第十八話 王と王
「じゃ、俺は此処らで失礼させてもらうよ」
「どちらに?」
「仕事しに戦場へ」
曖昧な答えに呑気に小首を傾げる秘書を尻目に、俺は次なる問題を解消すべく歩みを進めていった。
次第に遍く人影とともに眩い光の失われていく地獄の入り口さながらの廊下の中央を渡ってゆき、天と地獄の分岐の如く突き当たりを地獄へ曲がれば、クローディア王専用の黒洞々たる闇に覆い隠されし影に潜む何者かと準備室で何やら密談をしていた。
「クローディア様、手筈通りに進んでおります」
「《《二度とその名で呼ぶな》》」
第一王子は鬼気迫る形相とともに狂気を孕んだ眼差しで一瞥し、怒気を含んだ静寂なる舌剣を飛ばす。
そんな張り詰めた雰囲気に圧倒されてしまい、俺は壁沿いに影に身を潜めて、王らの動向を窺った。
「も、申し訳ありません!」
「アルメリアには何があっても危害を加えるなよ」
「ハッ。重々、承知しております故、御安心を!」
「では、私はもう行く。何かあれば己で始末せよ」
「御意に」
不可抗力でドーピングを疑ってしまう程の長きに渡った支度をようやく済ませ、仄かに柔らかな妖艶なる凛とした衣服を身に纏いし王は、精悍な面構えで悍ましいオーラを周囲に放ちながら、突き進む。
俺の全てを託した王が大雲で待つ、闘技場へと。
結局、この王もまた無駄に察しのいいものとばかり思っていたが、無数の上級アイテムで完全に気配を消した俺の存在には気づけぬまま、ロケットペンダントを大事そうに胸に押し当てて握りしめ、物憂げな表情を浮かべながら、その場を去っていった。
忽然と黒霧に包まれて姿を消さんとする野郎に、悠然と光の下に姿を現しながら闊歩し、歩み寄る。
「誰だ……貴様は⁉︎」
腰に携えていた毒を仕込んだであろうナイフの鞘を颯と払い、俺の顔面目掛けて小さく刃を振るう。だが、そんな見え透いた緩慢な動きを屈んで躱し、滾った握りしめる拳に紫紺の魔法陣を張り巡らせ、掬い上げるようにみぞおちを捉えて、振り上げた。
まるで手からするりと解けた風船のように軽々と壁に吹っ飛んでいき、囂々たる地響きとともに轟音を響かせ、内臓をも噴き出る血反吐を吐き出した。
「本来なら此処で始末していたが、今回は奴の死に免じて、特別に見逃してやる。同業者に感謝しろ。まぁ、プライドだけで生きるお前のような人間が、敵に与えられた情けで生きていけるのならな……」
「き、貴様っぁ……!」
「動くな」
無様に苦痛に顔を歪めながらも大地に臥したナイフを拾い上げんと、霞んだ視界で手を差し伸べる。
そんな頭が高い野郎を再び、ブーストを乗せた足の裏で足蹴にし、地面を窪ませ、瓦礫が宙に舞う。
「動くなと言った筈だ」
「お、お前のような人間がッッ!」
「二度言わすな、殺すぞ」
「クソッガァッッ‼︎」
「スゥーッッ……ハァー」
最後の悪足掻きを見せんと最後の力を振り絞って俺の靴にしがみつくも、噛み付くよりも僅かに早く力尽きてしまい、地面に向かって気持ちの悪い接吻をしたまま泥のように深き眠りについてしまった。
そして、トーナメント戦では、10代目が安定して体力を温存したまま圧勝し、王も一般人相手に目の離せぬ激戦を繰り広げながらも着実に順位を上げていき、そんな薄氷を踏む思いとは対照的な今正に、むざむざと頭を垂れた刺客が心配であろう第一王子様は、然もそれが当然かの如く振る舞いで確実に、そして、悠然と立ちはだかる敵を薙ぎ倒していく。
のだが、何故か藁にも縋る想いで祈る王と気分の上がっていく10代目に、要らぬ関門がぶつかった。
「最悪だ」
華奢で麗しき女戦士と齢10にも満たぬ子供――。まるでどちらの相手も仕組まれたかのような采配、分の悪さで言えば、下手な脳筋や玄人よりも余程、相手にしづらい戦略に燃ゆる炎の如く憤りを覚え、鮮血を噴き出してしまう程に掌に爪を食い込ませ、無様に真っ赤な腑を撒き散らして大地に臥す愚鈍な連中の姿という叶わぬ幻想を胸に抱き、荒々しく乱れた呼吸と早鐘を打つ鼓動を静かに鎮ませていく。
「フゥーー‼︎ ハァァ……ッッ。ハァッッ――フゥ」
まるで意志を持たぬ人形のように決して感情を表に見せないが、存外――俺を含む敵以外には分け隔てなく善を振る舞う暖かなな矜持の塊の10代目に、準々決勝での退場という何とも絶妙に振るわない結果を《《勇者として》》味わって欲しくなかった。
そんな幾度となく駆け巡っていく煩慮の念は、杞憂という泡沫な脆い形で跡形もなく打ち砕かれた。
圧勝。
たった一言の早口詠唱よりも小手先で振るう小さな一太刀をも超えた雷、電光石火の神業を魅せる。
思わず息をするのさえ忘れてしまう程に紫電さながらの紫を帯びた一閃が少年目掛けて迸り、審判さえも気付かぬうちに場外へと無傷で運ばれていた。
少年は唖然とし、寝起きのような意識で周囲をキョロキョロと挙動不審に見渡し、ようやく気づく。
己の置かれた現状を。
そして、轟く観客の感銘の暴風雨。
華奢で麗しき女戦士と齢10にも満たぬ子供――。まるでどちらの相手も仕組まれたかのような采配、分の悪さで言えば、下手な脳筋や玄人よりも余程、相手にしづらい戦略に燃ゆる炎の如く憤りを覚え、鮮血を噴き出してしまう程に掌に爪を食い込ませ、無様に真っ赤な腑を撒き散らして大地に臥す愚鈍な連中の姿という叶わぬ幻想を胸に抱き、荒々しく乱れた呼吸と早鐘を打つ鼓動を静かに鎮ませていく。
「フゥーー‼︎ ハァァ……ッッ。ハァッッ――フゥ」
まるで意志を持たぬ人形のように決して感情を表に見せないが、存外――俺を含む敵以外には分け隔てなく善を振る舞う暖かなな矜持の塊の10代目に、準々決勝での退場という何とも絶妙に振るわない結果を《《勇者として》》味わって欲しくなかった。
そんな幾度となく駆け巡っていく煩慮の念は、杞憂という泡沫な脆い形で跡形もなく打ち砕かれた。
圧勝。
たった一言の早口詠唱よりも小手先で振るう小さな一太刀をも超えた雷、電光石火の神業を魅せる。
思わず息をするのさえ忘れてしまう程に紫電さながらの紫を帯びた一閃が少年目掛けて迸り、審判さえも気付かぬうちに場外へと無傷で運ばれていた。
少年は唖然とし、寝起きのような意識で周囲をキョロキョロと挙動不審に見渡し、ようやく気づく。
己の置かれた現状を。
そして、轟く観客の感銘の暴風雨。
尚も無愛想な面持ちを貫き、ファンに傾きつつある見物人の溌剌とした暖かな声援に応える事なく、ただ己の責務を全うした10代目は颯と去っていく。
続く第二戦目は、最悪の組み合わせたるや――いつまでも床に臥したまま臆面も無く無様な姿を晒す、暗殺者に八つ当たりをしてしまいそうでならない。
願わくば、審判買収未遂などで心を痛めぬまま、不戦勝で次の階段へと駆け上がってほしいのだが、そう思うようには行かず、試合開始の合図の旗が息つく間もなく下ろされた。
スタートを切ったと同時に女戦士が飛び出した。動きに迷いを見せる王を躊躇なく足蹴にせんと、呆然と立ち尽くした格好の的に軽やかに足を振り上げ、大人しく後々響きそうな一打を受けんとした瞬間、靴の裏から忽然と煌々と鋭く輝く何かがせり出し、かろうじて視界に捉えていた王は、咄嗟に刃で防ぐ。
する筈も無き、双方の矛の間に響き渡る金属音、見える訳が無い、周囲を灯す燦爛たる散らす火花。
突然の出来事であったが、英断に等しき【MP : 7消費し、数秒前に鋭敏な聴覚共有を発動】していた案内様々のお陰で、クソアマの不正を聞き取れた。
だが、当然ながらに観客はおろか審判にも、華奢な割に無駄に広い己の背と王の筋骨隆々とした体でふざけた行為を覆い隠し、鋭く乾いた音も色鮮やかな火花を散らして仄かに周囲を灯す燦爛たる光も、誰一人として決定的な瞬間を目にしていなかった。
矢継ぎ早の第二撃目の爪先が王の下顎を掠めて、留めの一撃を振るわんとする卑怯者から後ずさり、大きく背をのけ反って蹌踉けそうになりながらも、紙一重で分厚き刃無き剣を支えにして立っていた。
だが、王の瞳に闘志は燃ゆる燎原の火の如く、再び懐に踏み込む瞬間を虎視眈々と待ち侘びていた。
そう言わんばかりに掌に煌々たる魔法陣を巡らせ、不道徳者を体を横に向けながら重心を広げていく。
そんな些細にして重要な動作にさえ気付けぬ無知を恥ずかしげもなく見得を切って、ただ前へ進む。
王の御前に向かって毒々しい色を帯びた液体の滴る刃を携えた片足の靴を突き出し、蹴りを繰り出す。
瞬間、大地に跪くさながらに掌を乗せ、瞬く間に煌々たる一条の光芒が不届者の背で円を生み出して卒爾に虚無に一打を振るう真っ只中に出現した王。
そして、泰然と華麗で卑劣な蹴り技を披露する影の立役者たる支えの仁王立ちの足をそっと小突き、綺麗に背中きら倒れ落ちてゆきながらも、緩慢に振り返らんとしたが、透かさず最後の悪足掻きを防ぐ、再び掌に張り巡らせた紫紺の陣を徐に背に触れる。
大地に激しく体を叩きつけられ、後ろに回された手をあらぬ方向へと捻られるという、まぁ、ルール無視のアバズレにしてはやや優しい天罰が下った。
そして、下される勝敗の結果。
反則の狂気を手にしたイカれ女を互いにほぼ無傷のまま息さえ乱さずに抑え、泰然とした振る舞いで再びの勝利のガッツポーズを天を穿たんと翳した。
本物の王は流れるように、有ろう事か寛大なる心で異様に傷心した女戦士なんかに手を差し伸べる。
正に要らぬ杞憂で俺の鼓膜には響かなかった一言をそっと問い掛けて、一拍を置くと自惚れた阿呆は静かに頬を赤らめた顔を背け、徐に手を掴み取った。
何も知らぬ呑気な観客の黄色い声援に包まれた女戦士は、公平さを失われた舞台から去っていった。
当然、俺はその後に続く。
静寂。
己の試合が終わっても尚、皆の熱い想いに応えんと手を大きく方々に振るう王、その背後に迫る影。
浮かれて殺気も気取れぬ不逞の輩の徐に影を踏む。
そして、傍のクローディア王がアルメリア王の肩へとぶつかったと同時に女戦士の肩に手を添える。
互いに息ぴったりに純粋無垢な顔立ちをこちらに晒し、王は自らの置かれた状況を瞬時に理解して、早々に舞台から退くが、未だ尚刃に手を掛ける事さえない女戦士は、雛さながらに一驚を喫していた。
そのまま喉元を押し潰さんとする想いで腕ごと振るい、小さく呻くとともに壁に背中を叩きつける。
「誰の差し金であんなふざけた真似をした? 今から5秒やる。それまでに答えなければ、どうなるか。お前の小指にも満たぬ小さな脳みそでも解るな?」
首を大きく振るわせ、幾度となく頷く。
「1」
「く、黒いローブを纏ったひ、ひとからです」
苦しげにそう言った。
「それで、報酬は?」
「前金で金貨三枚、成功したら十枚……と」
「そうか。無論、全て話したな?」
再び、女戦士はコクリと頷く。
俺は、まだ無駄に綺麗な瞳を震わす女戦士の生気に満ち溢れた面差しに渋々ながら、雑に手を離した俺は刹那に手拭いで腕に付いた穢れた皮脂を払う。
「なら、行ってよし。その金は捨てておけ。俺か、その連中の配下が出迎える前にな」
「あっ……」
ただ目を据わらせて、その場に茫然と立ち尽くす、一々癪に障る存在に、顰めた眉を乗せて一瞥する。
「さっさと失せろ、俺の気が変わらないうちに……」
その一言にそそくさと尻尾巻いて逃げてゆく一方で、無骨な一面を露わにしたクローディア王は、中肉中背の冒険者が血反吐を零して、立っているのもやっとだとこれ見よがしに露骨な態度を取りながらも、平然と真っ赤な鮮血に染まる刃を振り翳した。
遂に幾多の歯を噴き出しながら、大地に臥した。
静寂。
重苦しき淀んだ空気に包まれた一同は騒然とし、慌てて二人の間に入るように結果を下した審判が、より一層、狂気に満ちた悍ましい面を想起させた。
そんなクローディア王の次の相手は、10代目だ。