第十六話 覚悟と晴れ舞台。そして、謎の影
「うわぁ! 凄いですね」
「一般人と言えど参加権を手にした者だからな! まぁまぁな太刀筋してやがるぜ」
「貴方に言っていませんよ……あのレグルス様」
「ん?」
「万が一、一般人の方がこのトーナメントに優勝してしまった場合、どうなってしまうんですか?」
「そもそも一般人は勝てないシステムになってるから、そんなこと王国側は考えてもいないだろうが、まぁ表向きは優勝を飾り、裏では其れ相応の代物で手を打ち、それを断れば優勝者の寿命はそこまで」
「ただ催し物に参加しただけなのに」
「誰も王位なんて求めていやしないよ、王を除いたランキング上位者にのみ与えられる賞品を欲しているからね。ある程度ランキングを上げれば、自ら辞退するのが定石。まぁ10代目は解らないが……」
「今回のトーナメントは波乱になりそうですね」
「見物だな」
「さぁ! ホムラとスノール上級魔法での小手調べか⁉︎ 一向に膠着状態から戦況が動きそうに無いぞ!」
「……フッ」
鼻で笑う隣人に自然と身を引くベリル。
「こりゃホムラが圧勝だな」
「……」
「氷魔法系統の術者は長期戦に及べば、MP消費も激しい上に手数と技の少なさから次第に劣勢になっていく。おまけにあの若造、技術にも体力にも長けているとはとても思えんしな。俺から見れば、完全に素人と経験者の力量の差が一目瞭然! ハハ!」
「レグルス様はどう思われますか?」
「戦いは最後まで何があるか解らないから――」
「フッ、所詮は素人だな」
「一概にどちらとは言ないが、恐らくスノールだな」
悠然と偉そうに手を拱いていた隣人が瞠目する。
「は、はは。まぁ素人からすりゃわからないもんさ」
「理由をお聞きしても?」
「一見、手数も技術も勝るホムラが優勢に感じるが、スノールはただ単に手探りで相手の癖や戦術を窺っているだけだ。出鱈目に魔力消費を鑑みない熱血馬鹿のホムラと冷徹に戦局を有利に傾けるスノール。こんな試合、経験者なら容易にわかるもの……そうだろう?」
「あ、あぁ、そりゃそうだ。お前達を試したんだ」
「そうかい、じゃ俺は少し席を外すよ」
「何処へ行かれるんですか?」
「ちょっとな」
【第三の目を発動】
徐に立ち上がり、大人しくトーナメン戦に釘付けになっているコルマットと精霊の頭に手を添える。
「頼むぞ、お前たち」
コルマットは不思議そうに小首を傾げ、ベリルの膝の上に足を広げて乗った精霊は静かに微笑んだ。
「じゃあ、また後で」
「はい! 出来る限り席を取っておきますので!」
「無理はしなくていいからな」
「はーい!」
今頃、武者震いに興じているであろう王の鎮座する、参加者専用の準備室へと歩みを進めていった。
あと一歩のところで、仄かに皮膚を突き刺すような雰囲気を漂わせる二人の近衛兵が立ちはだかる。
颯と黄金色の槍の金属音を響かせて米印に交差し、鋭い猛禽さながらの双眸が俺を絶えず突き刺した。
「突然の来訪ですまない。取り急ぎ、アルメリア王との面会を所望している、リア・イー――――」
「現在、王は試合に向け、精神を研ぎ澄ませている最中だ。どなたか存じ上げないが、ご退場願おう」
「参ったな……一番重要なことが言えてないのに」
「早急に視界から消えて頂こう。我々の気が変わらぬうちに」
「あぁ、承知した」
泣く泣く最後の願掛けも兼ねての来訪は優秀な近衛兵によって敢えなく泡沫の如く霧散してしまい、王を惜しみながら踵を返して去ろうとする最中に、トーナメントではマイナスに達するまで冷やされた空気によって白皙なる皮膚をより一層真っ白に染め上げたスノールが気怠げに白息を零し、ホムラが最後の悪足掻きで大気をも焼き尽くさんとする赫赫にリングを覆い尽くす程の豪炎球を繰り出した瞬間。
「下がれ、貴様ら! このお方はリア・イースト様であらせられるぞ!」
聞き覚えのある響く怒号が俺を立ち止まらせた。
「こ、このお方が……!」
「も、申し訳ありません。とんだ早合点を!」
「構わない、むしろ命懸けで仕事に殉ずる貴方方に敬意さえ表しているほどだ」
「勿体無い御言葉、感謝痛み入ります」
「では、我々は失礼して……アルメリア王よ、何かあれば、お呼びください。直ぐに駆け付けます故」
「あぁ、すまないな」
「当然の職務をこなしているまで、では!」
そんな浮かれた言葉を饒舌に零していく二人であったが、決して終始誤解が解けても尚俺から視線を外す事なく、おまけに隻眼には煌々とした魔眼と、もう片方には、燦爛たる眼光を鋭く輝かせていた。
「ほう」
そして、闘技場以来の王との再会を無事に果たした。
「お久しぶりです」
「ハハ、何を言ってなさるのですか。昨夜、お会いしたでしょう?」
「えぇ、そうでしたね」
第一回戦の初陣に華々しい勝利を飾ったのは、場外の瓦礫にボロボロの体躯を露わにして眠りについたホムラを、茫然と眺めていたスノールであった。
そんな一戦目の思わぬ結果に一驚を喫した隣人が頭を抱えながら蹲り、その様子を傍らのベリルが甘そうなおやつをつまみながら、微笑むのであった。
「何かまだ私に用が?」
「えぇ、大切なことを言い忘れていました」
「大切なこと?」
「ブーストとテレポート。そして、スフィアスシールドに関してです」
「移動系の魔法陣と守護の盾……ですか? 失礼ですが、私にはあまり必要の無い物に思われますが」
「えぇ、貴方様に施すのではありません。相手に掛けるのです」
「相手に――?」
「はい。先ず第一にブースト。ご承知の通り、自由自在に素早いスピードでの移動が可能な魔法陣です。主に畳み掛けたり、牽制やハッタリにも使える汎用性が非常に高く、魔力消費も殆ど影響の無い魔術。次にテレポート、地面や壁伝いに一本の白い光を帯びた線を忍ばせ、足元の陣と壁の向こうなどの目的地に、自由に行き来可能な扉を繋げる便利な技です。これは魔力次第では数里先までの移動も可能な上、相手に気付かれにくいのも良い特徴の一つですね」
「なるほど」
「ですが、テレポートは一度相手に認識されてしまった場合、次の一手が読まれやすい事に加え、逆手に取られてしまう危険性もあるので乱用は危険です。そして、最後にスフィアスシールド! この魔術を一番、王にお伝えしたくて、馳せ参じた次第です」
「私は無詠唱を基本としているので、あまり守護関連には防御力の脆さと己の無知故、無縁かと……」
「そうです。だからこそ、それを相手に施すのです」
「……」
逡巡。
そして、王は囂々たる雷が自らに落ちたかの如く下された天啓に瞠目し、緩慢に口角を上げてゆく。
ようやっと、俺の想いに気付けてくれたようだ。
「ありがとう……御座います。貴方の思いも含め――この戦い、必ず命に換えても手にして見せますッ‼︎」
仄かに待ち受ける一戦目の高揚と先行きの不安な未来によって張り詰めた緊張が最大限にまで研ぎ澄まされ、不敵な笑みを浮かべた厳かな面持ちのまま、悠然と俺を横切って戦場へと向かっていった。
「ですが、一番大切なのは……」
その一言に歩みを止める事なく、一瞥だけする。
「心の強い者です。決して平常心を忘れずに」
「えぇ、わかっていますよ」
頼もしい広々とした背をこれ見よがしに露わにし、強き力で柄を握りしめながら突き進んでゆく。
皆の待つ、舞台へと。
そんな舞台の上では、戦慄く寸前の低級冒険者と鬼気迫る形相でただ獲物のみを瞬く事なく捉える、完全なる覇者となった10代目が刃を交わしていた。
「フッ、やれやれ」
己を奮い立たせんとがなって突き進む冒険者を、泰然と仁王立ちした10代目は物ともせず迎え撃つ。
刃を盾の如く眼前に翳す10代目の懐に踏み込み、稚児でも避けるのに容易で緩やかな刃を振り下ろす。
そして、双方の刃の間に燦爛と無数の火花を散らすとともに想像に難く無い鋭い金属音が鳴り響く。
刹那、密かに刃に忍ばせていた何かが発動する。
間。
一方的な刃の競り合いが続くと思った矢先、冒険者がまるで脱兎の如く、己の意志とは異なると言わんばかりに驚嘆の表情を浮かべたまま後ろへと飛び上がり、場外の観客席の強く壁に叩きつけられた。
冒険者は瓦礫の山の上で大量の粉塵を舞い上げて、血反吐を零しながら死んだように眠りにつく。そんな再び、身に覚えのある光景が広がっていた。
10代目はそんなあられもない姿に見向きもせず、純白の外套を颯と腕で靡かせると云う立派なファンサービスもしっかりとこなし、溢れんばかりの歓声の嵐に包まれながら、悠然と舞台から降りていく。
そして、俺も同時に在るかも定かではない席へとつい微笑んでしまいつつも、淡々と向かっていた。
ようやっとわかりやすい一行の後ろ姿を目にし、声を掛けようとした瞬間、身体中に悪寒が走った。
うざったらしくも安心感のあった隣人の姿が跡形もなく消え去って、見知らぬ好青年らしき者が、口に手を当てて微笑むベリルと親しげに言葉を交わす。
直様、嫌な予感は的中する。
声を掛けるよりも遥かに素早く、雑多な人混みに紛れている俺の存在を察知し、緩慢に振り返った。
「あぁ、申し訳ない」
凛々しく清廉潔白を前面に押し出した、まるで作り物の仮面を被りしそう歳も変わらぬ異様な若人。
徐に席から立ち上がり、挨拶代わりの握手を差し伸べる最中にも決して片手を腰から手放さぬ姿勢。俺も無意識のうちにその姿に呼応し、今の己に出来得る最大限の笑みを浮かべて、慎重に握手を交わす。
「もしかして、あの子の相手をしてくださっていました? いやぁ私の急用で無理やり同行させてしまったので暇を持て余してしまって捕まったのだと思いますが、連れが話し込んでしまってませんか? もし宜しければ、この後お食事でも……」
「いえ、私もちょっとした暇つぶしに寄ったまでなので、そんなお気を遣わずに。では、これで失礼」
「すみませんね」
「いえ、国枝様」
疾くに息を呑む。
瞬く間に戦慄が走ると同時に【騎士の剣を召喚】し、青年と握手を交わした右手に柄を握りしめる。
決して振り返る事なく、ただ時間と青年が過ぎ去っていくのを、心から祈るばかりの長き時間が続く。
「また近いうちに」
颯と刃に振り上げんとし、一刹那に振り向くが、もう既に泡沫の如く、奴の姿は見当たらなかった。
「チッ!」
もう此処まで迫っていたのか……。