第四十話 魔王と勇者
半円形で展開された蒼き庇護殻に閉ざされた城。
それは今の先代のあらゆる魔法をも意に介さぬ――幾重にも重なりし堅牢な保護魔法が施されていた。
「参ったな」
ポタ。
「ぁっ」
ふと空から天啓さながらに大きな雨粒が降り注ぐ。周囲の雑音さえ遮り、身を嬲るが如く横殴りにして。
ん?
「雨は、透けてる? のか」
どうやら魔力の注がれぬ無機質な物には反応を示さぬようで……酸素、窒素、水素。と生命には欠かせない三原則は、当然の様に受け入れられている。
手首を捻って、あの長き剣を宙へと放り投げる。
それは円を描いて、頭上に静かに舞い降りる。鋭利な刃が空を切りゆく場所に徐に腕を差し出した。
刃には無垢な眼差しと両腕と無数の雫だけが映り込み、血飛沫とともに切り裂かれた身が風に躍る。
俄かに断絶された無き必需品が喪失感を訴えて、少し遅れて鋭い痛みが絶え間なく襲ったであろう。
が、
【両腕が切断されました――出血多量の恐れあり】
「じゃあ何とかしてよ」
無責任で行き当たりばったりな八つ当たりに即、【高密度の治癒魔法を発動 MP : 全て消費します】
自然を凌駕した緑の蕾が神々しさの花を頻りに芽吹かせんとし、立ち所に神経から骨と肉が舞い戻る。
そして、両腕の断面をグッと防御壁に押し当てて、忽然と生み出されて超上級魔法をも通さぬ無敵の楯を、糸も容易く貫通し、両手を合わせ、印を結ぶ。
まるで生のしがらみの堕ちた『亡霊』のようだ。
だが、未だ地味に己が弱点を突かれているのか、腰に携えていた愛らしい麦粒のポーチの中に蓄えられた回復薬を足で器用に口に運び、胃に流し込む。
それから内部に蜃気楼に閉ざす無数の霧を生み出し、薄らとした幻雲に満たされた霧を雫の刃に、自らに降り掛かった威力を遥かに上回った幾千万もの死の雨へと姿を変えて魔王城をも貫かんと降り注ぐ。
無駄に泥濘む底無し沼の狭間を難なく抜け出し、無数の瓦礫で埋め尽くされた跡を先代は闊歩する。
そして、眼下に辛うじて映し出された一冊の本。
周囲には雨とは色の異なる透き通った水溜りが緩やかに踏み抜いていく足底を水面が捉え、表紙にまで誰かの想いが綴られた唯一の書物を気に求めずにむざむざと踏み躙って、淡々と歩みを進めてゆく。
遂に魔王ただ一人が無様に玉座から堕ちる様を、階段さながらに凭れ掛かる姿を目の当たりにした。
妙に身体に凹凸が生まれていて。
先々代の剣を首筋に添え、鋭く刃を突きつける。
「勇者を何処へ――やった……ッッ‼︎」
死神のように喉を唸らせ、行方を真相を問いただす。
だが、言葉など決してかえってなどきはしない。
握りしめた刃はカタカタと金属音を震わすも、閉ざされた口かかは吐息さえ溢れる気配も失われ、周囲を灰色に染める雑音が眠る刹那、首が宙に舞う。
死の渇きに飢えた刃が導かれるのは……きっと。
先代は片手間で生み出された、新たなる己の身は魔王と共に忽然と虚無に呑まれ、本人は返り咲く。
地の底からやや淡い紫を帯びたオーラを放って。