一話最終話 小国と終わりの始まり
「この国の果てに魔王城へ繋がる、唯一の地下通路があります」
「そうか」
「ですが」
「……?」
「近年になり、漸く開国した小国を抜けなければなりません」
「またか」
「――自国の豊富な資源を他国及び四大国が外交を名目に調査買収を行い、手を焼いているそうです」
「それは、どっちだ?」
「ハ?」
「小国か、それとも侵略する側か」
「端的に言えば人によって異なり、どちらとも取れます。東大国面に属することに関しては独占として悪に近く、他の各国は正義に相応しいとも呼べます」
「お前はどうなんだ」
「そうですね、自国と言えど資源奪取は他国に対する侵略行為。世界平和条約の一項、自由に反すると思われます」
「そうか」
「但し、独自の調査隊が公表したある件について」
「なんだ、そのあやふやな情報は」
「此処から先は明瞭のようで、先の国は魔王城までの地下通路を強引に自国の地下まで開通し、密かに魔王城に込められた魔力を違法供給し、収入源としている。と」
「お前がさっき言った内部潜入を口実とした工作なんじゃないか?」
「その線が正しいでしょう。今も調査隊の所在が不明な為、単なる諜報員の仕業で結論付いています」
「んで、次は勇者の誉高き旅路で開国しろと?」
「大国への資源と人材を有していますので、各国が敵視し、戦争に発展するとの見方もあるようで、今回の旅路で解決への道筋を開けば、あるいは……」
「面倒ごとは毎度のようだな」
「ですね」
そして、目に見えて解るまでの魔力の層に閉ざされた断崖絶壁に立ちはだかり、門兵と言葉を交わす。
「ま、まさか――リア・イースト様とシオン・ノースドラゴン様で有らせられますか?」動揺の渦中。
「入国は可能か?」
だが、「勇者様方の大義名分の動機であっても、不可能に近いでしょう」忽ち、平常心が返り咲く。
「では、国境越えの許可証を」
「ハッ、暫しお待ちを」
新たなる兵士らが振らんとする手を押さえて我々を見守る中、駆け足で紙を掲げた兵士が舞い戻る。
「王は何と?」
「『山奥の古城を越えるのであれば許可する』と」
「承知した。では、開いて頂こうか」
意外とすんなり行くものだな。
「お待ち下さい」
前言撤回。どうやら単純には行かないようだ。
「あ、あの」
「何だ? 我々は急を要する身だ。早急に述べよ」
「いえ、何でもありません」
名残惜しそうに胸元に抱き締める筆と木板に傾ぐ。
「ハァ……貸せ」
「え?」
「経験上、絵心は無いぞ」
「は、はい!」
「此処からは徒歩で向かいましょう」
長蛇の列が出来る前に古城へと馳せ参じた我々は、自然に呑まれた場を転々と進んでゆく。道すがら。
未開の地を探検するような感覚に頻りに襲われ、
もう二度と出来ないであろう先代との事を語らう。
「お話、宜しいでしょうか?」
「あぁ、構わないよ」
「虹龍戦でステータスの効果はあったのですか?」
「何故、それを知っている」
第一声で弛んだ、二番煎じ。早々に俺は道無き道を子供ながらに足伸ばす先代の地雷を踏み抜いた。
「誰から聞いた?」
「い、いえ」能天気に眠りこけていた思考を最高潮に駆け巡らせ、只管に僅か数秒の猶予に逡巡する。
「まさか」
そして、こんな決戦前の場で思いもよらぬ事故。
絶体絶命。故に赤裸々に吐露する。
「貴方の異世界の召喚から大国壊滅までの一部始終を弥彦の未来視により、無断で視聴していました」
一切、包み隠さないで本音を告げる。
「そうか」
「はい」
間。
歩みは止まらず、果てしなく続く。
「話を前に戻ろう。虹龍だったな」
「えぇ、無理には」
「以降、周知の上で説明するが、俺は防具やポーションで付加効果を与え、お前と出会った時以上にステータスを向上させていたが、虹龍は俺のカンストしているHPを遥かに上回る攻撃を繰り出してきたよ。それもたった一撃。一度の攻撃でこの俺をな」
「異常。ですね」
「此処らもかつては栄えていたんだろうが、大方、魔物か理不尽な虹龍辺りに襲われたんだろう」
「跡からもそう思われます」
「いずれもお前もその怪物と戦う運命にあるだろう。それが勇者としての通過儀礼だからな」
「はい、近々、そんな雰囲気が漂い始めています」
「だったら、精々死なない努力を尽くすんだな」
「何か、弱点は」
「無い」刹那の即答、食い気味に迷いなく宣った。
「そ、そうですか」
「いや、一つだけあるな」
「……?」
「光だ」
「光? 神聖魔法の部類ですか?」
「いや、単なる光に一瞬だが、怯んだ記憶がある」
「そうですか。助言感謝します」
「あぁ、頑張れな」
無事の敗走を遂げた人は余裕だな。いや他人事か。
「はい……」
「何処まで見たんだ」
またしても虹龍戦以上の局面で二者択一に迫られる。単なる疑問にも思えるが、選択を間違えたら……。
「東大国壊滅まで。です」
「そうか、ならあの続きだが、俺は偉業通りに今の元平民出身の東大国の王と共に大国の復興と現地人の殺戮と亡命を図る同じ生徒と魔導士達を殺した」
「え」
「最初のうちは罪悪感の払拭に過ぎず、東の連中なんてどうでもいいと思っていたが、俺に花を渡してくれた少女が、《《アスター》》というまだ齢三つの子が盗賊の人攫いに出会し、その売り手の先で見るも無惨な姿に変貌して以来、戦争にも極略参戦していたよ」
「影からの補佐とは聞いてましたが、其処迄とは」
「無防備な寝込みを襲ったりもしたよ。まだ昔の傷が癒えていないのか涙を流していたのに、僕は、俺の身勝手な理由で殺した。同じ日本人なのに、彼奴も、でも、子供を殺していたから。オリケーさんもフォンデュレーも。アルベリカごめん。ごめんなさい。でも。亡命の他の国を助ける恐れがあるって」
「それから、どうしたんですか」
「え? あぁ。東大国権威者の殲滅中に信奉者との遭遇で重傷を負ってな、まだ未開拓の辺境の名も無き村に匿われて、近隣に新たな村を造り上げたよ。文明も大幅に追いついて、村に名前をつけることを許されたんだ。だから俺達はアスターと名付けた」
「そう、だったんですね」
「ぁぁ」掠れ声と潤いに浸る先代は歔欷に溺れる。
憐れみからか慰めの言葉を掛けんとする瞬間――地下通路への入り口が垣間見え、突き刺さる魔力。
殺意に染まった膨大な、際限なく続く死の津波。
一般人では進むことさえ許されない憎悪の塊が、塊へと淡々と我々は、俺たちは歩みを進めていた。
「他の者達との出会いも」
「しますか?」
「え?」
「各国から兵を要請しますか?」
「は?」
「指示を」
危機感の欠落した先代からは不思議そうな眼差しが向けられ、あっさりと「必要ない」首を振った。
振り返るとともに。
「無能が束になっても結果は同じだ」と、返して。
「きっと奴鎖国では繋がれる縛りの呪いの発案を、
ペリドットやウォリアにも呪縛の印を施した、開発した根源的存在のレグラの仕業だと知ったんだろう。あのサザンダイング、特異な王位継承方法の国では魔王討伐後の残存する俺達異邦人殲滅政策可決の国。そして、そして最後に大国。俺たちを召喚した全ての元凶まぁ、他にも迫害の村や始まりとも言える黄金卿などにも意味がありそうだがな。先の魔王城を利用する小国も同様に、それ相応の罰を下す」
何事もなく、一人会話を続けていた。
「着いたぞ」
「え?」
気付けば山上から見下ろす。あからさまな入り口。
「さぁ、行こうか」
「っ、はい」
共に大地を踏みしめて、歩みを進めていった。
魔王城へと。