第四十五話 異邦人と現地人
「もう、何も飲み込めないぞ……」
両手を胸に信仰さながらの構えの少女を即座に、そして、確実に丹田目掛けて足蹴し、唾液を吐く。
「かはっ!」
散々、溜め込んできたものを口から多分に撒き散らすのは友人や周囲に駆けつける生徒らも同様で、傍らの大地に臥した骸が呑まれていく様を目にし、
「ち、違うんだ! わ、私たちは誤解をしてぇっ」
「お、俺達は享楽蝶なんて全く知らなかったんだ‼︎」必死の弁明も虚しく、絶対的な力の前では抗う術を持たぬ非力な民は先代の先駆けを皮切りに、次々と膨らみ続ける不満が爆発し、矛と向けられていた。
それからの行く先は言うまでもなく、これ程までに澄んだそよ風の吹く青空の下に靡く花々から散る花びらが舞い降りるのは死体の山。
数え切れぬ人の業が広がっていた。
そして、死にゆく己が身に消え入りそうな喘ぎ声で咽び泣くのを横目に淡い緑光を差した掌をそっと項垂れる友の頬に添えるも【治癒対象者は死亡しています。これ以上の魔力消費は無駄です】冷徹に告げられた。せめて最後にと虚ろな瞳を徐に閉ざした。
「京介……」
「急いだ方がいい、もう時期、奴らが来るぞ」
「早くこの場を、せめて、この遺体の山だけでも何とかしないと!」
「ちょっと黙ってろよ、仲間が死んでんだぞ」
「もう死んだんだ、戻らない。今すべきことは、彼奴の死を無駄にしない為にも俺たちが生きなきゃ」
「お前ら、正気か?」
「こんな時に揉めてる場合かよ!」
「薪を焚べよう、悪いが頼めるか」
「うん」
場所も構わず、秤に乗せた己が命と死の鎮魂心が、取っ組み合いの大喧嘩を繰り広げさせる始末に。
そんな真っ最中にも、ふたりはアイテムボックスから【木の棒×23を召喚】し、取り出した無数の薪を井桁型に何度と交差させて並べ続け、共に火を灯す。
パチパチと乾いた音と淡く燦々とした火種を弾け散り、消え入りそうな火の粉が天高く昇ってゆく。
最後まで、血の一滴も付かぬまま突き立てられた騎士の剣を先代が握りしめ、己の胸の鞘に収めた。
監視の命もまともに務められぬ大魔導士ら一同が迎えに上がった頃には――疾うに後戻りなど出来ず、全てが跡形もなく過ぎ去っていた。
「こ、これは一体どういうことだ!」
「どうもこうもない」
「村の人間が一人もいない、だと⁉︎」
「あぁ、初めからそうだった」
「……」
爪痕の鎧は鋭い懐疑の眼光をより鋭利に研ぎ澄ます。
「げ、原因は何だ!」
「そ、それは」代表たる前に出た者が命懸けの報告に言葉を詰まらせるのも束の間、友が立ち替わり、「地下に未形成のダンジョンと蛹の殻を確認した」
「何?」
「恐らく元々、輸入による発注品の中に紛れていたものが羽化して、今に至ったんだろう。整備と人命に予算を削った結果だな」
「そ、そんな」
再三の舌剣に貫かれる寸前、同じく爪痕が前へ。
「ほう、なら地下にはクリスタルがあるのだな?」
博学を推し並べて。
「……ぁぁ」泰然たる振る舞いを僅かに怯ませる。
「では、確認に向かわせよう」
「それならもう既に」
「此処の住人の数と照らし合わせる。それだけのことだ。貴様らにとって不都合も無かろうに。それとも問題を包み隠しているのか?」
その場に戦慄が走る。
「だが、姿の確認できない物も幾つか散見したが」
「純粋な魔力のみに集約され、他は溶解されたのだろうな。無論、それも遺族にも伝えねばならん。念の為だ、貴様らにも同行願おう。無罪を表明する為にな」
「……ぁ、あぁ」
危機的状況に際し、互いが互いに脳に結集する叡智を最大級に回転させている時、突然、踏み出す。
「オリケーさん」
オリケーへ
「は、はい」
「過去へ戻れる魔法はありますか」
先代が問う。その二者択一の真偽を問い質す。鬼気迫る形相を浮かべたであろう気圧されながら鼓膜に響かせんと息を呑み、言葉を選ぶ。選ばせる。
これからの行く先を指し示して。
「っ、ッ⁉︎」
「残念ながら、今の技術では……」
小刻みに震わせた声は進んだ道は愚直に地獄へと。
「魔法なんて所詮、逃げた文明だ」
最後の淵に立つオリケーを一蹴し、突き落とした。
もう二度と過去は見ない。
互いの道は交差する。
どちらかがどちらかを。
途端、幾人が現場復帰の生徒に手を差し伸べて、刃を鞘から払っていく。だが、【出席番号、24番の生徒は傀儡と確認。本体は、死亡を確認しました。その映像の一部始終をご覧下さい。MP : 2000消費】
爪痕鎧の深淵に向けた視線は急に様変わりする。
異邦人排斥主義者の象徴たる紋章を胸に掲げる、異様な魔力と黒きローブからその様を垣間見せて、兜の隙間から生首だけとなった生徒が机上に乗り、窓からむざむざと逃げゆくのを目の当たりにした。
遅れて慌ただしく登場する大魔導士様の御姿も。
「黙れ、もう消えろ」
信頼性の失われた案内人は無に等しく、帰した。
亀裂の走った何かが鋭い音をより一層、尖らせた次の瞬間、何も言われずに掌から欠片からガラスの剣に生成されて、忽ち懐に迫った兵に刃を振るう。
その空っぽな筒の中に秘色の血を鱈腹、注いで。
直様、精鋭たる鎧飾りの近衛兵と身を潜めていた信奉者が先代の眼前に立ちはだかるも、絶えず最初の犠牲者を木っ端微塵の肉塊に遂げて、退かせる。
生き残りが身に刻まれた呪印を炯々に発動させるも、生徒皆で密かに開発してきたと言わんばかりに瓜二つな分身を生み出して、心を入れ替えさせた。
「何⁉︎」
布漉しでも容易に表情がありありと伝わってくる姿の背に浮かぶ僅かな隙の糸を、霧散させる身に頭上から機械的な拳に紫を帯びた光の魔法陣を巡らせながら振り下ろし、見上げる中、無様に叩き潰した。
窪ませた大地にこびりつく、血と肉と骨の断片。
皆の遺品が粗悪に混ざり合った剣が召喚された。
唯一姿の見当たらない騎士の剣。そして、周囲を、空を破らんばかりに大振りを身を削る斬撃に乗せ、唐突に左目の視力が著しくぼやけると同時、右目が神々しく燦爛たる輝きを放って僅かに先を見据え、迫り来る無数の死を孕んだ数手を難なく躱した。
「うっ!」
それは爪痕の鎧をも永遠なる睡魔に誘って。
大魔導士は間一髪、胸に突きつけられた礫ごと、周囲の空間を巻き込んで眩い光を発して、姿を消す。
正に瞬く間。
気付けば、再びの無惨の光景が広がりつつある現状で、「お前は間違っていなかった」周囲に向けられた疑問の目を代わりに受けた友がすかさず流すも、「お前のせいだろ」口走る。悪魔の一言。
「おいっ! お前!」
「うん、僕のせいだ」
覆しようのない事実が狂わせる。
限りない生徒ら其々が別の道へと切り裂いてしまう。
「もう、無理そうだな」
「あぁ、かもな」
「俺は別を行く」
「ちょっと!」
「ひとりでな」
「悪いけど、こっちもそうさせてもらうよ」
「待てよ!」
「っ、もう知らない!」
「ぁ、うん。ごめんな」
一人ずつ、ひとりを好んで姿を消していく。そして、「きょ」側にいた友を視界にすら入れず、先代は歩みを進めていった。単身で東の中枢、王都へと。