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第二十七話 オルゴールと精霊

 一人の兵士が徐に鞘からしめやかな金属音の摩擦音を立てて鈍く輝く鋼色の刃を払い、それに続く。


 殺意の矛先。


「おぃ、何やってんだよ!」怒りを孕みながらも囁き、「ちょ、ちょっとは俺もカッコ付けたくて」そう、言い訳にもならぬ戯言を取り乱しつつ並べた。


「まさか――――貴様らが首謀者か?」


「いや、いやっ! ち、違っ‼︎」


「そうよっ‼︎」またしても大人しげという皮を被った少女の怒号によって、生と死の狭間に立たされる。


 そして、何の躊躇いもなく指し示された先へと目で追っていけば、枷から解き放たれた生徒たちの影に隠れ、ただ呆然と立ち尽くしていた先代が居た。


「……」


 ぞろぞろと凍てつく眼差しが一点に集っていく。まだ濡れ衣を着せられたことが呑み込めずにいる人畜無害の少年の元へ。次第に足音と死の影さえも。


「ま、待てよ! 何でそうなるんだよ!」


「だって、武器を作っていたじゃない! きっと銃で私たちごと皆殺しにするつもりよ!」


「誤解だ!」


「じゃあ、証拠を見せてよっ」


「だ、第一、銃なんて持ってたらこの場に居るかよ? 居たとしても、もう撃ってるだろ」


「いいえ、確実に一人ずつ殺そうとしている。だから、まだ実行には移せないんだわ。そう、絶対に」


「なっ、てめぇ!」


 踏み出そうとする少年の行く先を腕で阻む友人。


「よせ、もうこっちの言葉の通じる相手じゃない。恐怖で我を忘れている。時間の無駄だ」


 そっと凛とした視線をこちらへ移ろわせ、頻りに視界の片隅によぎる出口の道筋を目配せを向ける。


「……」


「――け」


 何方の派閥も然も、被害者面のままに後ずさっていくと同時に兵士共が前へ前へと躙り寄っていく。


「行け!」


 誰もが耐え難い絶食の日々に明け暮れ、零れ落ちる程に馳走の並べられた円卓を囲うよう我先にと周囲の者たちの目を窺いながら距離を縮めていき、己が獲物を失うのを恐れた捕食者さながら飛び付く。


 その瞬間に生じる僅かな隙の糸目掛けて、またしても眼下に無詠唱で巡らせた紫紺の陣に足を乗せ、先代は色濃く紫電一閃を纏い、すり抜けていった。


「こ、これをっ!」


 直様脱走生徒の方へ一瞥すれば、名残惜しそうに放り投げた小さな魔道具が奇しくも眼前を掠め、空っぽな両手で蝶よりも花よりも丁重に受け取った。


「待てっ!」そのまま掌を差し伸べる鎧の怒号を飛ばす姿を視界に収めていながらも、出口に飛び出す。


 仁王立ちする無数の兵士らを狂乱演舞に惑わせ、難なく凹凸の激しき街道まで駆け抜けていけば、見覚えのある民衆の目を惹き、不思議がられていた。


 無論、その中には、「どうしたんだい!」と、あの並んだ露店から顔を覗き込む夫婦であろう姿が。


 それでも決して振り返る事なく、先代の歩みは続く。響き渡った疑問が途絶える森に辿り着くまで。


 鬱蒼と生い茂った緑の溢れた奥地で、「ハァ、ハァ、……ハァァァぁ、うっ、っぐっ!」荒々しく乱れた息を切らし、つぶさな雫をとめどなく溢れ落とす。


 三角座りで延々と俯き、水面を何度となく叩く。


【ゴーストナイフを召喚します】数多の感情が脳裏を目まぐるしく駆け巡っていくうちに一瞬の気の迷い刺したのか、無意識に己が身を死へと追い込み、次第に幻影が現実を帯びていくナイフを緩慢に握りしめた手首をくるりと返らせ、刃先を突き立てる。


 だが、あと一歩届かない。どれだけ力を振り絞ろうとも、早鐘を打つ心臓の鼓動が響く腕には、刃先でさえ、喉笛には到底辿り着けないものであった。


「うっ、うっ、ぁぁっ!」


 それから数枚ばかりの落ち葉が折り重なった頃、谺する音は恐怖に震わせていた肉体に伝播し、危うく噎せ返りそうな喉も落ち着きを取り戻していた。


「……」


 まだ見張りのみも字も到達せず、その場から立ち上がる勇気を持たず、誰かが手を差し伸べてくれる淡い期待をせず、淡々と時が過ぎゆく中、カタッ、と音を立てて、手から落ちたオルゴールの蓋が開かれる。


 その瞬間、またしても光景が別の場へ移りゆく。


 それも過去のあの世界に誘われて。


 居間に眩い光に灯された先代が紙の頁に黙々と文を綴り、背ではさんざめく有象無象に「こら、早く宿題やりなさい、どうせ、起きて後悔するんだから」そう台所の水の音を絶えず響かす母君に告げられ、「もーわかってるよ、これ見終わったら、やるから!」少女の不満げな愚痴と「今やりなさい‼︎ お父さん帰ってきたら、すぐご飯なんだから……」片手間に放つ、両者の言葉が頭上を飛び交っていた。


「ただいまぁー」やや陰りに呑まれつつも暗がりに一条の光を刺すような深い声が家中に響き渡り、「おかえりーっ!」と、意気揚々に返した少女とは裏腹に、「ハァ……お帰りなさい」鋭く突き立てる眼差しが髪先を撫でているのか、筆が止まりつつも、「よしっ!」無事に薄っぺらな書物を閉ざし、「おかえりー!」嬉々として出迎えに歩み寄った。


 その傍ら、惰性で壁の端からふわりと純白に斑らな模様の混じる尻尾を靡かせる雑種の猫君を視界から切り、草臥れながらも決して微笑みを絶やさぬ眼鏡を掛けた父君が、暖かな陽気のように言葉を返す。


「ただいま」


 そして、硝子が砕け散っていくかの如く導かれた日常も泡沫夢幻に消え去り、地獄へ舞い戻らせた。


「っ!」

オルゴールの奏でる音色はただの機械音が重なり合うばかりの寂しげな物に変貌し、先代は息を呑む。


 そんな鼓膜に流れゆく生唾を響かせている最中、たった一体の精霊が淡い緑色の光を丸い点さながらに発しながら現れ、優雅に水面を裂く姿が小さな羽を羽撃かせ、鼻先に降り立てば、そっと涙を拭う。


「き、君も一人なの?」


「フフッ!」雰囲気の対極に位置する満面の笑み。


「……」


 空気が読めないのは相変わらずのようであった。


 そんなまさかの邂逅を果たし、仲睦まじい馴れ初めを目の当たりにした矢先、水面に映し出される。


 人影。


 直様、身を低く屈みながら刃とともに振り返る。


 其処に居たのは、白髯を蓄えた御老人であった。


 辛うじて首筋で鋒を添え、先代の文句無しの一打が振り切られる事はなく、さりげなく下ろされた。


 第一印象と呼ぶには多くの疑問がぶつかったが、それでも頭に浮かび上がるのは、不可思議の一言。


 それはまるであの錫杖を手にした僧侶のように。


「お前さん、他に行く宛でもあるのか」無駄に話が早く、杖を突くにも早過ぎたであろう鋭い眼差し。


「っ、……」


 静寂。


「いえ」


「なら、儂について来い。案内してやる」


「え? 何処へ?」


 疑問は晴らされぬまま、御老人は背を向けて途方もなく緩やかな歩みが進められていってしまった。


「あ、あのっ!」

差し伸べられた先代の掌にも微かな反応さえ示さず、渋々その場から逃げるように後について行く事に。


 第一歩を踏み出す前にふと背に振り返った。それは王都に抱く一抹の不安か、将又稚児の行方なのかは定かではないが、此方へ向かうそよ風が森を踊らせるように戦ぎ、哀愁の漂わせる精霊と目が合った。


「君も、来るかい?」


 差し伸べられた掌は流れるように精霊の元へと。


 間。


「うん!」ほんの一瞬、恥ずかしながらも無垢な少女の浮かべる満面の笑みと重なる面影に襲われながらも、何とか汚れきった眼は無事に正常に戻った。


 そして、精霊はぷかぷかと肩先に浮かびながら、共に未知なる先へと恐れずに歩みを進めていった。

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