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最終話 地獄絵図

 星々も寝静まる闇夜。


 夥しい数の魔物が跳梁跋扈する結界外から悠然と闊歩し、それらを願わくも惹きつけていき、着く。


 外壁へと。


「かなり弱まってるな」


「動くな! 誰だ貴様はッ⁉︎」

暗がりから命知らずに現れた門兵が怒号を飛ばし、ゆっくりと視線を向けていけば、背後には、魔物。


 知らず知らずのうちに身に多大なる加護を与えていた城から離れたのが運の尽き。「ァァ!」人ならざる化け物共が骨の髄まで喰らい尽くしていたが、


「……」


 決して先代にその刃が向かないのは、向けられないのは、畏怖の現れか、あるいは――。だが、その真偽を正すのにそう時間は掛からなかった。刹那。


 無数のゆらゆらと当てもなく宙に浮かぶ人魂らが一斉に、意志を持ったが如く打ち砕かれた城へと。


 国民らの唯一の安眠を我先に奪わんと向かった。


 そして、正々堂々、正面玄関からの侵入を前に、新たなる敵兵が障壁となることなく、ただ大恐慌。


 夜道を行く者のけたたましく金切り声を上げるのを皮切りに、国全体が嵐さながら悲鳴に包まれた。


 刃を携えし限られた勇士もまた吼える間も無く、燃ゆる焔を放つ火葬隊さえ、数百、数十万を超える魔物の前では一欠片の肉片も残らずに吸い取られ、雑音に等しい筈の享楽蝶の絶えぬ羽音に遮られた。


 革命の火が周囲に虎視眈々と機械を窺っていた同じ血を受け継ぐ東の民と隣国の伏兵まで燃え移り、先代は皆の視界に捉えられる前に颯と飛び上がる。


 それはまごうことなき始まりの塔の最上階へと。


 緩慢に再び、瓦解寸前の地に足を踏み締めれば、ふと無意識のうちに赤き天を仰げば、最後のリッサーが必死に羽撃くも、選り好みの魔物が翼を啄む。


 僅か一羽の鳥でさえ生きる術を捥がれ、堕ちる。


 まるで独りでは何も出来ないと言わんばかりに。


 そのまま風通しの良い階段を降りていく道中――隙間から垣間見えるは、死神の狂喜乱舞であった。


 同様に狂気に満ち溢れていた先代が向かうのは、足繁く通っていた、あの閑散とした大浴場の湯船。


 懐かしの温かさに浸っていれば誰かの声がした。そんな気がしたのか、徐に傍らに目を向けた。が、眼下の水面に浮かぶ身体中傷まみれでまっさらな顔の己のみ、いつも側に居た筈の襲来者の姿もない。


 衣服を纏ったまま上がり、穢れた身も清めずに、希少な一つ鏡には刹那、過去の先代の面影が映り、ゆっくりと瞬けば、また孤独の現在に舞い戻った。


「っ‼︎」

あの時、身に刻まれた呪いで亡くしたのはきっと。それでも、それでも尚、止まらず乗り越えてゆく。


 漠然とした雑念に蝕まれながらも正解の道へと。


「俺は……ちゃんと。かえらないと、帰らなきゃ」


 新たなる自分。


 割れた胸の想いを抱いて湯の中に漬かるのとは、まるで沈み具合の異なるせ、否。まるで別人……。


 あの人魂。あれは、ただの彷徨う存在じゃない。


 ソウル&デッド。


 ならば、もう既に先代も、誰かに。だが、これは絶対的な意志を持ってしても決して自我を保てぬ禁忌の呪文。それをも凌駕するというのか。これは。


 心なしか心地よい気分に誘われた一面の自分を、まだかろうじて留まっていた善意が白眼視を向け、見限っていくように現世から姿を切ろうとするも、

眠りから目覚め、完全に心が戻り、ぶつかり合う。


 だが、街道に出るまでには戦いと呼べぬ程に一方的な虐殺にも近く、言うまでもなく勝敗は喫した。


 東大国の壊滅。


 強調とも思える何度と目にしたこの文字を正に目の当たりにしたのは、恐らくこれが初めてだろう。


 鎖に囚われた民の一直線に死にゆく眼差しに――逃げ惑う悲鳴を聞き付け、嬉々として刃を振るう、本来の王都奪還の名の下に召集された彼らもまた、大義の見失われた殺戮への欲求と興じんとする旨。


 幻想を孕んだ期待で一方的な好意の強姦に、聞く耳を持たぬ相手に懸命な命乞いも無駄に終わり、枯れ果てた声帯を震わせ、振り下ろされる刃が迫る。


 そして、肥えた雌豚共が不相応にも絢爛豪華と貴族着飾ったまま、凄惨にも死の届かぬ激痛を与え、己が立場も弁えずに同じ視線で交渉を差し出して、また一つ、爪が、肉が、指が、派手に宙に跳ねる。


 そんな光景をものともせずに踵を廻らせ、運ぶ。


 待ち侘びた足が軽々しく弾んで、玉座の間へと。


「何処へ行く?」


「き、貴様の仕業かぁぁッッ……異邦人‼︎」


「乱世を収めれば、歴史に名を連ねるぞ? 王よ」


「引っ捕えよ!」


「無論、今のお前では汚点がいいとこ。だが、な」


 仁王立ちしたまま刃を振るうまでもなく、周囲を取り囲む兵士は不憫にして幸いにも肉の塊と化し、僅か一本指の近衛兵を残して一目散に逃げ出した。


 彼も、茫然自失の渦中にあるというのが正しい、見方なのだろうが。それも腑を床に落としながら。


 先代は無意識のうちに忽然と虚無から刃を現し、「くっ、来るなぁぁぁ!」玉座から無様に崩れ落ちていく様を泰然と見下ろし、「跪け」そう呟いた。


「ふ、ふけっいぃ……だぞ、国枝ァ、京介ェェッ‼︎」


「先代の遺体を何処へやった」


「ァァァ!」


 一縷の光が視界に入らぬ程死に振り回され、「やはり信奉者とやらの仕業か?」問い質すも無反応。


 最後の悪足掻きで這いずりながら足にしがみつくも、最早、原型も留められぬ轟きを最期に、牙城の無数の断片が身に降り注ぎ、雨降る曇天に王は問う。


「神は何故、我々をお救いにならないのだぁぁ!」


 その一連の動作に迷いなく、両腕を切り裂いた。それでも尚、国王陛下は失われた両手を重ねて高々と突き出しながら戦慄いた瞬間――首が宙を舞う。


「あ、ァァァァ‼︎ なんて、なんてことぉ! お前」


 遅れて、刃は声の発する最大到達点に辿り着き、

ぼっーと天を仰ぐも、決して神から罰は下らない。


 周囲の秩序無き反乱軍と逆襲者の群れも同様に。


 そして、ただただ、「フッ、あはは。あっはっはっはっ。――ハッハッハッハッハ!」虚しさの漂う、空を破らんばかりに笑みを溢れ出して、天を轟かす。


 そして、視界の片隅に映る。


「おかァァァさーん!」


 人形を握りしめた少女が咽び泣き、彷徨う姿を。


 その声が鼓膜に、鼓動に、意志に響かせ、次第に雑然と入り混じる音が、乱雑に打ち続ける鳴動を、「ハァ、ハァァ。ッッハァァァッ!!」異なる想いを。


 そして、燃ゆる焔を背に歩み寄っていく思い描いた王に面影を重ねる一人の男を、先代は目にした。


 静寂。


 漸く暗闇に閉ざされ、遂に辿り着く。終着点へ。

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