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最終話 辺境の村の差別

 共に大の字で凛としたそよ風が渦巻いていく天をふと仰げば、消え入りそうな一面を含んだ煌々たる無数の星が芽吹く草花のように産声を上げていた。


「お前の負けだな」


「何故です?」


「れ俺を殺せなかったんだ。敗北以外の言葉は見つからないだろ」


「そうですかね」


「あぁ、きっとそうだよ」


「……」


「……」


「どうやって国を落としたんです?」


「方法なんて問われるとは思わなかったよ」


「ただの、疑問ですよ」


「ハァ、そうだな。各国との情勢問題の激化で戦場と化した骸からこの世に悔いを残して彷徨う魂を奪い取り、溜めてきた兵の魂の雨を国に降らせたんだ」


「……魂の雨?」


「あぁ、それを喰らった者は無条件で人格が崩壊する」


「だからか」


「何だ?」


「いえ、……もう自分自身でもわかっていらっしゃるのでは」


「俺の感情が二つあることか」


「はい。恐らく気付かずに受けたからでしょう」


「だったら、此れも今の己を着想を得たんだろう」


「……?」


「生死を彷徨う者の水晶体を通して、魂を見透かす。簡単に言えば、魂のランタンと同じようなものだ」


「卑劣だ」


「俺の創った物は兎も角、魂のランタンは初めて英雄が扱った技だぞ」


「そうでしたね。意外と話が合うかもしれませんよ」


「かもな」


「なぁ」


「どうされました」


「お前が俺を救ったように、俺はあいつを救えるだろうか」


「俺にはわかりません」


「そうだよな。悪かったな」


「いえ。では、そろそろ行きましょう」


「あぁ」


 それは貴方が一番よくわかっていることでしょう。


 夜も闇に耽る頃、馬車の歯車が回り始めていく。

次第に魔法で産み落とされた薄らと覆い尽くしていく悍ましい紫紺を帯びた霧の毒の波とともに軒並み建ち並ぶ民家から苦しげに咳き込む人々の喘ぎが。


 先代でさえ首に巻く魔道具を口に当てがう始末。


「相当、濃いな」


「此処の方々にとっては死活問題でしょう。生まれる子の先天的な病気に苛まれることも多いですし」


「とは言っても、俺たちでも対策のしようがないからな。……お前は、何もしなくとも無事なんだな」


「えぇ、鎧の加護によるものです」


「ほう、便利な代物だな」


「はい」


「?」背から鎧越しに突かれる熱く注がれた視線。振り返れば、頭上に単純な疑問符を浮かべる先代。


「気分が優れないんですか」


「いや、ちょっとな」


「疑問解消が目的なら解消の一助に協力しますが」


「なら、言わせてもらうが、お前、何か趣味はないのか。ずっと無愛想で人生、つまらなさそうだぞ」


「そう見えますか」


「すごく」


「確かに、これと言って此れはありませんね」


「だから死体みたいに見えるんだ」


「随分な言い草だな」


「何かやったらどうだ」


「そうですね、では、宜しければ提案を」


「本なんてどうだ?」


「読書、ですか?」


「違うよ、書くんだ」


「……⁉︎」


「一部の人間にしか許されないんだから、そっちの方が適任だろ」


「そう、ですね」


「ハッ」


「……? 気が向いたら、いずれ書きます」


「そのいつかを楽しみにしてるよ」


「見せられるようなものではありませんよ」


「出来じゃなくて完成品が問題だろ」


「ですかね」


「あぁ、駄作でも未完よりはマシだ」


「かもしれませんね」


「ゲホッ、ゲホッ! ゲホッッ」


 会話に割り込む咳払い、否。生への前借り行為。


「彼等には――」


「それは勇者が口にする言葉じゃないだろ」徐に末尾から立ち上がる先代は俺に白眼視を向けていた。


「えぇ、失言でした。私も向かいます」

その背を追いかけるように蜃気楼から垣間見えた指で数える程度の霞む小屋に等しき村へと足を運ぶ。


 運んだのだった。だが、拳銃を握りしめた者――現地の骨と皮ばかりに痩せこけた民に突きつける。


 それら一連の光景を目の当たりにする先代は……ただ茫然と立ち尽くし、完全に言葉を失っていた。


「なぁ、頼むよ……もうこんなことは辞めてくれ」


 必死の説得を投げ掛けられようとも微動だにせず。


 揺るがぬ指先で緩慢に撃鉄を起こし、涙を浮かべる少女の顳顬に突きつけた銃口に、引き金を引く。


 刹那。


 鋭い眼光が少女へ移ろうと同時、掌を差し伸べ、己の足元と奴の眼下に陣を、紫紺の陣を巡らせる。


「……」


 だが、周囲に茫漠と漂う猛毒の霧が己が身から放たれた魔力を吸い上げ、無数の雲となり、雨と化す。


 轟音が響き渡って弾け散り、鮮血を含んで地に。


 屍となった少女も大地に臥した。


「ぁ」

自らの足が先代を横切った時、そんな声にもならない声が耳元に掠め、瞳の光がふっつりと途絶えた。


 そして、地獄の底へと。


 踏み出した。


 現世に極稀に浮かぶ幻影さながら泡沫に霧散し、血走った周りの者らが地に落ちた礫を放り投げる。


 泰然と闊歩する、先代に目掛けて。


 空に、側に、額に。とめどなく、血を流し続けて。


 傍らの親を眺める子どもが爪先に触れる石を拾い上げて、無作為に向けられた糾弾の的になる寸前、

大地に繋がれた足を踏み外して、只管に前へ進む。


「よせ」

振り翳した細々とした腕を、骨を握りしめていた。


 先代を、村人を――――。


「何処へ行かれるんですか」


 やけに他人とは身なりの整った者の問い。


 掌に異様な魔力の込められた球体を天へと放る背を向けたままの先代は「悪者退治だ」そう告げる。


 そう、口走ってしまった。


「そうですか」


 もう後戻りできぬ言葉を紛れた信奉者に馳せて。


 顔の端を見せぬまでもひしひしと伝わってくる皮膚を突き刺すが如く際限なく覚えた怒りを孕んで。

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