第三十一話 血と肉と熱
「あ、あの子達も戦うの?」口実造りの芸達者は、早速逃げ道の確保に勤しむも、「あぁ、当然だ!」と、浅はかな願望も粉々に一蹴されてしまった。
「当たり前……なんだ。そう、だよね」
「弱さを誇示したって、何一つ守れないからな!」
「凄いな、信念を持っていて」
「お前だってこれから先、生きていればわかるさ」
道すがらの濃密な会話も幕切れを迎え「だから」いよいよ理性の欠けた不逞の輩が群がる初陣へと。
「死ぬな!」
一度、振り翳せば兜をも両断させる大斧を抱えた彼の言葉は、土にも勝てぬクワ以下の武器を与えられた先代には何の心の足しにも出来ず、嫌々頷いて、「は、はは。うぅん。やれるだけ、やってみるよ」
雑多な思念が道徳やらを超えんと同時に刻まれた記憶も飛び、隙だらけの屑と視線を交わしていた。
「あっ、っ!」
「へへっ! おい坊や、そんな棒切れで俺に勝てるとでも? これでもなぁ、こっちは何十人も殺してんだぜ」
無力な者を一方的に蹂躙する事でしか快楽を得られぬ陳腐を相手にせ、異界人は遅れを取っていた。
「どうしたぁ、怖えのかぁ? なぁ、こっち来いよ。遊んでやるから、さぁ‼︎」瞬く間に眼前に迫り、立ち尽くすのが関の山な首筋に刃が降り掛かる。
それでも尚天性の勘に救われ、紙一重で身を躱す。
「おい! 避けてんじゃっ」大振りを前に、遂に先代は刃を突き立てながら丹田目掛けて踏み込んだ。
「ねぇっ⁉︎」共に鈍い音を大地に響かせ、這っての余興にもならない泥沼を演じ、クッションは二人分の体重を一身に背負い、滑稽にも悶え苦しんでいた。
「どっ、どげぇっ!」
「ゔぁぁっ!」
「あぁ! よせぇ!」
命乞いに必死で受け身の体制もままならぬ身に頭上へ高々と振り翳した刃を勢いよく振り下ろした。
「っ!」
「あぁぁぁ! あ、あれ?」
だが、無傷。
奇しくも身に仕込んでいた鎧が折れかけの刃を弾き返し、緩慢に宙に舞う刃には虚ろに沈みかけた瞳が心なしか光を取り戻す先代の姿であり、直様視界から切れれば、対極が不敵な笑みを浮かべていた。
「なっ!」筈だった。
【危険察知*亡霊之刃を自動召喚】するまでは。
続く第二撃目が周到にも振り上げた両手に現れ、僅かな迷いが間に入る暇もなく、再び手に掛ける。
「やっ、やっめっろ!」
自らの腕を盾の如く眼前で貫かせて防ぐも、依然として勢いは殺されず、喉笛に触れんと寄ってくる。
「だ、のむ」濁音混じりに首を落ち着きもなく左右に振らせ、逃げ場の無さを改めて思い知らされた阿呆は、更なる下手でむざむざと首を垂れるかのように片手間にもう一方で腰に添えた刃に腕を忍ばせ、
眼下が功を奏してすかさず膝で迎え撃ち、続く。
双方の生と死の彷徨いが。
熱を帯びた震わせる眼差しを突きつけられても、先代の刃に込めた力は留まる気配を知らずにいた。
「っ! なんでっ魔力が練れないんだぁ! よせ、よせよせよせよせ!」
血管は浮き彫りとなり、顔面蒼白に染まりゆく。
次第に絶えず滴り落ちていく鮮血が衣服に滲み、淡々としていても決して避けられぬ死が運ばれる。
「お、ぉれにもづ!」
「づづ!」
突き立てた刃は口数の減らぬ声の居所を黙らせ、ようやっと己の溢れ出る血飛沫に溺れながらゆく。
ゆっくりと、ゆっくりと。
欲に塗れた亡者共が巣食う、地獄へと。
そして、早々に初戦果に勝鬨の咆哮も上げずに、空っぽな胃から血溜まりに匹敵する汚水を零した。
「っ、お前、ゲルガーを」
「――⁉︎」咄嗟に振り返った先、立場も弁えずに悲劇の主人公気取りの新たなる廃棄物が礼儀正しく処理に馳せ参じんと燦爛たる火球が頭上を飛び交って、黒き影から怒りを孕んだ面持ちを露わにしていた。
「よくも!」
突き刺した刃は死した野獣の分際で未練たらしく骨が喰い続け、当の先代も完全に腰が抜けていた。
「ハッ。ぁ」
絶対的な闇が立ち所に全面に押し出されゆく中、突如として一条の煌々なる光が間に割って入った。
「っ!」
その光景はまるで子を守る、母のようであった。
「なん、でっ」
その問いは交わされぬまま、勇者は地に臥した。
それから盗賊共の行く末は語るまでもなかった。
「うァァッッッ‼︎」先代の唸り声が轟いた瞬間から。
辺り一面の大地を血の匂いを漂わす肉で埋め尽くすのは、先を見ずともありありと浮かぶのだから。