表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
123/134

第四十四話 友の死

 澄み切った彩鮮やかな美しき花道の続く先、「きっと此処の人たちも」そう楽観的な思いを馳せて。


「行くぞ」


「お前に指示される筋合いは無い」


「おい、こんな時まで喧嘩すんじゃねぇよ、全く。はぁ、いつもなら此処にお前が居る筈なんだがな」


「あ?」


 珍しく大人しげな御友人であった。


「大体、何でこんな雑用を俺らが」


「まぁまぁ、そんなこと言うなって!」


 ぞろぞろとナナバイロシオの楽園に消えてゆく。


「どうした?」


 たった一人、召喚時の友人を除いて。


「いや、何でも無いよ」


「そういえば、一人足りないね」


「光太郎は体調が優れないらしく、今日は休みだ」


「そっか。早く、良くなってほしいね」


「あぁ」


「それで、どう? 相変わらず?」


「フッ」


「……ッ?」


「この前、彼奴の意外な一面を見てな」


「へぇ」


「己の身を挺して子どもを助けてな」


「意外」


「そうだろう? なんだかんだ不満を漏らしつつも、やはり根は良い奴なんだ。彼奴は――亮太は」


「桜木君にも一つくらいはあるんだね、そういうところ。ちゃんと僕らが褒めてあげないとなぁ」


「ハハッ、俺も同じことを言ったんだが、酷く怒ってしまった」


「言っちゃ駄目だよ、シャイなんだから」


「そうだな」


「うん。じゃ、行こっか」


「あぁ」


 一連の会話もを終えても尚、決して拭えない頬の強張りを、今の先代は見逃さなかった。


「何かあった?」


「いや、ただな」


「……?」


「最近彼奴はやけに大人しくて」


「不安、なの?」


「そう。なるな」


「静かなのに?」


「……」


「ただの無口なら問題無いんだが、あれはまるで」


「おーいっ! 早く来いよぉ!」


 皆との深淵にも等しい距離の溝に争う事なく沈んでいった先代は自らが微笑むばかりに這い上がり、共に不規則な足並みを揃えて歩みを進めていった。


 一言一句、全てが異様に鮮明な記憶の果てへと。


 案の定、愛すべき村人たちであった。が、彼ら、生徒に向ける眼差しは同類のそれとまるで異なり、己が引いた境界線での思わず目を凝らす出迎えに、本来、思い描いた懇願の面持ちとは程遠くあった。


 しかし、「ようこそ、お越し下さいました」


 一歩、一歩。と、躙り寄るかの如く微々たるものではあったが、着実に距離を縮めようとしていた。


「伝染病感染者の連続失踪は此処にのみ限られていますか? それとそれらの情報の開示も願います」


「えぇ、先日までは隣村のみが多くの被害を被り、現在では我々の村が甚大な影響を齎されています」


「動いている。と」


「そうなりますな。約一週間ほど前から毎日毎日。老若男女問わず犠牲者を出していまして。我々や近隣の者では最早手に負えず、お頼みした次第です故」


「その方々に何か特徴は?」


 村長との一対一にのみ仕切られた会話を側から、ただ眺めるばかりであった生徒らは小言を漏らす。


「随分と仕切りたがりだな」

「まぁ、いいじゃんよ」


「はぁ、もういっそのこと」

「何だよ?」


「いいや、何でも」

「変な奴」


「まだ、続きそうだね……」

「だな」


 こちらもまた、各々の話題を繰り広げていた。


「どうせだし、みんなでちょっと様子見てくる?」

「偵察か? 不用意にこの場を離れるのはあまり適切な選択とは言えないが」


「あくまでも調査の前段階だよ。もしかしたらゴースト系の魔物の群生地かもしれないし、さっきからずっと僕たちを見てる、村の人たちと協力して、地の利を得た方が被害は最小限に抑えられそうだし」

「確かに一理あるな」


「動くのか?」

「私は此処で見てるわ」


「俺も」

「同じく」


「そっか」

「だろうな」


「天晴れな不動の精神共は放っておけ」皮肉は健在のようで、「あぁ、俺も行くぞ」隣人も其に続く。


「じゃ、二手に別れて、行動しよう。俺たちは地下、お前らは地上を頼む」


「あぁ」

「オッケー」


「此奴以外ならな」

「は?」


「お前と一緒にいると脳が腐る」

「おまっ、この野っ郎」胸ぐらを掴んで拳を振り翳さんとするも変わらず餓鬼っ面を構え、睨み続け、

「それ以上は不要だ。じゃあ、京介と一緒に地下を頼む。俺は――」ふと視界の片隅にチラつく少女。


 勇者としての自分が再び、目覚めたのか。愛想を振り撒いたであろう頬の揺らぎに引き攣る笑みで返し、先代はそっと手招いていた。その動作に僅かながらの疑問の一抹の不安を抱えた物憂げな表情へ。


 それでも軽い足取りで直様、生徒の元へと駆け、「どうされたんですか?」掌を友人らに差し伸べ、「道案内をお願いしたいんだけど、頼めるかな?」


【齢7の少女。危険性、無し。安全――です】周知の事実に殊更、臆病に拍車を掛けた案内に嘯くことにすら危機を覚えつつも、あっさりと少女は頷いた。


「はい、わかりました」葉先のように乾いた言の音で。


 そして、先代は頗る感情に振り回される友人とともに光の途絶えた暗き地下へと足を運んでいった。


「松明が必要だったみたいだな」


【アイテムボックスから木の棒を召喚、MP : 5を消費し、火を灯します】と周囲は燦々と照らされる。


「至って、平凡な洞窟のようだが」


「魔力探知にも今のところ、引っ掛からないね」


 基礎に触れた様を必要以上に異常な眼差しを向け、掠め合う肩先が途端に壁沿いに引き下がった。


「な、何?」


「あれ以来、お前と俺たちではかなり差があるようだな」


「か、かもね」


 羨望とまでは捉えられぬものの、言いようも表せない壁に立ち塞がり、遅れを取った心情も相当なものであった。雑然と入り混じる面持ちが露わにし、妙に入り組んだ終わりが来るまでの道すがら、特にこれと言って目立った会話もなく、目の当たりに。


 自然が噛み砕き、産み落とした光り輝く光景を。


「ぁぁ〜」


「ぉぉ」


 思わず、心の声を漏らすほどに。空気の粒を飲んで発光するクリスタルの結晶に覆い尽くされていた。


 間。


「青いな」


「うん、蒼い」


 語彙力の喪失。


 暗がりに包まれた回廊を吹き飛ばす神々しさが、双方に漂っていた陰鬱とした影を颯と払っていた。


「ぁぁ」

感動に浸る余り、沈黙のまま背を向ける友を前になりふり構わず、ただ呆然とその場を彷徨っていれば、結晶にその身を覗き込ませた出会い頭の感触に慣れきった様子で再び、先行きの見えぬ姿をしていた。


「なぁ」


「なに?」

鏡越しに投げられた問いに対し、条件反射の返し。


「前々からずっと考えていたんだ。どうすれば、俺たちの願いが叶うかを。それがようやく…………」


「うん」


「導き出せた」


 影さえも食べてしまう光に当てられ、眩い灯火と成す生き様を指し示せば、その身によって奇しくも隠されてい蛹の殻を目にする。それと同時に友も、己が瞳を疑い擦らせて、時同じく口走る。真偽を。


「ねぇ」

「なぁ」


「「其処に」」


「蛹の殻」

「人間が」


 問う為に。


「「え? っ、は?」」


 其々は互いが差した指とは逆に一瞥する。


 結晶に苦しみ踠いて閉ざされた無数の村人たち。それは奇しくも皆が人ならざる享楽蝶に蝕まれて。


「何だよ、これ」


「ど、どういう」


【享楽蝶の感染により膨大な魔力の巣窟となった骸を、未完成のダンジョンに引き摺り込まれた模様】


 二人は視線を交差する。今度は同士に交わして。


 刹那。


 脱兎の如く、跳び出した。


 未だ包まれた謎に翻弄される地上へと向かって。


「ハァ、ハァ」

「っ、……!」

死に物狂いで息を切らして途方もなく続く道のりを越え辿り着けば、異様な惨状を目の当たりにする。


「は?」


 第一声は、先代のもう飲み込みようのない一言。


 村人が握りしめた農具を何度となく振り下ろしたであろう鮮血に塗れた刃に等しき鈍器に、乾きを満たさんと広がりゆく血溜まりを吸い続ける光景――そして、無抵抗に正座を貫き、死を遂げた友の姿。


 その奥には蝕まれた少女の胸が穿たれ、儚さを含む、泡沫夢幻に飛び去っていく無数の蝶の羽撃き。


 次の瞬間、二人の存在に気が付いた男が、真っ先に踏み越えた先代の刃によって切り裂かれた胸部。


 宙に舞う鮮血は面差しを真っ赤に染め上げる。


 その刃の行く先は一縷の糸をふっつりと切った。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ