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第一話 真実の殴り合い

 会話。


 常日頃から他愛もないものから決して聞き逃せぬ様々な話題を如何なる状況下でも繰り広げていたが、限りなく弱々しいオーラから発せられる殺意は片手間に真実の道のりを近づかんとする思考を一瞬で破り捨てた。


「……」


「散々、憎んできた相手が神とさえ仰いだ勇者と知り、あまつさえ国を滅ぼした人間だったんだ。さぞ、辛いだろうなァ! この魔術のおかげで今の俺は、昔と違ってお前のような餓鬼に容赦はしないぞ!」

だが、無数の癖を持たぬ八方から迫り来る斬撃には何条にも重なる稲光を帯びた舌剣が織り混ざり、突き立てられる寸前、紙一重で致命傷を避けていた。


 それでも赤裸々に心情を吐露する言葉の数々が、何処かしらに刃毀れが見当たるのは拭えずにいた。


「もう抗う必要も、《《俺》》が解く理由もない!」


 胸の内では足掻いているのだろうか。


 どうやら本人には解除する術が無いようだ。


「……」


 俺が、俺がなんとかしないと。


 でも、なんで、だっけ。そもそもどうして俺が、勇者を、憧れだった存在を殺さないといけないんだ。


 一抹の不安に紛れていた疑問が脳裏で爆ぜた。激動の最中でも無意識のうちに言葉を漏らすまでに。


「おれは、俺には兄が居たんです。本当の血の繋がった兄が。昔から周りが兄との絶対的な優劣の差に卑下されてばかりで友人も出来ない日々を送る中で、唯一、兄だけが心の底から俺を愛してくれました」


「戯言に現を抜かしている場合か⁉︎」


「今の貴方のようにどんな時でも優しさと強さを兼ね備えて、同じ志の天に立つ勇者に心の底から憧れていました。でも、あれ以来、東大国に派遣されてから、もうずっと帰ってきていない」僅かに鈍る。


「全てに絶望しましたよ。何日も、何ヶ月も。それでも歳も変わらぬ勇者が同じ希望を持っていることに力を与えて貰えた。復讐を誓えた。正直、どれだけ包み隠してとあの頃の俺には兄の声も、顔も、姿さえよく覚えていません。でも、貴方と出会ってから変わった。突然、走馬灯のように変わったんだ」


「っ!」


「そっくりなんだ。さりげなく気遣える性格も、何処か抜けてる強さも、行き当たりばったりな楽観視の口癖も、みんな……みんな今の貴方に!」再び。


 一方的な怒涛の猛攻に一縷の隙に切り返し、差す。刃同士の間に囂々たる金属音を響かせ、競り合う。


「…………。っ、きっと、きっと貴方と俺は似ている。大切な人を失った痛みも、本当の願いの叶わぬ辛さも、過去の己を乗り越えようとする苦しみも‼︎ だから、貴方を死なせる訳にはいかない!」俺は、いつからこんなに情熱的になったんだろうか。


 いや、そっか。昔がこうだったのか。


 ずっと前から俺は兄を、勇者を、貴方を目指して。


 このままじゃ、駄目だ。


 紫電一閃。


 自らの内に眠る魔力を強引に叩き起こして、拳のみに心許ない僅かな粒子を含んだ雷光を纏わせる。


 未だ本調子に戻らぬ頬目掛けて、小振りに放つ。


 煌々とした光芒は一直線に稲妻を枝分かれし、黒き影に覆われた先代を微かに掠めるだけであった。


 全集中を賭した回避で逸れた意識にすかさず大地に自然に溢れた緑を、木々へと、草花を芽吹かせ、足に絡まる蔦が眼下に傾げさせ、一輪の花が咲く。


「貴方には、大切なものがなくなったんですか!」そう目先の感情任せな先代に過去《未来》を想起させるも、出鱈目な一太刀が俺の鎧の胸部の表面を斬り裂き、直様、立ち所に元通りに舞い戻るも、再び、寸分の狂いもなく第二撃目を傷痕に喰らわせ、魔力の施す頑強な骨をも断って鮮血を噴き出した。


「ゥッ!」


 矢継ぎ早、再三振り翳される刃を受け流さんとするも、華麗に鞭に変化させ、鋭い打撃で身を響かす。


 そして、横薙ぎの大振りたる斧の怒涛の一打撃。


 胴を防がんと地に刃を突き立て衝撃に構えるも、同じく頭上から大地に振り下ろし、「ギフテッド」


 囁くように嘯く。


 この一連の動作でも尚、有り余る無尽蔵の魔力。


 古から込められたステッキの全身全霊を、稲妻が迸り、遅れて雷鳴が如く地響きが周囲を覆い尽くす。


 死。


 受ける猶予も、逃げる隙も、対話の間も与えぬ己をも犠牲にした一撃は辺りを光一色に包み込んだ。


 鼓動がする。不思議と落ち着いた胸の音色が重力さながらに瞼を開かせ、俺に暗き曇天を仰がせた。


 眼下。


 うつ伏せに五体満足で這い蹲る、きョウ介の姿。


 互いにゆっくりと満足げな乳飲み子のような様から邪鬼を含んだ稚児へと立ち上がり、双方の間に突き立てられた刃のみに目掛けて、駆け出していく。


 そして、最後に差し伸べた掌。掴み取ったのは、宇宙に漂う無数の空気で俺の身から離れていった。


 両腕が宙に舞う。


「……」

容赦ない先代が両の刃を奪い取り、終わりが迫る。


 それでも、前へ。


 勝利を掴み取るのに甘んじた一手が造作もなく懐への道を導き、零れ落ちていく血飛沫を糸状にし、狭鞄の小瓶を口で咥え、視線の交差とともに跳ぶ。


 頭上へと。


 歯軋りでガラスごと中の液体を粉々に打ち砕き、上に昇りゆく視界から逸れた糸の鮮血を歯に嵌め、大口開かれた瞬間に喉に硝子の破片諸々流し込む。


「ぷっ!」唾液を多分に含んだ俺の血反吐を吐き、周囲を覆い囲んだ刃の投擲を、前面に押し出して、時間差で雫の矢を射り、回避に生唾を呑むと同時、唾と交差して胃への侵入を成し遂げた。


「っ!」


 着信を終えるとともに背後で仁王立ち。


 ようやっと。


「っ‼︎」尻目に浮かぶは膝から崩れ落ちていく先代。


 空を破らんばかりの鐘の音が胸を打ち鳴らした。


「お帰りなさい」


 結局、俺には憧れを殺すことはできませんでした。


 ……でも、何故か、どうしようもなく心が澄んでいて、今までにないくらい清々しい瞬間であった。

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