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ステータスブレイク〜レベル1でも敵対勇者と真実の旅へ〜  作者: 緑川
蛇行する王位継承戦編1日〜3日
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第十五話 王位継承戦開始‼︎

 運良く助かってから数分も経たぬうちに、一応、かろうじて視界に捉えていた弾丸の方向を、周囲の屋根やらを逐一、確認しながら慎重に辿っていた。


「チッ、面倒だな」


 弾丸の残滓を確かめたくとも魔力が枯渇した今、己の頼りない嗅覚に縋ることしかできずにいた。


 軽快な足取りで颯と屋根伝いに跳び移っていき、音も無く放たれた雲さながらの糸口を掴んでいく。


 このままじゃ、夜明けを迎えるのが先だな。そう思っていた矢先、ふいに視界に入った燦爛たる光。いや正しくは、屋根の上の一際目立つ場所に、これ見よがしに置かれた一発の空の薬莢が目に入った。


 拾い上げれば、疾うにあの頃の熱は冷めており、身を低く屈めながら周囲を見渡せども、何も見当たらず、ただの闇夜に覆われた街並みが広がっていた。


「一体、何がしたいんだ」


 俺は次第に弱まっていくそよ風に前髪を靡かせ、薬莢をアイテムボックスに収納して帰路に辿った。


 その道すがら、着々と首尾よく準備の進んでいるトーナメント会場へと寄り道ついでに足を運んだ。無論、名目上は偵察と公平を期す戦闘の確認で……。


 ゆっくりと煌々とした幾多の星が浮かぶ青空の夜景をたった一人の時間を味わえると思っていたが、残念ながら闘技場には、素振りをする先客が居た。


 其処には、半裸であろう者が悠然と刃を振るう。


 足音を忍ばせて、よくよく目を凝らしていけば、ブロックコンクリートもどきの上で、驚くほど音の無き出鱈目な太刀筋を披露するアル兄様であった。


「ん? あぁ、勇者様でしたか」


 無駄に察知能力が高いせいで覚悟の決まった変人に早々に見つかってしまい、微睡む俺は聞かなかったフリをしたまま踵を返して立ち去ろうとするが、舞台から降りてまで逃げ道の前へと立ちはだかる。


「修行中でしたよね、邪魔して申し訳ありません」


「いえ、ご心配なく。ただの下見ですから」


「の割に、汗が凄い気がしますが……」


「あぁこれはちょっと奮い立ってしまって、ハハ」


 困り顔に苦笑を浮かべて無造作な前髪の逆立つ頭を片手で抱え、徐に鞘に分厚き刃を収めんするが。


「まだ、鍛錬に励んでおいた方がいい」


 そう口走っていた。


「え?」


「も、申し訳ありません。王の御前で軽はずみな言動をしてしまって……」


「いえ、お気になさらず。あの、もし宜しければ――私の剣を腕を見て頂けませんか?」


「構いませんが、私は未だに教える立場としては、実力不足の目立つ点が多く、役に立てるかどうか」


「いえ、それでも是非!」


「承知致しました。では、もう一度、素振りからお願いします」


 こうして王の光栄なる指導が始まってしまった。義務感ではあるものの、案外心は乗り気であった。


「周囲に観客がいる場合、しっかりとお互いの安全確認をした上でお願いしますね」


「はい」


 王は腕に頼りっきりなまま分厚き刃を振り下ろす。

それ故に、遅っそい太刀筋を目で追うのも容易く、反射神経の恵まれた者ならば躱すのに造作もない。


「一度、腕に頼らずに振るってみてください」


「どういうことですか?」


「貴方は上半身での動きにのみ依存し、威力と乱れの安定を齎してくれる足腰を活かしきれていません」


「つまり体全体を使えていないと」


「えぇ、その通りです。ですが、癖もあるでしょうし、そう簡単には直せないと思いますので、体全体での溜めを強く意識して大振りでも構わないので、振るってみてください」


 溜め。


 鉄塊ハンマーを振り下ろさんと言わんばかりの長きに渡る溜めで、分厚き刃を頭上から振り下ろし、比較的平凡な体躯でありながらも筋骨隆々さで、ぶんっと、凄まじい風切り音とともに空を切り裂く。


「この隙はどうしますか?」


「魔力を最小限に抑えた初級魔法で構いません。あくまでハッタリなので、できるだけ大きく見せるものにすると、相手にもよりますが効果的でしょう」


「はい!」


 再び、同じ構えで刃を振るわんとする真っ只中、無詠唱で燎原とした赫赫たる炎の球を生み出した。


 だが、威力の著しい弱さが悪目立ちし、まるで恐怖を掻き立ててくれない、非常に頼り無い存在に。


「どうするかな……あっ!」


「どうされたんですか?」


「無詠唱で魔力を増大させることは可能ですか?」


「一度もやったことがありませんので、なんとも」


「それと見たところ、魔力量は相当な物のようなので、一体でいいので分身も覚えて帰ってください」


「い、一体と言いましても、かなりの技術力が必要とされますが……」


「それはご自分で頑張ってください」


「は、はい」


「できなかったら、擬態でも構いませんので……」


「それなら、出来るかも知れません」


「では、もう夜明けなので、私は先に失礼します」


「はい! ご指導ありがとうございました。あ、最後に一度だけ私の剣捌きをご覧になってください」


「えぇ、拝見させて頂きますね」


 静寂。


 張り詰めた神経を研ぎ澄ませ、三度、鉄塊で叩くように空を破るかの如く分厚き刃を振り下ろし、そんな隙の生じる間に周囲に幾多の火球を生み出し、一刹那、目では追えぬ一太刀で空虚を切り裂いた。


「フッ」


 明日のトーナメントが楽しみだな。


 あれから闘技場で高尚な連続お辞儀の王と別れ、泣く泣く重き足付きで、あの帰路へと辿っていた。


 そして、頻りに不気味に点滅する暗然たる照明に照らされながら、閑静な廊下を淡々と渡ってゆく。


 そのまま誰にも出会さず、己の扉の前に行き着く。


 闇夜に覆い尽くされし骸の臥した自分の部屋に片手に武器を握りしめ、慎重に無駄に軋む扉を開く。


 眼下には、暗殺者の床が抜けそうな血溜まりはおろか、黒きローブごと屍さえもありはしなかった。


 願わくば、ローブの切れ端でも残っていないかと埃がびっしりと埋め尽くされた床に頬をすり寄せ、全てを見尽くしたが、流石にそう何度も都合良く証拠など残っている訳もなく、残滓も絶たれていた。


 チッ。


「眠るか」


 這い上がれぬような泥濘に嵌っていく反発的な枕とベットに体を沈ませ、俺はそっと重き瞼を閉ざす。


 度重なる苦労が急に総出で襲い掛かり、意識がふっつりと途切れるのにそう時間は掛からなかった。


 ☀︎


 ん? 賑やかに飛び交う人々の喧騒に、馬車のタイヤや馬蹄の音が高らかに響き渡り、燦々とした陽光降り注ぐ光が瞼をも貫いて瞳を突き刺していた。


 徐に眉を顰める眼前に掌を翳し、徐に目を開く。


 こんなゴミみたいなサービスを恥ずかしげもなく提供する宿屋に活気が生まれるモーニングが出る訳もなく、朧げな意識が続く中で惰性で立ち上がり、唯一オアシスとも呼べる皮袋の水筒に溜まった透き通った水を飲み干して、支度を済ませようとした。


 のだが。


 ノックと少女の柔らかな声色がドアに響かせる。


「もう起きてますかー?」


「あぁ、開いているよ」


 開いているというより、閉まらないが正しいけど。


 早朝に、眠気に抗いながら弾んだノックをする可愛らしいフードを被った一人の来訪者を出迎えた。


「に、ニャー!」


 ベリルは猫らしき耳の付いた白黄色のフードに手を添えて、頬を赤らめはにかみながらそう言った。


「フッ、ありがとう」


「いえ!」


「そう言えば、10代目は?」


「もう夜明けと共に会場に向かってしまいました」


「そうか、早いな」


 何処までも用意周到なベリルに手放しで脱帽し、つい微笑んでしまった頬を手の甲で覆い隠しながらこの国で最も豪勢な食事を振る舞う飯屋に向かう。


「さぁ、朝食にしよう」


「はい!」


 とは言ったものの、湯水の如く湧き出て、有り余っていた筈の財産も底が見え始めているんだよな。どうすべきか……路銀稼ぎも本格的に動かないと、下手すれば、此処らの国で立ち往生する羽目になる。


 でも、黙れば可愛い精霊や食欲だけは無駄に旺盛なコルマットと共に食事を頬張る姿を見ていると、うっかり財布の紐が緩んでしまいそうだ。


「食事は逃げないから、ゆっくり食べな」


「はい!」


 そんなベリルの頬に淡い緑光を発して抱き付き、マタタビを喰らったかの如くとろけそうな顔つきにそそわそわする異様な姿をした精霊に、一抹の不安を覚えつつも頬杖を突きながら、周囲に目を配る。


 遂に王位継承戦当日か。国も民もいつになく賑わってきたな。……奴も、この中に居るのだろうか。


「どうかしました?」


「いいや、何でもない。ほら、頬に付いてる」


「あっ、すみません!」


 手の甲で慌てて拭う傍らで、ただ物思いに耽る。俺に為せるのは違反スレスレの後方支援のみ、後は王の一縷の運と拙い実力に全てを賭けるしかない。


 ハァ……どうしてこうも命懸けの綱渡りばかりを強いられるのかね、俺は。悪運に呪われてるのか?


【空の薬莢を召喚します】


 二指で挟んで煤汚れた金属片をぼーっと眺めていれば、指の隙間に不思議そうに見つめるベリルが口にパンを運んだまま、開いた口が塞がらずにいた。


「ん? 気になるか?」


「えぇ、何せ初めて目にするものですから」


「やっぱり馴染みないんだな」


「食べ終わったら、トーナメント会場へ行こうか」


「はい!」


 急いでハムスターのように口に詰め込んでいく。


「急がなくて大丈夫だよ、味わって食べてくれ」


「ぁっ、ふぁっいっ!」


 10代目は元気にしてるかね、楽しみで仕方ない。


 雑多な声色と人々の行き交う入り口を抜けた先、さながら吹き抜けの大学教室を円形に伸ばしたようで、空を破るような黄色い声援で溢れ返っていた。


「凄い人ですね……」


 気圧されそうなベリルと、トーナメント観戦専用の首輪を嵌められて大変不服そうなコルマットに、ベリルの頭の上で足を伸ばして座る、食い切れない獲物を目にしたか如く不敵な笑みを浮かべる精霊。


 当然、誰の差し金か待遇か定かではないが、渋々、一般のそれも目立ちそうな無駄に高い席に、目を眩しく輝かせるベリルたちとともに腰を下ろす。


「実際、金も掛かったしな」


「シオン様はいつ出るのでしょうか?」


「まぁ、いずれ出てくるさ」


 荒々しく呼吸を乱して真っ赤なハムのような舌を出して、垂涎もののホットドックもどきを運ぶ売り子に釘付けになったコルマット、それに感化されたベリルが瞬く事なく言葉無く心情を吐露していた。


「わかった、わかった」


 日に日に食欲が爆発し始めていく此奴らに漠然とした恐怖と路銀が消える夢を見そうな不安を覚え、溌剌とした満面の笑みの売り子から、ありったけの食べ物を買い占め、暴食の一人と一匹を黙らせた。


「ハァ……」


「嬢ちゃん、食い意地が張ってるねぇ」


「……」


 禿げるまで恋愛経験をしてこなかったのか、ベリルの傍らのデリカシーの欠片も持たぬ中年男性が、薄ら笑いをヘラヘラと浮かべて、嫌味口を告げる。

その瞬間から、そそくさと席を変えて、観戦する。


「……こっちで大丈夫か?」


「はい! 見えます」


「おっ、始まるぞ」


 皆の錯綜とした視線が、一点へと熱く注がれる。


 囂々たる観客らの騒めきが響き渡り、谺する。


 そして、マイクらしき物を握りしめた司会者が、意気揚々と捲し立てていく。


「さぁ! 遂に皆様が待ち侘びていた第28回目、王位継承戦トーナメントが開催されましたァァッッ‼︎」


 リング中央へと其々が異なる挨拶を皆に交わし、熱血アプローチする者に、凛とし淡々とした者が、白黒を衣服と旗を纏いし審判を挟んで、睨み合う。


「第一回戦は、紅蓮のホムラと群青のスノールだ‼︎」


 そして、俺たちの戦いの火蓋は静かに落とされた。

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