第十三話 サザンダイイング王国の思惑
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淡く仄かに白黄色がかった黄金色の艶やかな長髪が身に纏った朱色が主体のドレスの背中に掛かり、隅の端っこでたった一言さえ口にせずとも重鎮たる厳かにしてお淑やかで慎ましい立ち振る舞いをし、小汚い真っ当な椅子無き、酔いそうな揺らぐ馬車の中でも気品ある上品な座り方する悠然とした姿は、思わずベリルが真似てしまうほどであった。
そんなベリルを不思議そうに小首を傾げるコルマットと「次の国ですが、八百長問題は事実なんでしょうか?」ところ構わず恥ずかしげもなく語り出す、デリカシーの欠片も持たぬ紳士に不相応な10代目。
その傍若無人な一言で、色白な眉間に皺が寄る。
「迷信だろ」
「煙の無い所に火は立ちませんから」
「王位継承戦とは名ばかりの八百長ねぇ。まぁ、無きにしも非ずといったところかな……」
実際は十中八九、黒だがな。
「定期的に開催する闘技場はかなり盛況のようで、国の繁栄に大きく貢献しているそうですよ」
「王位なんて玩具の景品じゃあるまいし、簡単に手に入るなんて思うかね、普通。確か一般人も許可さえあれば、参加できるんだろ? あれ」
「えぇ、ですから必要な内部の人間を予め忍ばせ、実力の伴わない者達で程よく応募者達を納得させ、本命である王同士の対決で観客たちを盛り上げる」
「そりゃ良くできた話だ」
「ですが、最近では不相応な者が王位を狙う者達の工作員騒動が日に日に問題視され始めていて、今回は中止になりそうな兆しを見せていますね」
「あっそう、そりゃ残念だったね」
更には膝に重ねて乗せていた両手を握りしめる。
「サザンダイングという国はパクスに反旗を翻すのではと、大国でも現在進行形で警戒中でして……」
「物騒な話だね。東諸国って括りになってるのに、大して統一できてる訳でもないってのは、なんだかな」
「所詮、祖国を滅ぼす恐れのある大国は、弱小国からすればただの脅威の象徴でしかありませんから」
「まぁそうだよね、あーやだやだ弱小国ってー」
遂に痺れを切らした彼女が勢いよく立ち上がり、鋭く突き刺すような視線を見下ろしながら熱く注ぐ。
「貴方達、不敬ですよ! 我が国、サザンダイングに対する暴言の数々、真偽も定かではない陰謀論、あまつさえ国の意志に背く反乱分子! この件に関しては、追って沙汰を下しますから覚悟して――」
「そんなにいきり立たないでください、王女様」
「な、何故、それを!」
「見た目でわかりますよ、それくらい」
「まさか私を誘拐し、我が国に多額の身代金を⁉︎」
「少し落ち着かれてはどうですか? この中の状況を一度、見渡してからお心にお変わりがなければ、もう一度その発言をなさってください」
「……!」
周囲を緩慢に見回す。
モフモフとしたコルマットを優しく愛撫する10代目に、爽やかな精霊と仲睦まじく戯れるベリルと、馬車の手綱を握りしめて、最悪の国へと向かう俺。
「失礼致しました。先程の誤った発言を取り消せてもらいます」
「それは何よりです。もし可能でしたら、何故あのような事態を招いてしまったのか、事のあらましを説明して頂けますか?」
「はい……あれは――」
長くなりそうだ。
「最初に身分と名前から教えておきますね。私は、シルディア・フィレスト・カーネリアン。貴方方が向かう先の国、サザンダイング王国の第二王女です」
第二……か。
「始まりは王位継承戦開催の数日前まで遡ります。私たちの家系では代々、親も子も血の繋がる者は必ず食事を共にするという不思議な風習がありまして、普段から険悪な方々との食事を苦としていました。日々、己の意志に背く姿勢に対して良好な関係を築くことを名目に、自らの考えを正義とするあまり他者の意志に曲解を与えんとする場に強引に赴かせ、無理やりに考えをねじ曲げようとする人でして――度重なる侮蔑に堪え兼ねて、遂に先日の食事の場で、宣戦布告にも等しい発言をしてしまったんです!」
自らの意志が正義で他者の意志をねじ曲げるね。随分と自分の思うままに話を進めていく人だな。
「次期国王と成られるお方――第一王子、クローディア・ユリアス・カーネリアンに。私の兄にして、現第二王子、アルメリア・バラスラ・カーネリアン。それらは現在も派閥を生み出して対立関係にあり、今朝遂に王国へと向かう道中に名目上、アルメリア兄様の派閥に属する私にまで魔の手が及びました」
「……」
「その理由は一体、何なんでしょうか?」
「……それはい――」
視界に収まりきらぬサザン国の姿が露わとなったと同時に正門前には一人の男が悠然と仁王立ちし、大地に剣を突き立てながら何かを待ち侘びていた。
このまま轢き殺してしまおうかととんでもない思考が一瞬ばかり脳裏を馳せるが、目的地まで執念だけで突き進んでいかんとする馬たちの歩みを止め、利己的な意志を大義と主張する王女様に問いただす。
「お知り合いですか?」
「先程、話していた私の兄です」
「それはどっちの? というか純正の兄弟なんでしょうか?」
「彼はアルメリア兄様です、そして残念ながらクローディア兄とも歴とした血の繋がりを持っています」
「そうですか、ですが、随分とあのお方はお怒りのようですが……」
「恐らく盗賊と勘違いしているのかも知れません」
「ハァ……10代目、お前も一緒に来い」
「承知致しました、念の為、馬車周辺の警護にどちらかの分身を投じますか」
「不用意に敵意を見せると誤解が生じる場合がある。こういうのは大抵、先に手を出した方の負けだ」
「だと、良いんですが」
もう何度も目的の場所以外で馬車の外へと引き摺り出されているような気がするが、嫌々足を運ぶ。
透き通った水縹を帯びた川のせせらぎのような色合いの短髪に、仄かな薄紅色の双眸が掛かり、純白を激しく誇示する真っ白な軍服を身に纏っていた。
「我々は10代目と9代目の勇者です。現在、急を要する重大な旅の道すがら――この国の王女を発見し、命の危険性があるとし、その身柄を保護しました」
「おお! そのような事態にまでなっていたとは、誉高き旅路の道中に要らぬ手間を掛けてしまい、大変申し訳ありません! この件に関しては我々が、誠心誠意を持って購っていくつもりであります故」
そう言いながら、アル兄様は深々と首を垂れて、眼下に紫紺の魔法陣を密かに張り巡らせていく。
「誤解なき様、順を追って説明したいのですが――」
「その必要はありません」
だろうな。
剣を大地から抜き去るとともに足元の陣を刹那に踏み抜き、刃を振るい上げながら眼前へと迫った。
「正義の象徴に身を窶す獣よ、その愚行――万死に値するッッ‼︎」
颯と雑に差し伸べた10代目の刃が手軽く鋭い攻撃を防ぎ、その刃の間に高らかなる金属音が鳴り響く。
「落ち着いてください」
「チッ」
その舌打ちは今も大地に臥さずに居る俺に対してではないことを切に願って、数歩後ずさっていく。
「よく喋るな!」
「我々に敵意はありません、矛をお収めください」
あれば、ガラ空きの厳かな顔面に刃を突き立てているのだから、間違いなく善人なのに違いないが、当然激昂するアル兄様の鼓膜に届きはしなかった。
大地に紫紺の魔法陣を巡らせ、遥か奥へと飛ばす。
「うっ!」
「さて、一発くらいならお許しになられるご寛容な御心の持ち主か、否か。もし違ったら俺たち全員、継承戦じゃなくて処刑を味合うことになるんだが」
「なるべく傷を付けずに抑えましょう、拘束系の魔法は何か使えますか?」
「全部駄目。それに発動までが長いだろ、あれって」
「そうですね、私は詠唱が長いです」
「フッ、貴様らは未だに詠唱などに縋っているのか」
「えぇ、魔術に於いての要ですから」
「魔法使いにとっては舌が切られることは、死と同義」
「無詠唱魔術を用いれば、貴様ら何ぞ赤子を捻るよりも容易く葬れる」
「ハッ」
思わず笑みを零し、傍らの勇者と目が合ってしまう程であった。
「何世紀前の話をしているんでしょうかね」
「そんなに言うのでしたら、ご自由にどうぞ。ですが、一つだけアドバイスを伝授させて頂きますと、無詠唱魔術には致命的な弱点が存在します」
現地人にとっては、特にね。
「それは……」
燎原たる赫赫な火球が瞬く間に眼前へと迫って、徐に掌を差し伸べれば、それは敢えなく霧散する。
「なっ⁉︎」
「それは著しく威力が弱ることにあります。故に一般的には暗殺向きとされていますが、これじゃ、目覚ましにもなりませんね」
「っ!」
瞠目したまま一驚を喫するアル兄様は、忸怩たる想いを胸を握りしめ、不服そうに鋭く睨みつける。
「さてどうされますか? 第二王子」
「……」
ようやく冷静さを取り戻したのか馬車に一瞥し、緩慢にアル兄様には宝の持ち腐れな刃を渋々収め、目配せをしながら、ウザい動作で王女様を手招く。
「一度、確認を取らせて頂きます」
「どうぞ、お好きに」
用心深く幻影解除の魔法を体を覆うように施し、頻りにこちらに目を泳がせながら幾度となく頷く。
そして、ようやっと身の潔白を証明したのか、まん丸に見開かせた目をゆっくりとこちらに向けて、柄を添える手をそっと離して、歩み寄っていく。
「勇者殿、今回の件、心からお詫び申し上げます‼︎ 何分、先日の暗殺騒動で我々も殺気立っておりまして、身を窶した盗賊と勘違いしてしまいました。全てを片付け終えた後、甘んじて罰を受け入れます」
「お気になさらず、我々にも仕事がありますので」
「では、せめて何か……」
「だったら、さっさと国境を越えた――」
「我々の王位継承戦のトーナメント参加権の譲渡を!」
「なんで、そうなるかな」
「万が一、今回の継承戦でどちらかの勇者が勝ってしまった場合、どうなさるおつもりですか?」
「その点は、ご心配なく。我々にも意地がありますから」
「気持ちだけでは到底、覆せない実力差があれば? 王位など手にしても何も得が無いんですが」
「兎にも角にも一度、国に入りたいんですが……」
「でしたらご案内を」
「結構、貴方にも課された命があるでしょうから」
「そうですね……では、どうかお気をつけて」
「そのつもりです」
「では、行きましょうか」
そして利口な白馬の無人な行進によって数多の物見遊山な人々によって分厚き人垣の生み出された、狭き王宮へと繋がりし一本道を緩慢に進んでいく。
空を破るような囂々たる声援に已む無く嬉々とした振る舞いで応えながら、10代目と言葉を交わす。
「ったく、いつの間に」
「我々の姿を遠目から見ていたんでしょうね」
「このままじゃ、本当に参加させられる羽目になるぞ」
「国の繁栄への助力とはいえ、困りものですね」
「ま、どうにかするさ。何せ、天下無双の勇者ですから」
遂に行き着く、望まぬ王宮の謁見の間へと。
厳格な面持ちに仄かな黄金色を帯びた長髪を後頭部で纏めた皺の際立つ王妃が虚ろな玉座の傍らで、剣を突き立てて跪く俺達を冷徹な眼差しで凝視し、白皙で血管の浮き出る両手を紺色の無駄に高そうなドレスらしき物の膝の上に重ねながら、口にする。
「この祝いの時に我が国に参じて頂き、光栄の限りです」
「いえ私の方こそ、慎ましく豊かな国民と活気溢れるこの街並みに思わず心を躍らせてしまいました。離れ難い至福の時間ではありますが、こちらも急ぎ要があります故、あまり長居はできませんが……」
「そうだったのですね、でしたらそれまでの間、私共が手配した宿屋にあらゆるものが完備されておりますので、もし宜しければご使用なさって下さい」
「何から何まで、世話を焼かせてしまって辱い限りです」
「こちらも十二分に利益を得ていますからご心配なく」
だろうな。
「では、失礼致します」
俺達は踵を廻らせ、王妃らに背を向け、ずらっと露店が立ち並んでいた街道へと歩みを進めていった。