第零話 ステータスリストア
決戦前夜の暗がりで下準備を淡々と整えていく。
坐禅を組んだまま分解した無数の銃を床に並べ、空虚な玉座を視界に収めながら擦れ合わせていく。
カチャカチャと絶え間なく沈黙の間に響き渡る、金属同士の微かな交差や衝突音が無性に身震いする古が影も残さずに消え去っていき、今となっては、風習的な儀式さながらに心地良ささえ感じていた。
束の間の安堵も去る事乍ら、緩やかな足音が迫る。
「来たぞ」そう見下ろす面持ちを影に閉ざして心の籠らぬ警鐘を鳴らすのは、いつもの京介であった。
「まっさらだぞ」
「あぁ、そうだったな」
「……どうした? 悲しいことでもあったのか?」
「いいや」人知れず流れゆく頬に伝う雫を拭って、
「あぁ、解っている。もう、いいぞ」
一度、一度、言葉を発すれば、分身は霧散する。
泡沫夢幻に真っ暗な現世から一抜けするように。
「帰ろう、一緒に」
【黒の染料・残り1を召喚】
視界にチラつく無造作な白皚皚たる髪を染め上げ、
掌に沁みた拭えぬ残り火を握り締め、立ち上がる。
「さぁ、終わりにしよう。全て」
己が身を【基本魔道・武器具一式を換装】する。手品の種をあからさまに披露するが如く光発して。汚点が象徴の勇者タッグの登場を只管スタンバイ。
亡霊の巣食う静寂極まれり回廊から足音の谺が、無尽蔵の光の供給なる天から差す、微かな光の粒が、次第に伸びていく人影を巨大なるものへと遂げて、
「……」
遂に仮面に閉ざされた視界から露わとなる全貌。
俺の願いの礎となる床と階段が魔王城に訪れた。
「早速で悪いが、ご退場願おう」
野郎に成り変わり、紛い物が代弁者となり前出る。
「フッー……」
フルフェイスから闘牛の如く荒々しい息を立て、耳に届かぬもう一つの足音と気配に身を研ぎ澄ます。
「勇者改め、襲来者よ。願いがあるならば聞こう」
俺たちの世界じゃ今頃、桜が芽吹いて、散っているよな。そういえば、今日は俺の誕生日だったな。
「今尚、過去に囚われているのなら、せめて話し」
「黙れ」
機械音を多分に含んで、しめやかに怒号を飛ばす。
お前はこんな餓鬼に告げ口する奴じゃないだろ?
【言の音の鎖。他者との数回の受答で洗脳が可能】
少なくとも此方の手札を把握しての来訪のようだ。
だが、どうせ、聞こえているんだろう?
この俺の声が。
また三人であの場所へ行こう。この力さえあれば、また彼奴もきっと、いや必ず蘇る。だからっ!
もう俺の側から離れないでくれ。――頼むから。
三人のうち誰かが困ったら、絶対に助け合おうって一緒に約束しただろ……もう忘れちまったのか。
俺も、だよ。だから、もう一度、約束しよう。
内気で独りぼっちだった俺を移ろいでいく素早い雲ばかりを眺めていた日々を、平成の十、何年に。全てを辞めて帰る手段を見つけたからさ、だから。
精一杯、拙いながらも想いを俺の胸に届けてくれたみたいに、【敵意に溢れた魔力を感知しました】そんな奴、こんな国の人間、あんな世界なんて……全て壊そう。皆殺しにして、二度と通れぬように。
「残念だが、貴様の願いは潰えるぞ」
「フーッッ‼︎」
此奴の、此奴の出来の良い作り話に絆されたのか。
大丈夫だよ、【未来視発動】蜃気楼を突き抜けていくように枝分かれした道の光景を目の当たりにして、何千もの泥濘んだ大地を乗り越えて、辿り着く。
唯一の正解。
蹌踉ける脚でも狂いなく、お前を其処へ導くよ。
「俺ただ、家族ともう一度、食事を囲みたかった」
ごちゃごちゃと戯言放り投げて、鼓膜を穢す輩。
「……」
「本当にそれだけなんだよ。もし此処が異世界と、地球という星から遠く離れた他の惑星だったなら、貴方方に些かの躊躇を持たずに手を差し伸べるよ」
「……」
頻りに睡魔を誘い、俺に隙を生じさせる作戦か。
この、義眼を奪還すべく。
「今までも何度となく――――」
俺も未来を見ていなければ、こうも滑稽な姿に。
「綺麗事抜かすなよ、着飾った猿風情がっ」
「残酷な現実で救われないのなら、綺麗事で済ますしかないだろう。俺たち勇者がこれだけ尽くしたって世界は変わりはしない、もう全てが無駄なんじゃないか。そう思わされる日々だよ。でも先代と、貴方と出会えて少しでも人は変われると知ったから」
この局面でそれは、悪手だな。
「己が立場を俯瞰すれば、戦うことの馬鹿らしさを改めて思い知ったよ。何故、戦っているのか? 何故、戦うのか? 決して貴方は我々には勝てない」
豪語。
「此方は貴方を殺してまで得るものなど何もありはしない。ならば、我々が戦う理由など無いんです」
ずっとお前と俺は同じだった。けど、今のお前と俺では天と地の差だ。俺はこれが正しいのだと信じているんだ。互いに目指す道が違える限り、お前を今此処で殺さなくてはならない、また後でな。ッッ‼︎
産まれ落ちた頃から築き上げる全ての集大成で、
「……」
途端。
減らず口を畳み込み、物憂げな表情を兜で覆い隠す。
先ずは貴様から無様なマペットとして踊り狂え。
丹碧なる氷灼の双剣の鞘を一挙動で払い振るう。
此方は予習済みだが、まだ隠し種でもあるのか?
あるいは――。
「……」
大剣は御飾りに真っ青さと赫耀たる光を帯びた、幾つもの魔法陣が基礎の法則も守らずに浮き上がり、
刀身のリーチを蔑ろにして両方が異なる持ち方で、己の心臓部に十字を翳すが如く同系列の陣の中へ。
立ち所に燎原の火のように以前より燃え盛る刃、皮膚をも凍てつく蒼き氷が冷気を放って刃に纏う。
やはり戦闘時からの潜伏を備えての行動。だが、予想の範疇を超えない。所詮は形見に縋る稚児か。
【アサシン専用スキル 特殊能力、隠蔽を使用しますか?】リスクが高い上に多対一では圧倒的に不利。
故にいの一番で【下位互換・大蛇の両刃を召喚】
矢継ぎ早に繰り出される五連斬撃をあっさり躱し、紙一重の見切りで間合いを保たんとするもすかさず、足元の煌々の陣を踏む前に刃を振り上げ、血飛沫を。
鎧をも斬り裂いて、宙に舞う。
「ッ!」
無様ったらしく顰め面を兜越しに剥き出しにして。
【神経毒の潜入が開始、解毒に最低でも一分必至】
これで紛れながらの有象無象との見分けが付く。
【劣化版・魔力遮断付製造完成短縮小型機械起動。模倣・フルフェイス重ね掛け発動、魔力常時消費。郷愁への誘いを稼働、数分後に一度切り使用可能】
チッ。
【龍の鉱物使用小銃を一丁召喚、手製、付加効果、自動再生。弾丸、全魔法耐性持ちを全弾装填完了】
軽々と身と鎧に繋ぎ合わせた銃を差し向ければ、此方に視線を切らす事なく緩やかに後ずさりゆく。
その最中、
【無価値・アトランダムを召喚、完全なランダム性、今回の変換は大剣でした】やり直しだ【魔力消費で再び、次は斧でした】
乱数待ちだな。
【亜流・第三の目を召喚】し、乱雑に振り撒いた氷塊に忍び込ませ、二階の吹き抜けまで隅々に見渡す。
静寂。
そして、天井の氷塊が崩れ落ちるとともに動く。
局面が中央へと。
忽ち、互いに間合いを詰める中での視界の片隅、支柱に身を潜める何かの魔力の波、オーラが揺らぎ、足蹴にする小石が散漫な雑音を押し除けて谺する。
この魔力量、京介ではない。いや――ブラフか?
乳飲み子卒業終えの変装、あるいは同化も線に、周囲を満たす魔力量を漏らしながら迫り来る刃を、四方八方から瞬く間に脱兎の如く跳び掛かる者をジャブさながらの最小限の動きの殴打を中心に放つ。
囮は両の手数えられる程度が霧散する。万が一、俺が本命を当てた時に致命傷を避ける為の保険か。
用意周到、又は類を見ない臆病者の何方かだな。
そして、過去を彷彿とさせる城全体に紫紺の陣。
間。
巡りゆく、双方。
刹那の逡巡が三つ目に映る全ての者の品定めを。
その片手間、空中で内側から弾け散った氷塊をたった一発の弾丸を粉々に打ち砕く。だが、消える。
チッ。
360℃を補うフルフェイスと第三の目を以てしても、黒布の切れ端がはみ出したた同時に完全に粒に遮られ、逆効果と言わざるを得ない一手に【通視能力】
この場で最も時間と意識を費やす、能力の提案を。
駄目だ。
俺は頑なに拒んだ。
その一瞬の隙に乗じて、次々と陣の怒涛の進軍。
ブレる。
無数の大群が周囲を飛び交うも人影を捉えきれず、
銃口で追うだけの応戦の時間が悶々と続く。が、視界に、第三の目に、黒きローブの切れ端が掠める。
俺は、迷いなく指に掛けていた引き金を倒した。
拙い策に溺れて防戦一方に陥ったのも束の間、最初の弾倉が尽きる前に将棋倒しに地に臥していく。
一人。
唯一立ち尽くしていた最後の偽物勇者が仰向けに倒れ、重心を低く落としながら銃口を向けていく。
漸く。
そう思った矢先、白雲を払ったように弾け散る。
「……」
だろうな、この程度でお前が諦めるとは、
頭上を一瞥すれば、やけに馬鹿でかい氷塊が次第に純白を気取った野郎が露わとなり、銃を差して、
思わなかったよ。
肩全体をど突く衝撃が走り、眩い閃光が迸った。
そのまま背に振り返っていき、軍人を思わす姿を映し出した鏡さながらに迫り出した壁を叩き割り、澄み切った白皚皚たる外套を靡かせ、飄々と現れる。
そして、三度、踵を返した正々堂々。正面から、気配を消して忍び寄っていた偽り者の分身が来る。
前にも見た光景だな。一人、多いがな。
どちらにせよ、結果は変わらない。
肉体変換と外套の囮を織り交ぜた一撃必殺に様々な憶測が脳裏を駆け巡るも、躊躇わずに撃ち抜く。
眼に手を差し伸べるら穢れた勇者を。その怨恨を抱いた冥土の土産の無駄に煩わしい白雲が晴れ、京介、京介二人が駆けていく姿を目の当たりにした。
身に覚えのある頬の傷痕をこれ見よがしにして。
懐かしいな。
昔、俺を助ける為に付けたよな。そうあれは確か、左右非対称の過ちが招いた甘さを容赦なく看破し、
我ながら見事に一方の脳みそを撒き散らした。筈だったが、又してももう一人さえも分身であった。
は?
じゃあ、お前は何処に。まさか、もう……。
頭上と外套に気を取れ過ぎずに颯と振り向き、マントから黒きローブを払って京介が全貌を見せる。
「ッッ……⁉︎」
お前はまだ、いやそれが今のお前の本物の矜持か。
だったら必ず一度でも、殺すしかない。
身軽なステップで一旦、距離を空けんと引くも、
天から舞い降りる疫病神が余計な邪魔立てをする。
逃げ道を塞ぎやがった。
直様、切り出した二枚目のカードで眼下に紫紺の陣を巡らせ、強行突破に試みるも、空間が止まる。
ぁ。
【大魔導士オリケーの特殊杖の能力。時の流れを堰き止める】切り札の初見殺しが功を奏すると同時、
っ!
【アルベリカの所有物、魔物の肉球ブーツ。非売品】あの糞餓鬼の力も相まって容易に懐に潜り込まれ、俺は亀のような身に鞭を打ち、緩慢な一手で眼前に手を差し伸べた京介目掛けて嫌々顳顬をぶち抜く。
っ。
空中に足を乗せ、跳ぶまでの一連の流れからコンマ数秒、まるで俺の、俺の動きを読んでいたかのように突然、劇的な成長を遂げた額の鬼のツノが弾く。
震わせた指先がかろうじて放った一撃を難なく。
そして、敵ながら見事に同様にシーフのスキル――奪取で俺の瞳に嵌め込んだ義眼を奪い取った。
奪い返した。
【ステータスが――】視界全体を闇が覆い尽くし、一旦は魔力で周囲を探る中で両方の義眼を握りしめた京介は己ののみを巧く選んで付け替えるも……残り二つを決心が、否。俺に返そうとそっと放った。
心の淵から無性に生じる曖昧な雑然とした感情が押し寄せるが、屑が氷塊の刃で天井に打ち付ける、
不満げに何かをぶつぶつと呟き、京介を曇らせて。
今までの異常なまでの冷静さを保ったスタンスが余計にその光景を際立たせていた。思い掛けず、双方の間に亀裂が走って、巧くやれば仲間割れも……。
まぁ、いい。
【残り1のステータスの魔眼を召喚】し、掌に呼び戻した本命を差し戻し、下衆は俺の背後から素早く陣で天を介してステータスの魔眼を京介に手渡した。
ようやっと朧げな全貌を明瞭にアトランダムの嫌に神々しい輝きを纏って、表していく。
だが、凝視したままアイテムボックスへ収めた。
両眼でステータスが向上するのを知らないのか。
……違うな。
その優しさ、死を招くぞ。
そして、泰然と仁王立ちする京介に、黒々しい金属片の一枚一枚が独りでに異様な形を成していき、安定した砲台とともにこの堅牢無比なる魔王城をも穿つ、全身全霊の一撃を【魔力を全て消費します】
淡い白さと青に、黄金色の雷光を帯びていった。
瞬間。
徐に両の手を重ね合わせて印を結び、光り輝く。
己が身を包み込んで神を体現する、慈愛の光が。
死の光線がぶつかり合う。