最終話 ベリルたちの別れと大国崩壊の真実
あっという間に、東大国の息が掛かる辺境の村。
「そういえば、王都じゃないんだ」
「はい、こっちの方が自然が綺麗で療養に良いと、父母も言っていましたので」
「じゃあ、此処でお別れだな」
「え?」
「10代目」
「はい」
ベリルの動揺の隠せない眼を通せば、無事に涙を浮かべて微笑む家族一同の姿が瞬く間に過ぎ去った。
「念の為、分身を向かわせます」二指で印を結ぶ。
「あぁ、悪いな」
「せ、せっかく此処まで。いぇ、何のお礼も無しに勇者様たちをお帰ししたら、親に怒られちゃいます‼︎」
「大丈夫だよ、両親にはよろしく言っといてくれ」
「で、でも」
「ベリル」
「はい」
「もうお前は一人でも十分、生きていける逸材だ。俺達がいなくとも、寧ろ居ては成長を遮るだろう」
「そんなことありません!」
「いいや、そうだ」
「最後まで付き添うのが我々にとっても当然の責務だ」
「だったら」
「申し訳ないが、此方ももうあまり時間がない。変わり身ですまないが、どうか今回ばかりは容赦を」
「そ、そうですよね。私がこんな身勝手に行ってる間にも、きっと」
「……」
「此処まで、此処まで私の我儘に付き合ってもらって」
初めて目にした本当の姿。
照れ臭そうに頬を赤らめ、屈託のない満面の笑みを浮かべた上にとめどなくつぶさな大粒の澄み切った雫が頬を伝い、溢れ返らんばかりに零していた。
「本当にっ、お世話に……なりました」
寄り添うコルマットの被る雪解けにも一役、買っていた。精霊もそっと己が身の若葉でそっと拭う。
彼等がたった一人の彼女の側を離れる事はなく、ふたりともほぼ同時に先代に熱い円な眼差しを注ぐ。
一呼吸終える間を置き、微笑んで小さく頷いた。
「ベリル、一つだけ俺の頼みを聞いてくれるか?」
「なんでも言ってください」
肩に添える手を絹一枚の間を挟んで留め、精霊たちは先代の身に最後の別れをしみじみ浸っていた。
「此奴等と共に生きてくれ」
「喜んで」
「ありがとう。じゃあ、そろそろ」
「はい」
鞄を抱きしめ、帰路へと前を向いて歩んでいく。
精霊、コルマット、ベリル、目的達成の為、離脱。
沈みゆく陽を、彼女らの背をただ茫然と眺めて、「時は早いですね」惰性で淡々とした言葉を交わす。
「なんだ? 寂しいのか?」
「かも、しれません」
「っ! フッ、そうだな。俺も……ん?」
周囲に淡い緑光を帯びた鱗粉を羽撃く翼に載せ、単身、颯と舞い戻った精霊の姿が俺の元に鮮明に。
「どうした?」
「フーフー、ラー」
「フラスコじゃない、小瓶だ小瓶」
「こぉーびーーん!」
「だとさ」
「はい」
懐から取り出した空の小瓶。最後の悪戯をするには纏う空気が異なる精霊が自らの涙を流し入れた。
「何です、これ」
「精霊の涙には其々が有する特殊な性質があってな。経口投与なんかで喧嘩別れした者たちの関係を取り持ったり、人の心を立て直す薬になるんだよ」
立役者にでもなろうとしているのか。
にしても、不気味な行動に走るものだ。
まるでこれから先を見据えたような。
然も、他人事の様子で虚ろな眼差しで手を拱く、異様なオーラを漂わせる先代に精霊は目も合わさず、事を終えれば、直様、過ぎ去っていた。
「行ってしまいましたね。……せ」
「だな」
「精霊はどんな者を嫌うんですか?」
「何だよ唐突に」
「ただの素朴な疑問、なんですが。気になりまして」
「そうだな、執拗な悪戯だったり密猟の殺傷で金儲けようとする輩や普通に好まれないタイプ。そして、穢れた心に強く拒否反応を示す。らしいぞ」
「そうですか」
「俺たちも行こう」
「えぇ」
無事に何事もなく辿り着ければ――良いんだが。
日常にありふれた時間は瞬きで過ぎ去っていき、揺られた馬車の末尾に黒い影が差し込み始めた頃、「此処で一休みしよう」
「えぇ」
雑音が谺する障害物にすらぶつからず飛び交い、闇に閉ざされた荒野に火種を起こそうとする先代。
いつもと何も変わらない。
「俺は結界を張ってきます」
どうやら杞憂だったらしい。
「それにしてもやっと足手纏いが消えたな」
「は?」
何気ない一言では済まされぬ嘆息。
完全に隠れた太陽が赤裸々に露わにした心情。
リベル。光が無くては幾ら個人の自制心が強くとも、強制発動は免れない。術を解くまでは言動も。
「すみませんが……もう一度、宜しいでしょうか」
淀みなき純粋なる満面の笑みを浮かべて、再び。
「『邪魔だった』って、言ったんだよ」
「それは本心ですか」
「どういう意味だ?」
「だから」
「あぁ、そうか。そういうことね」
「ぇ、えぇ」
「あの大国を滅ぼした人格と復興に取り組んだのは異なる存在、レグルスと京介は同一人物じゃない」
「は? な、何を、それは一体、どういう意味でしょうか?」
「そのままの意味さ、人格が二つある。たった一夜で大国を落とした者の尻拭い、僅か一年で再び大国として器を成せるように復興させたのはこの俺だ」
黄金卿の加護では到底、包み隠せない冷酷無比。
恩恵の暖かさなど――この《《怪物》》の前では無意味。
「一度もお前を仲間だと思ったことはない」
アイテムボックスから掌に現したとともに忽ち、
「それは何方の感情ですか」俺も緩慢に刃を払い、「無論、双方共に」周囲を神々しく照らしつける程の黄金の稲妻がステッキ全体に迸り、片手剣と化す。
俺にはこの重責を果たすには未熟過ぎた。だが、それでも国の想いを蔑ろにする訳にはいかない。
「出来る限り、努力はしますが、死なないでくださいね」
「あぁ、お互いな」