま、瞳を震わせて茫然と見上げる王妃に、残された兵士の全員が一様に鬼気迫る形相を浮かべて武器を携え、物見遊山で訪れて顔面蒼白な庶民。
「また、彼奴か……」