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第三十七話 作業

 弾まぬクッションに沈み込み、辛うじて肉体を保っていたが、「ん?」先代は指先に走る感触に違和感を覚えたのか、そっと眼下に目を移せば、無数の骸骨が築き上げた山の髑髏が笑顔で迎えていた。


「っ」


 この程度ではもう鳴かぬと言わんばかりに声を押し込め、そっと立ち上がれば――死に絶えてから、そう時も経っていない者らに目がいった。


 有象無象の亡者を貪る、食物連鎖の土台が集い、真っ赤な鮮血に染まった長髪を啄んでいたが、足音を忍ばせていながらも歩み寄れば、気配に勘付いたのか、慌ただしくも強欲に口一杯に肉を詰め込み、身の毛のよだつ不気味さを掻き立てて消え去った。


「……」


 愛すべき者に覆い被さる一人の《《兵士》》が瓦礫で鎧ごと身を歪ませて遥かな眠りにつく一方で、女の伸ばした腕の先へと視線を追っていけば――。


 必死にかき集めた宝石を溢れんばかりに押し込め、大地に鎮座させる鞄を握りしめる姿であった。


 命を投じた重き輝きを【MP : 常時、10を消費し、重力無効を発動】させ、一挙動でその身に背負う。


 死しても尚、無駄にしぶとく指先に絡める一筋の紐を腰に携えていた虚無に等しい剣に手を添えて刃を払わんとするが、視界全ての移ろいがその歩みを止め、むざむざと跪いてまで意志を解いていった。


 ただ指先に感じるのは、死と欲。その二つだけ。


 それから【ダンジョン専用の幻の特殊アイテムが隠された宝箱の存在する場所、危険度 ???】好奇心が勢揃いした所へと物見遊山で覗き入れたり、【ガラクタの宝庫 危険度 E-】に軽はずみな足並みを誘う脇道に導かれれば、突然、空箱の宣告とともに魔物に変貌を遂げる理不尽に見舞われながらも、虚ろな玉座に隠された真の道が開かれたりと――。


「はぁ、ハァ。ハァァ」目まぐるしく立て続けの初体験を済ませ、いざ確約された安全な回廊を進めば、逃げ道を三度、閉ざされ、無機物の薄気味の悪い像で隠れたつもりの魔物が忽然と出現し、ようやっと出番の回ってきた刃を緩慢に抜いていく定められた二者択一を慣れぬ戦闘で大振りに走る阿呆諸共、容赦なくぶった斬り、寡黙を依然として貫いたまま、巨躯なる膝を土埃を起こしてあっさりと突かせた。


 大道芸の演出か【HP減少の恐れがありますと】まぁ、何とも大袈裟な表記を前面に押し出して視界を遮り、記憶に片隅にしか在りはしない仲間に「大丈夫か⁉︎ 此処は逃げられないな!」そう心配された。


 強敵にしては拍子抜けな相手如きに。


 だが、最後の悪足掻きで【消滅寸前の生命体が、呪い・鈍を発動されました】が、宙に断片が舞う。


 最期の瞬間に生き物らしく死の実感を味わって。


 だが、阿吽の呼吸で繰り出された刃を首を捻って避けんとするも、地に流れゆく液体に足を滑らせ、モロに渾身の一撃を受けそうになり、吹き飛んだ。


 それはあまりにも美しく、何とも硬質であった。


「っ!」


 偶然にも単なる宝の鞄が己が身を守る盾となり、其処ら中に散らばってしまった。


 キラキラと虹色を帯びた光が終わりなく反射し、死と血に塗れた空間を色鮮やかさで満たしていた。


 其処に映り込む、双方の姿。


 まるで傀儡人形が一時の甘美を堪能するような、けれど、淡々と過ぎてゆく時の流れを止めることは誰も出来はしない。敵同士――視線を、刃を交わす。


 瞬けば、次に広がっているのは灰に染まる空間。


「ハァ」そのため息は心の息吹きを含んでいない。


 徐に天を仰ぎ、束の間の幸福を享受し、また戻る。


「『何とか』、なるさ」


 無闇に、惰性で、草臥て、一つずつゆっくりと幾つもの皮膚を切り裂かれた指先を伸ばしていったが、たった一つの【アイテムボックスに収納可能です】心無い提案が彼の心をあっさりと壊してしまった。


「そっか、じゃあ……頼むよ」


 そして、二又の道、一つは明らかな行き止まり。いつもならアイテムが無いかと一抹の不安と淡い期待を馳せながら歩みを進め、見事に透明な壁に思いっきり顔をぶつけていただろうに。そっと掌を当てがい、挑戦する意思も見せぬまま、もう一つへと。


 セーブポイントやらが頻りに視界の端でちらつき、恐れを一切孕まずに触れ、全身が色濃い緑光に包まれ、【HP MP 全回復。呪いが解除されました】が、同時にいつの間にか付与されていた固有能力も時と共にか消滅してしまい、「アップデート出来るか?」…………。そんな希望も叶いはしなかった。


【此処から先は危険地帯です。全ての敵の危険難易度S+ 報酬入手難易度 S+ 以上に限定されています】


 やり手の詐欺師の常套手段に先代は足を煩わせ、「アイテム」【アイテムボックス一覧を召喚します】ちらほら空きの目立つ、寂しい頁が続き、捲らせる指は緩やかなものへと変貌を遂げていき、やがては最後に行き着くまでも無く、そっと閉ざした。


「じゃあ行くよ」


【数km先、聖水の水脈が続いています】正に案内。


 清涼とした淡く澄んだ水色を帯びたせせらぎが響き渡る河岸で、先代は一人ぽつんと座り込む。精霊は楽しげに水浴びに興じ、ただそれを眺めていた。


【空腹を感知――完全栄養食 : 残り3を召喚します】掌には頼まずとも乾いた茶に染まる塊が渡され、口元に運ぶまでに食欲が無に帰したのかゆっくりと噛み砕いていき、パサパサとした咀嚼音が鳴り響く。


 結局、この稚児を除けば、ひとりぼっちのまま。


 最底辺の菓子擬きを虚無を漂わせたままに貪り、流れゆく水面をそっと見つめていれば、不意に零す。


「味、無いな」

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