第四十一話 酒場と墓場
「うわぁぁぁ~」
情け無い上、女々しく甲高い悲鳴を喚き散らかし、単なる鶏と蛇の混ざりし小柄なバジリスク如きに、腰を抜かしてその時を目を閉ざして待ち侘びる様に「ハァ」先代は刃を払って軽々と頭上から振るう。
一刀両断。
綺麗な断面図が横から広がるとともに強かに芽吹いていた死に絶えてく臓器から無数の黒ずんだ血飛沫を噴き出し、耳元で砕かんと歯切りが鈍く響く。
「大丈夫?」
「ば、化け物!」
「……」言葉を打ち返す事なく掌を差し伸べるも、暗愚な様は変わらぬようでそそくさと走り去った。
「あっ。なんだ、走れるんじゃん」
渋々、飛び出したと言わんばかりに蝶を愛撫さながらに刃を念入りに拭いていき、徐に鞘に収めた。
そのまま、バジリスクをアイテムボックスへと。
けたたましく軋みを上げて浮き沈みする木の板に平然と目を掛けることなく淡々と足を運んでいく。
周囲にチラつく酩酊気味に酒樽を振り回したり、下世話な話題に泥花を嬉々として咲かす道を抜け、顔馴染みに目を合わせたであろう微笑みの受付嬢。
「お帰りなさい」
「どうも」
「ご依頼の品は」
「持って来ましたよ、此処に」
そう虚無の掌から台にバジリスクを吐き出して、繋がる居酒屋で盛る新入りの者らを騒然とさせた。
そして、「おい、おい」案の定、餌が喰いつく。
己の浅い傷痕を見せびらかすよう腕を肩に回し、酒臭さを漂わせるように吐き気の催す嘆息を漏らす。
「兄ちゃんよぉ、こんな大物どうしたんだぁぁ?」
「あまり関わりにならない方が……」物憂げな表情で無意識に半端に手を突き出すも、「嬢ちゃんは黙ってな」冷ややかな一喝にスッと諦めに下ろした。
「で、本題に戻るんだけどよぉ、此奴を何処で手に入れた?」
「普通に森の奥ですよ、貴方も欲しければ行かれたらどうです」
「フッ、俺はそういうことを言ってんじゃねぇの。此れを誰から分捕ったかって聞いてんだよ」
「誰からもそんなことはしてませんよ」
「ハッ、おいおい、面白れぇ冗談だなぁ。なぁ?」
「は、はぁ」頬を引き攣りながら後ずさっていく。
「ちょっと前、俺の友達がな、これとおんなじ依頼受けてたんだ。生きてりゃ、もうそろ帰ってくるんだが」
「ハァ、ハァ」偶然にも、肩で息を切らして現れる。
「おっ、帰ってきたな」
「す、すみません」
「なぁ、お前。この坊やからこの獲物を奪われたのか」
其々が対極に位置する緩やかに瞬いていく猛禽が捉えた獲物が周りに目を泳がせつつ視線を交わし、噎せ返るような重苦しき沈黙が訪れた。
「……」
「……」
「……」
「……ぁぁ」
恐らく頭を抱えて掃除用具を取りに行った瞬間、流れゆく時が緩慢に、屑が非力な面に醜悪を塗りたくる指を差し、傍らの錆びた王冠被りの擬きが鞘から刃を抜いていくとともに先代の手で周囲一帯が、
一閃。
煌々とした儚き光が瞬く間に爆ぜ、遅れて轟く。
「や、やり過ぎです」
賑やかな酒場が墓場に成り果てようとしていた。
最早、収拾の付かない現状にモップ一つをバケツに沈ませ、受付へ爪先を廻らせる先代に呼応する。
だが、立ち塞がったのは弱々しい新人であった。
「あ、あの。何かご注文は」
「此処はもう酒場じゃないでしょ」
「誰のせいですか、誰の」
「ど、どのようなご依頼をお探しであられますか」
「うーん、そうだな」
一部の表記の木が焼け焦げた看板に目を配れば、因果に囚われた眼が一直線に捉えた、異様な綴り。
「魔王……討伐?」
「あっ、これは」愚痴を吐き零していた受付嬢が、一心不乱に己が痩躯に包み隠したが、先代の好奇心は留まる気配を知らず、「それは何?」背で呻く馬鹿共で逃げ場を奪い、怒涛の勢いで突き詰めていく。
「い、いや。低賃金で危険なただの荷物運び要因の調達でとても貴方のような高貴な存在が担うにはあまりにも不相応な仕事ですので、お気になさらず」
「へぇ、で、場所は?」
「ぁ、ぁぁ。ご説明致します」
それは類い稀な好奇心故か、あるいは優しさか。
その真相は、まだ先代の心情に閉ざされていた。