第三十九話 新たなる旅立ち
先々代の死守に死力を尽くす門番が怒号を飛ばす。
「お前のせいだ!」
傍らで共に仁王立ちする、例の隣人を添えて。
「お前さえいなければ、あの人もろくな結末を辿らなかったんだぞっ、聞いてるのか‼︎ この人ご――」
「その辺でやめておけ」
感情任せに境を越えんと全ての心に収められていた舌剣を一遍に振り翳していた最中、刃は止まる。
「お前が一番! ッッ……ぁァァ。ハァァァ。ッン」
それはかすり傷一つでは程度では動じぬ姿故か、あるいは、痛いげな仔猫を憐れむ心を育んだのか。
その赤裸々に閉ざされた心情は定かではないが、泣く泣く矛を仕舞い込みながらその場を後にした。
疑心暗鬼を浮かばす面持ちまでは拭えてはおらず、鋭く凝視された鬼気迫る形相に目を逸らすように、互いに淡く強かな火種を残したまま、言葉を交わす。
「気にするなよ、彼奴もわかってるはずだ」
「うん」
「実はな、彼奴は前々から魔王の殲滅を切望するがあまり、大国の王様に叛意ありと見做されててな」
他愛もない雰囲気を醸し出しながらも唐突に渾身の一撃を亀裂の走った胸に深々と突き立てられた。
「そう、だったんだ」
「それで、これからどうするつもりだ?」
「……」ふと又しても大空へ羽撃く鳥を見つめる。
「何だ? どうした」
「あの人にもおんなじこと言われた」
「ハッ、そりゃそうだ」
「え?」
「俺は彼奴の弟だからな」
「え?」
は?
「内緒だぞ」
「う、うん」
「それで、決めたのか?」
「うん。此処は迷いなく」
「そうか、行くんだな」
「それがきっと僕の歩むべき場所だから」
「そうか、なら、これでお別れだな」
「そう、だね。ねぇ」
「なんだ? よそよそしく」
「また、会えるかな?」
「さぁな」
「そっか」
「それはお前次第、だろ?」
「っ! うん」そう先代は微笑んだ――気がした。
初夏の生暖かなそよ風が真昼時の木々を戦がせ、急な迎え日暮れが小鳥の囀りをパタンと止ませた。
それもなき先々代と闇の中でベットを共にして。
「具合はどうだ?」
耳元でそっと息を零すように擽ったく囁かれる。
「何とか生きてます」
「あの大荷物を抱えた上に五体満足で帰還したんだ。全てに於いて、十二分に金等級相当に値する」
「貴方からしても、それは尊敬に値しますか」
「そんなに私からの評価が欲しいのか」
「もしかしたら、そうかもしれません」
「残念ながらまだ届きそうにないな」
「そうですか」
「悔しいか?」
「ちょっぴりだけ悲しいです」
「フッ。……一部の者の間ではマナ生成器官の損傷に応じて、体外から一時的に摂取する方法がある」
「そんなものがあるんですね、是非貰いたいです」
「あぁ、ちょっとした行為をするらしい」
「『らしい』って、ことはユリさんもやったことないんですね」
「ヒースで構わない」
「ヒース、さん」
「丁度、試しておきたいと思ったんだ」
そう布の擦れる音が五月蝿く鼓膜に響き渡ると同時に頬に当たる息吹きと鼓動が早鐘が鳴らしていた。
次第に何かが頭上と衣服の下から近づいてゆき、
息を呑んだ瞬間、【新たな魔術設定が完成しました】奇しくも案内人の仕事振りで再び、口を開く。
「実は前から試したい事があって、分身って――」
雑多な目覚めを起こし、先々代と一夜を共にした。
緩慢に瞼が視界を開ける時、ため息が告ぐ一言。
「さぁ、行こうか」
噎せ返るような静寂と紫紺の霧に包まれた切り立った崖から泰然と精霊と見下ろす、異様な姿の古城。
それは万人でさえも想像に難くない魔王城へと。
徐々に色濃く染まっていく毒を孕ませ、絶えず放たれる、肌を突き刺すが如く至る所が剥がれ落ちても敵を悉く返り討ちにし続けた歴戦の猛者として、意志を抱いた古城が迫り来る来訪者を歓迎する。
「フッーー……」機械的な息を平然と漏らし続け、平然と【フルフェイス使用中】先代、微動だにせず。