第十一話 新たなる仲間と新たなる仲間⁉︎
「ったく、危うく大惨事を招くところだったぞ!」
「大変、申し訳ありませんでした……。王直々からと云う定かではない呼び掛けに、長考もせずに応えてしまい、このような事態を招いてしまいました」
「面目ありません」
長きに渡り守り抜いてきた国の名誉を踏み躙るような愚行である大通りの大袈裟な勇者パレードを、不満に思う者も少なくはなく、足元に落ちていた礫を徐に拾い上げて、考え無しに振りかぶる若人も。
その瞬間、ウォリアが柄を握りしめて刃を払い、瞬く間にその者の眼前へと迫って剣を振るわんと、其に一切の躊躇もなく頭上に大きく振り翳したが、俺を含む多くの手練れが直様、その矛先を阻んだ。
「やり過ぎだ、馬鹿が」
愚鈍にして独善的な青年は、その場に無様に尻餅を付いたまま、ただ茫然と俺たちを見上げていた。
その全貌をただ手を拱く、10代目を除いて……。
そんな妙に長く感じた肝を冷やす余興も終えて、俺たちは鎖国でしか味わえない料理も食わずに、その日の内に次の国へと歩みを進めようとしていた。
燦々たる散歩日和の真昼時に正門で仁王立ちし、かろうじて一袋に収まりし金貨の山を徐に触れる。
母なる大地の抱擁にも負けず劣らずの一抹の不安さえも掻き消してくれるずっしりとした安心感を、心の底からひしひしと感じながら、シオンに問う。
「忘れ物は無いか?」
「えぇ、俺には置いていく物などありませんから。それにしても……随分と路銀稼ぎに精が出ますね」
「金はあって越したことはないからな、まぁいずれ役立つ時が来るさ」
「だと、いいんですが」
そんな旅立ちの間際、正門の奥から次第に鮮明になってゆく一つの小さな黒味を帯びた、乱れる影。
「ん?」
「また指弾でしょうか」
「かもな」
子供の何気ない罵詈雑言でさえも心に深く傷つくというのに、意識して発せられた言葉ともなると、相当な精神的ダメージを負いそうでならないんだが。
全力疾走で何かを大事そうに握りしめながら脈々と荒々しく息を切らし、俺たちの眼前まで迫ると、ガタガタと産まれたの羊のように震わす膝に手を置き、ゆっくりと呼吸を整えながら、声を弾ませる。
「ぁ、あ、あの……ハァハァ……」
可愛らしく川のせせらぎのように心地の良い声色で続け様に翻訳者必至な言葉たちを零していくが、まぁ当然ながら、一向に聞き取れる気配がしない。
「少し落ち着いてくれないか、話はそれからだよ」
「ぁっ、はい」
一呼吸終えて、無事に少女の顔が露わとなる。それは、あの時の奇妙な眼差しをした少女であった。
「君は確か……」
「何処かでお会いしました?」
艶やかな前髪とともに不思議そうに小首を傾げて、仄かに淡く透き通った黄金色の瞳を眩く輝かせ、同性から嫌われてしまう程の端正な顔立ちに汗を滲ませて、珍しく気が利くシオンがそっと差し出した新品の手拭いを白皙なるか細い指先で掴み取り、何度も小突けば砕けそうな痩躯で深々と首を垂れる。
「それで、俺たちに何か御用でも?」
「あの! 私も旅に同行させてくれませんか‼︎」
合格祈願で神社に参拝する受験生かの如く、全てを出し切った少女はただ只管に目一杯目を瞑って、俺たちのわかりきった応えを恐る恐る待ち受ける。
そのわかりきったの意志の大半を占める10代目に徐に一瞥すれば、首を振った。勿論、駄目な方に。
「目を開けてくれ」
俺の抑揚の死んだ声色に勘付いてしまったのか、少女は目を開けていくとともに表情を沈ませていく。
「はい……」
「私たちの旅路は急を要する上、想像を絶する程、危険なものなんだ。だから、君のような戦闘経験の無い少女を仲間に迎えている余裕は一切無いんだ」
「そ、そうなんですか。で、でも、あの!」
周囲に悲痛な湿り気を与えるようなあからさまなしょんぽりとした雰囲気を漂わせたのも束の間、地に俯くかと思いきや、腰に携えていた何かを取り出して俺の前へと勢いよく差し出す。
「これは?」
「これ、ずっと私が色んなものを我慢して貯めてきた全財産なんです! このお金が無くなるまでの間だけでも、どうか一緒に居させてくださいっ‼︎」
まるで臭い芝居だな。
先程までの動揺や此処までの走りでの乱れをまるで感じさせない、噛まぬよう練習してきた台詞の数々……随分と流暢に話せるようになったものだ。
それにしても、舐められたものだ。
「勇者がそんな矮小な存在に見えるのか?」
「えっ?」
「……」
「俺たちが勇者と知っての愚行だろう? それは。好きじゃないんだ――勇者という象徴を貶すのは」
「ご、ごめんなさい。そんなつもりじゃ」
今度は小刻みに声と小さき体を酷く震わせ、さながら肉食獣に怯える被食者のような弱々しい姿に。
無意識のうちに睨んでしまっていたらしい。
「ごめんごめん、冗談だよ」
「は、はい。気にしてませんから」
徐に視線だけを所々にボロさが際立ち、純白なる色合いを失って汚れた布の貯金袋の中身に向ける。
深淵に覆い隠されているせいで全体は朦朧としていたが、銅貨の山に金銀が疎らに散らばっていた。
鉄塊に等しい貯金袋で手をプルプルと震わせても、頑なに魔法瓶を握りしめる手で支えようとはせず、石貨に銅貨、黄銅貨、銀貨と金貨。錚々たるメンツが勢揃いし、硬貨の値順と量が綺麗に比例していた。
俺は、不安な先行きに頻りにあらぬ方へと目を泳がす少女に、鋭い舌剣を突き立てる覚悟を決めて、魂まで零れ落ちてしまうため息を漏らすかの如く、嘆息混じりに思いやりの欠片もない言葉を馳せる。
「君は、本当に俺たちの旅に付いてくる覚悟があるのか?」
筈だったのだが、気付けば不思議と口走っていた。
「は、はい!」
覚悟。
こんな華奢で可憐な少女の整った顔立ちに、そんな二文字がデカデカと張り付いているような気がした。そんな気がしてならない。全く強かな少女だ。
少女の想いに完敗だ。
「リア隊長、我々はもうこの国を発ちます。どうかまた会うその日まで、五体満足でお過ごしください」
「あぁ、また何処かで」
「宜しいんですか? 此処で処理しなくて」
「10代目、余り相手の力量を見誤るな、悪い癖だ。万が一、今俺とお前が共に奴等と戦ったとしても、良くて相打ちが関の山だろう。未だに奴らの明確な目的は定まらないが……恐らく、次の地では二度とあんな愚行には走らないだろう。――そう急くな」
「では何故、あのような行為に走ったのですか?」
「まぁ大体の検討がつくんだが」
「貴方と出逢えて、余程興奮していたようですね」
「フッ、かもしれないな」
「あぁ、言い忘れていたことがありました」
感動の別れを迎えるかと思いきや、流れるように大きく踏み出した一歩の踵を返して、駆け寄った。
この夏が終わってしまうかのような寂しさを返せ。
そう言ってやりたくなるのも束の間、不敵な笑みを浮かべた奴の異様な面差しに、思わず息を呑んだ。
「すみませんね、言い忘れていました。我々があの謁見の間から地下に落ちた時、其処には一国を滅ぼすのに造作もない量の魔力が充満しておりました」
「そうか」
「彼とはあまり仲もよろしくなさそうでしたので、念の為にご報告しておきます」
「助力、感謝する」
無駄に張り詰めた神経を解こうと嘆息を漏らし、緩やかに振り返っていくウォリアの背を見つめる。
「あぁ、度々、申し訳ありません」
「今度はなんだ? またシオンが何かしたのか?」
「そんなんじゃありませんよ、ただね。ただ、貴方の御言葉を背負って生きる者としては、この事案を私が対処するには、些か的外れかと思いましてね」
一瞥する。
一言。
まるで、虎視眈々とこの時を待っていたかと言わんばかりにさりげなく、悠然と台詞を吐き捨てて、限りなく淡白に告げる。
「先日のアイスウルフの魔物の巣の破壊作業の最中、アスター村付近で新たな魔物の巣を発見しました」
「は?」
「では、また後ほど」
そう言い残して、ウォリアは後腐れなく泰然とした面持ちで団員を率いて、その場を去っていった。
高値で取引されるであろう代物の全てを迷う事なく売り払い、その手にした数十の金貨とともに新たな王との取引で得た金貨の山を惜しみなく手放し、限りなく信頼と信用を併せ持つ、逆襲者の名に恥じぬあの騎士団とは、まるで異なる所へ依頼を委託。
を、したかったのだが、鎖国の馬鹿野郎のせいで、皆と共に次の国へと馬車で駆けて行く事となった。
「シオン、お前は今幾ら持ち合わせている?」
「残念ながら自分の分しか」
こんな時に限って、無駄に察しがいいのが余計に腹立たしいし、決して財布の紐を緩めんと云う強い意志を感じつつも、俺はベリルの金に縋るような人間にまで堕ちたくはないと貯金袋から視線を逸らす。
「ご丁寧な報告どうも」
「あの、どうしました? 顔色が悪いですよ」
「あぁ、気にしなくていい。この旅とは別件だ」
少女の気遣いを軽くあしらい、手綱を握りしめる手を決して緩める事なく、ただ前だけを凝視する。
明日には着くだろう。
「でも……」
「君は何故、この旅に同行したんだ?」
幾度となく脳裏をよぎっていく最悪のケースから気を紛らわすためか、あるいは――単なる八つ当たりなのかは定かではないが、不安げな少女に問う。
「暫くの間、暇なんだ。もし良ければ聞かせてくれないか」
俺は藁にも縋る想いで付いてきた少女に選択の余地が無いのを良い事に、躊躇なく捲し立てていく。
「嫌なら良いんだ」
「いえ」
「……」
荒々しい白馬の嗎に大地を絶えず踏み抜き、駆けていく蹄の音ばかりが響き、重苦しき沈黙が続く。
そんな静寂が俺の胸の内で延々と錯綜とする感情に終止符を打ち、ふと我に帰れば、シャイな当代勇者と子供相手にみっともない真似をしてしまった。
「無理に詮索してすまなかった。――そういえば、君が大事そうに握っている魔法瓶、一級品だろ?」
「はい」
「少し貸してくれないか」
「え?」
「別に盗ったりしないよ」
その言葉に一切の信用を持たぬものの、嫌々ようやっと人肌にまで温まった薬草の魔法瓶を手放し、俺は片手間に【シュペルタルポーチを召喚】した。
おまけにエリアルの加護までもが施された一級品。そんな懐かしの凛としたポーチの中に忍ばせ、幾多の庇護術が張り巡らされたのを確認した上で、不安げに手をモジモジしていた少女に徐に返した。
「はい、どうも」
「これは何ですか?」
「持ち歩くのに不便だろうから、これからはそれに入れて歩くといいよ」
「ぁ、ありがとうございます!」
「これは俺の罪滅ぼしも混ざってるから……気にしないでいいよ」
「何か言いました?」
「いいや、何でも」
嬉々として首からぶら下げても尚、抱きしめる。余程、大切にしているのだろう。それほどまでに誰かの病を治したいのか、あるいは――――。いや、これ以上邪推するのはよそう。俺の悪い癖だ……。
「あのお礼と言いますか、さっきお尋ねした私の目的を話させてください」
「いや、無理しなくていいよ」
今更どの口が言っているのか定かではないが、逆効果だった優しさの対価としての使命感で過去を語ろうとする健気な姿勢を見せる少女を必死に説得する。
「別に昔の話をするのは嫌いじゃないんです。ただ、いきなりのことで私も驚いてしまって、さっきは本当にごめんなさい」
出来た子だ。
それに比べて守銭奴で天邪鬼な偽物に、利己的な意志で女子供の尊厳を見境無しに踏み躙ろうとする俺、大丈夫か勇者は、こんなのが勇者でいいのか。
「私がこの旅に同行する目的は、弟のためなんです。昔からあまり体が強くなくて目の離せない子で……きっと今もパクスの王都で謎の奇病に苦しんでる。そう思うとあんな場所で悠長にしてられなかったんです。だから、お二人の身勝手ながらお二人の旅に、お供させてもらいました」
「そう……か。奇病っていうのはどんな姿だい?」
「全身が魔物の皮膚みたいに分厚くなっていて、肉が焦げたような匂いと見た目をしてますね」
魔力回路の暴走か。
あれはかなり臓器に著しい負担を掛ける上に、相当の激痛。子どもとなると限界が来るのも早いだろう。
「なら、ちゃんと届けないとな」
「はい」
「……?」
でしゃばりな幽霊よりも寡黙であった9代目が、誰よりも早く前方に居た孤独の魔物の存在を察知し、長躯が故に黄金色を帯びた白髪が幌を触れて、疾くに柄に手を添え、俺は馬の緩やかに歩みを止める。
「スノーウルフ? ですか?」
「みたいだね」
「魔物に襲われてる……」
現地のトカゲ類の灰色に染まった尻尾の生やす幾多の魔物に囲まれた、子どもらしきスノーウルフ。
「弱肉強食の名の通り、これが現実だ」
「あ、あの助けてあげないんですか?」
「どうして? 彼らも生きるために必死なんだよ? 運良く恵んできたせっかくのチャンスを、俺たちのような無関係な人間が偽善で踏み入っていい訳がない」
「でも……」
「それに一匹じゃこれから先、絶対に死ぬしね」
ん?
何だか、眼に煌びやかな光が注がれているような。そう思って、先に視線を向ければ、円な瞳を直視できない程に眩く輝かせ、目で強く訴えていた。
「ぅっ、普通に眩しい……。ハァ、わかったよ。仕方がない、今回だけだ」
「あ、ありがとうございます!」
俺は渋々馬車から颯と降りて、生い茂る草花を踏みしめながら淡々と歩み寄っていく。凛々しいたった一匹の小さなスノーウルフは果敢にも生意気にも喉を低く鳴らして威嚇するが……決して歩みの止まらぬ魔物の一群。効果はいまひとつのようだ。
「絢爛豪華な贅沢棒」
【アトランダムを召喚します】
久々に手によく馴染んだステッキを握りしめ、軽やかに大道芸の如く回しながら宙に振るい投げる。
「今回は何の武器が御出になるのか、待ちきれないな」
徐々に皆の視線が俺の方へと集まっていき、優雅に宙に舞っていたステッキは今本来あるべきの器と成して、轟音とともに大地の深き闇へと刻まれる。
「今日は斧か、付いてるな。どうやら勝利の女神は、今日も俺側の味方をしてくれているようだな」
……。
穴があったら入りたくなってしまうほどに気まずい雰囲気を漂わせながらも、魔物相手につい癖で口走ってしまったまま、分厚く鋭き大斧を握りしめ、疾くに頭上へと振り翳して、大地に振り下ろす。
「ギフテッド!」
その瞬間、黄金色を帯びた稲光が迸り、雷鳴が轟くかの如く衝撃と地響きが、周囲を覆い尽くした。
「や、やり過ぎた」
折角、食糧にありつけたというのに憐れな魔物一群を慈愛も無く、塵一つ残さず灰にしてしまった。
そして、「ん?」不思議と運良く生き残っていたスノーウルフであったが、意外と骨と皮ばかりで過食部位の少なそうなせいでやる気が削がれてしまう。
まぁそんな戯言も10代目の地面のしめやかな着地とともに遥か彼方に消えてゆき、俺は殺意高めな【アトランダムを収納】【サミアナイフを召喚】し、既に刃を露わにした10代目と示し合わせる。
「丁度、携帯食料に困ってたんだ。助かったよ」
「えぇ、ですね」
肉ばかりの偏った食事に些か不安を覚えつつも、子供らしく垂れたしっぽとともに後ずさっていく。
「……一撃で仕留めろよ」
「言われなくとも」
そんな俺たちの歩みを止めたのは、又もや息を切らして、両手を広々と横に伸ばした少女であった。
「あの、いくら何でもやり過ぎじゃないですか⁉︎」
「弱者は淘汰される。それが自然の摂理だ」
「俺たちも食料に余裕があれば見逃したけどさ、今回はまぁ、そのウルフの運が悪かったってことで」
「だ、だって、まだ子どもだし、それにこんなに可愛いのに……。近くに親がいるかも知れませんし」
「それも武器の一種、親がいるなら食料が増えて、一石二鳥。子どももいずれ凶暴な大人となるんだ。それにその生え揃った牙剥き出しのどこが可愛いの」
「だったら!」
少女は振り返って、スノーウルフを抱き上げんとするが、突然の行動に打ち上げられた魚の如く全ての足を振り回して踠く。そして、次第に救おうとする少女の体が、鋭利な爪で深く切り裂かれていく。
「ハァ……わかった、わかった!」
ベリルは行きに一日を要した。