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ステータスブレイク〜レベル1でも敵対勇者と真実の旅へ〜  作者: 緑川
蛇行する王位継承戦編1日〜3日
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第十二話 夜更けと夜明け 新たなる王国への道すがら

 俺たちは無事に数多の魔物の巣食う国境を超え、限界を超えた馬に魔術を施し順調に進んでいたが、正に一寸先は闇な夜に阻まれ、休息をとっていた。


 つい魅入ってしまう、薪が乾いた音を立てて、闇に呑まれた周囲を燦々と灯す焚き火を囲っていた。


「随分と足手纏いが増えましたね」


「そう言うな、旅の仲間が増えて賑やかになったじゃないか」


「そんなもの望んでいませんよ、それに、どちらも盛り上げ担当になってくれる気がしませんが……」


 10代目の泳がしていく視線の先に続く。


 其処には少女の温情によってかろうじて命を救われたスノーウルフが、余程、トラウマを抱えてしまったのか、依然として無駄な威嚇を解かずにいた。


「どうする?」


「彼女に黙って殺すのは、問題になるでしょうね」


「そうじゃない。あれじゃこれから先、難儀だろ」


「なら、早いうちに調教した方が良さそうですね。このようなケースには慣れていますので、私が」


「どうも。にしても大して得られる物も無いのに、面倒な役柄ばかり背負わされるな」


「子供の駄々とは常にそういうものでしょう」


「そうかもな」


「老若男女問わず好かれるとは、昔はさぞかし人柄が良かったんですね」


「おいおい一言余計だろ、それに……フッ。俺が善人に見えるか?」


 皮膚を乾かさんとする赫赫たる炎に炙られて、口角を微かに上げた頬が色鮮やかな暖色の光に灯される。


「勇者が必ずしも善人とは限らない。時には《《国を滅ぼすことも》》……ある」


「……。異常なまでの懐きようですね」


「ん? あぁ」


 徐に傍らに目を向ければ、少女が体をすり寄せ、俺の肩を枕代わりにぐっすりと眠りについていた。


「そう見えるだけだよ」


「そうですか?」


「あぁ、大切な人の為なら自分を犠牲にできる子だ」


「……?」


 ま、ちょっとだけ邪魔だけど。


 10代目が訝しんでか俺の体を隈なく見渡し始めた。


「どうした?」


「いえ、何でもありません」


「……そうか」


「……」


「懐疑的な意見ですが、是非ご一聴頂けませんか」


「そんなに畏まるなよ、言いたいことがあるなら構わず言ってくれ」


「ステータスの値の現在と以前の状態を見せてもらいたいんです。ほんの僅かな手掛かりでもあればと」


 ……。


「あぁ、良いよ。少し待ってくれ」


 此処は本心と捉えて、赤裸々に明かすべきか、それとも良い塩梅に嘘を織り交ぜて、上手く欺くか。

どのみち今奴の機嫌を損ねるような真似をしても、こちら側には何のメリットもないしな。仕方ない。こうなってしまったのなら、運否天賦に任せよう。


 泣く泣く【脳内文字記載 MP : 4を消費】して、紙に記した嘘偽りなき過去のステータスを渡した。


「どうも」


 そう言うと、途端に目的達成を露骨に表現するかの如く口を噤んで、隅から隅まで目を通していき、眼が末尾まで沈んでいくと、俺に視線が舞い戻る。


「今はどうなんですか?」


「今か、今はな……」


 決して慎重に塗り固め過ぎず、朧げな上に猜疑心を植え付けてしまうような言葉であってはならない。


 そう己の幾度となく心に言い聞かせ、口にする。


 一言。


「基礎値は大体、その100分の1だな」


 口走っていた。


 ただ何処からともなく現れた感情任せな想いが、幾多の錯綜とする感情を押し除けて、振り切った。


「おまけに耐性も無しで、使える基本魔法は初級のたった二つだけ。これじゃまともに戦えもしない」


 仄かにそれぞれの双眸の色彩が異なりしシオンは自らが切り出した話題にも関わらず、想定していた答えと現実の乖離に鋭いギャップでも感じてるのか、ただ交わしていた視線を逃げるように背け、焚き火の炎に目を据わらせたまま瞬く事さえ忘れて、緩慢に僅かに顔を苦痛に歪めながら、握りしめた。


「そう…………ですか」

 

「あまり落ち込むな。例え天地がひっくり返ろうとも、俺の勝利が覆ることはない」


「あの連中もですか?」


「当然」


「奴等は私よりも強いでしょうか」


「さぁな、刃を交わすまでは何とも……」


「――かなり古くからの付き合いに見えましたが、どのような関係性であらせられるのでしょうか?」


「ただの腐れ縁だ」


「第9回目の虹龍の討伐作戦にも赴いたんでしょう」


「そんなに知りたいなら、コインで決めないか? 俺ばっかり話しちゃ悪いからな」


「では、裏で」


「じゃあ俺は表だな」


 そう言い、懐に忍ばせていた金貨を二指で摘まんで爪弾き、キンッと高らかな音を奏でて宙に舞う。


 綺麗に掌に乗せて、勢いよく手の甲に叩きつけて、そっと外せば、見事な表の面が映し出されていた。


「俺の勝ちだな」


「……えぇ、ですね」


「どうせだからお前の過去を聞かせてもらおうか」


「承知致しました」


「もう時期、夜明けだ。軽くでいいよ」


「――――我々ノースドラゴン家は、代々北大国、エルダグロースに仕える純真な一族でありました。同盟国であるパクス大国とも友好的な関係であり、度々、王の命で東の王都に招集されていました。昨今の凶暴化する魔物の急増や諸国暴徒鎮圧化など、様々な任務に駆り出され、順調に成果を挙げる中、突如として東大国の採った政策。異邦人召喚の儀、その後の護衛兼監視役にも任命されることとなり、幾つもの不明瞭な点に感じ、危険過ぎる真似をする両大国に疑義の念を抱きながらも、ただ国に忠義を尽くすことだけを第一にし、他の全てを祖国に置き去りにして現地へと赴き、帰らぬ人になりました」


 ……。


「それが俺の兄です」


 そんな悲痛な過去を淡々と語っていく中、片手間でスノーウルフよりも低い視線にそっと手を差し出す。


 最初は幾度となく10代目と手を交互に目を泳がせていたが、段々と纏わりついた恐怖の象徴たる身震いが治っていく。


「……」


 土壇場になると何を言えばいいのか解らず、ただ酷く淀んだ虚ろな蒼き瞳だけをじっと見つめていた。


「殉職の報せが届いてからも不幸は続き、大国に不満を持っていた北諸国によって王都の反乱を招き、かろうじて一部に留まっていた暴動は激化し、我々、ノース家にも及ぶことに。父は今回の暴動の主犯格によって相打ちに、母は身籠ったまま惨殺。多くの兄弟が暴徒によって嬲り殺しにされました。その中には、まだ齢5にも満たない無垢な少女も」


 次第に凄惨言い表せない程の悍ましい光景がありありと目に浮かび、頻りに胃中を突く吐き気を催す。


 スノーウルフは恐る恐るではあるものの差し出された掌を籠手越しに匂いを嗅ぎ始め、少しでも指先が動けば、慌ただしく数メートルと後ずさっていくが、直ぐにまた舞い戻って来ては、周りの物などにも匂いを嗅ぐ。


「抵抗も虚しく犯される者、奴隷とされる若き者、手足を切り落とされ、見せ物になる者も居ました。悉く、奴等の行動は自由の意志に反していますが、所詮は自らの欲にも抗えない家畜以下の存在――。そう何度も己に言い聞かせ、反旗を翻した者は、女だろうが子供だろうが見境無く皆殺しにしました」


 次第に10代目の抑揚さえも深き闇に沈んでいく。


 そんな通夜にも等しい真っ暗な雰囲気を漂わせ、地獄に繋がる泥濘に嵌ったかの如く死んだ表情に、ウルフ側が気に掛け、ゆっくりと歩み寄っていく。


「そして、大国の精鋭部隊の強硬的な派遣により、たった一夜にして、無事に暴動は鎮圧しましたが、失われた犠牲は計り知れないものでした。夥しい数の屍に群がる蝿に、屍肉を啄む鳥類、匂いに誘われて壁を乗り越えてくる無数の魔物、その場は一時、完全な混沌と化し、皆が皆、この世には救いの神がいないのだと、認識する最悪の日だったでしょう」


 そして、限りなく緩慢に猛禽たる双眸が俺を凝視する。それと同時に柔らかな総総たる真っ白な毛を、10代目の膝の上にそっと乗せて、舌を出した。それに気が付いたのか、蝶よりも花よりも優しく、まるで昔から慣れているような手つきで愛撫する。


「キュ、ワウッ!」


 耳に響く笛吹き声で軽く鳴くと、嬉しさをアピールするかの如く力の籠っていない声で小さく吠えた。


「家族は誰一人として生き残っていませんでした。帰る家も失い、あったのはただ憎しみだけ。それから俺は主犯格であった異邦人殲滅を心に固く誓い、数年間、何千回の生死を彷徨う過酷な修練に励み、第一目標であった10代目勇者となりました。……」


 10代目は氷灼の双剣を肩に添えて、抱きしめる。

最悪な形で郷愁に駆られたのか……あるいは――。


「それから、どうなったんだ?」


「戴冠式直後であった為、雑用にも等しいゴタゴタに巻き込まれましたが、第10回虹龍討伐作戦にも赴き、数千人の討伐隊の内、数人と共に敢えなく帰還。祖国に帰ってから一番最初に下された命令は、俺が心の底から待ち望んでいた異邦人殲滅でした」


「そう、だったんだな」


「えぇ、そして、今も俺の目的は変わりません」


「なら――」

「ですが、最近では、まるで亡霊を追っているような気分です」


 静寂。


「……」


「……」


 視線がぶつかり合う。


 俺は徐に武器を探し、10代目は柄を握りしめる。


「んんっ! あぁ~!」


 傍らでただ一人、安らぎに身を投じていた少女が伸び伸びと体を限界まで伸ばし、起床の挨拶をし、微睡んだ目を白皙なる手でゴシゴシと擦り始めた。


「もう夜明けですね」


「そうだな」


「そろそろ行きましょう」


「あぁ、身支度を済ませるよ」


 黒き影に覆い尽くされた、決して視線の離さぬ俺たちに次第に昇りゆく朝日が燦々と照らしていく。


 起伏の激しき人の未踏の荒野の凸凹道を駆け抜けていき、ジェットコースターより揺られながら、無駄に酔いに強い笑みの絶やさぬ少女と言葉を交わす。


「どうしますか⁉︎ 名前!」


「適当でいいんじゃない、好きに付けていいよ」


「でも、助けて頂いたのは勇者様なので! あっ、あのまだ名前聞いてませんでした。ごめんなさい。私は、ベリル・クレアーレ、12歳です!」


「リア・イースト。18だよ」


「……? あの」


 ベリルは末尾でじっと目を瞑って項垂れる10代目に好奇心の眼差しを注いで、静かに眠りを妨げる。


「何だ?」


「あの、お名前」


「シオン・ノースドラゴン。今年で17だ」


「ありがとうございます!」


「それで、そのワンコロの名前はどうするんだ?


「そうですね……じゃあアリスとかどうですか?」


「いいんじゃないか? それで」


「じゃあ、この子はアリ――」


「其奴の性別は知ってるのか?」


「いえ、まだ何も」


「なら、中性的な名前にするといい。それにもっと動物らしい名前の方が覚えやすいだろ。他の連中も間違えずに済む」


「えーと、でしたら……」


「コルマット。コルマット・カニス。これで話は終わりだ」


「え?」


 遥かなる前方で絢爛豪華で高貴な一台の馬車がタイヤを潰されて停められ、女性を守りし者と盗賊であろう二人が刃をこれ見よがしに剥き出しにして、一向に視線の交わし合いから始まろうとしていなかった。


「敵襲。と言っても、目的は俺たちじゃないがな」


 悟られぬように、緩やかに憔悴しきった白馬のスピードを落としていきながら、慎重に進んでいく。


「良し、頼むぞ、10代目」


「何故、私なんですか」


「こういったことは当代勇者がやる方が、相手も飲み込みやすいだろ、きっと」


「ハァ……承知致しました。直ぐに終わらせます」


「悪いな」


 牛歩の如く重き足取りで引き摺りながら降りてゆき、マペットさながらに無造作な動きで鞘を払う。


「私たちは……」


「末尾に移ろうか」


 頻りに10代目の方へと目を泳がすベリルと可愛げに舌を大きく出して、「ハッ! ハッ! ハッ!」と、半ば興奮気味なコルマットを末尾に連れていく。


 物憂げな表情で馬車の末尾の床に両手を突いて、足をぷらぷらとさせながら、晴天なる青空を仰ぐ。


「いい天気だ」


「ですね」


「ハッ! ハッ! ハッ! ワフッ!」


 脱兎の如く軽やかな脚力で颯爽と飛び出さんとする破天荒を【ロープを召喚】し、簡易的な首輪で優しく繋いで、その片手間に不安げなベリルに様々な話題を連ねていく。


「次の国では何が食べたい?」


「次の国……確かサザンダイング王国でしたよね。あまり本場の料理には詳しく無いんですが、とにかくお肉が食べたいです」


「よし! なら着いたら、真っ先に肉料理を食べよう」


「はい、ありがとう――ございます」


「……どんな味付けが好きだ? 俺は肉料理は肉料理でも、甘じょっぱい薄切りの肉の山をお腹一杯、食べたいかなぁ~。勿論、マンガ盛りの白米も!」


「《《マンガ》》?」


 ……マンガは引っ掛かるんだな。やはりか――。


「いいや、何でもないよ」


 それにしても、最近ぜんぜん、米食べてないな。


 湯気の立ち込める粒の立ったご飯、食べたいなぁ。此処らじゃ、気候変動が激しいし、立地もあまり良くないから、丹精込めて作っても育たないからな。害獣も害鳥も害虫も馬鹿みたいに多いし。ハァ、そろそろちゃんと山盛りの白米を死ぬ程食いたい。


 もうそろそろサザンか、久々の食事と偵察がてら、暇で暇で死にそうであろう頼りにならない暴君たる子を起こしてやるか。


【蒼き結晶を召喚】し、割と好きな綺麗に殻を破っていく光景を一人と一匹と共に、じっと見つめる。本当に繭か殻なのかわからない物に走っていく亀裂と、次第に破れていく鋭い粉砕音と次第に露わになっていく小さな精霊の手が、存外チャーミングで、

つい目が釘付けになって、皆が皆魅入ってしまう。


 大人しくなったコルマットと頬にまですり寄せて覗き込むベリル、そして、そっと幌の外を覗く、俺。


 あと少しで垣間見えそうなところでパキッ! と、お目覚めの音を響かせ、勢いよく飛び上がる。


「チッ」


 正直、この子を解き放つ度に、このロープを縛り付ける相手を間違えたとつくづく思い知らされる。


「わぁ~……! か、可愛い」


 その一言を鼓膜に轟かせたのか、珍しく大人しく煌びやかな清々しい浅瀬の淡色を帯びた鱗粉を放ちながら、ベリルの膝の上へとゆっくりと着地する。


「フッ、もうお友達気分か?」


 思わず嫌味たらしく口走ってしまい、精霊に下瞼を指で引き下げながら、真っ赤な舌を差し出した。


「悪かったよ、好きなだけ仲良くしてく――――」


 木屑が視界の端に映り込む。


 それは当然、絢爛豪華な馬車の方から。


 そして、囂々たる地響きと砂塵の舞い上がる突風が吹き荒れて、元馬車であった残骸が宙に吹っ飛ぶ。


「……やり過ぎ」

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