第二十六話 またしても脱獄、再びの脱走
「誰だ?」
「何がだよ?」
口に含めば、即狭間に彷徨える水が静寂の漂う仄暗さに覆われた牢獄にしめやかに滴り落ちていく。
「密告者が居るだろう。大方、俺たちの製造に不満を持った人間の仕業だろうが」
「いや、案外あの鎧の察しが良かったんじゃないか?」
「いいや、それはありえない」
「あのなぁ、お前っていつも自分がぜ――」
「その通りだと思うよ」食い気味に言い放った。
「だよなぁ!」
「そっちじゃなくて、密告者の方が、だよ」
「あぁ? お前もかよ。第一、俺たちを密告して何の意味があんだよ」現実から逃れるように話題を、外へ外へと捲し立てる。
「それはきっと、自分の願いを叶える為……かな」
「なんだそれ、抽象的だな」
「それはどうでもいい、問題は犯人が誰か――だ」
「僕たちの話を」
「盗み聞きしていた陰気な女か」
「う、うん」
「マジかよ」
「やっぱり甘かったのかな」
「銃なんて言うからだよ」
「あぁ、そうだ!」
「僕のせい……?」
「だが、何故だ?」
「そうだ、何で俺たちを?」
「漠然とした恐怖だよ。それが彼女をそうさせた」
「……」
「っ、ぅゔんん!」
「ハァ」
「お前、知ってたのか?」
「この前、変な人が一緒に脱出だとか、何とかよくわからないことをずっと言っていた所に居たから」
「そうか」
「なら、何で言わなかったんだよ!」
「まだ確証が得られなくて、不用意に誤解を与えたくもないから」
「あぁ、悪かったな京介。感情が行き過ぎたよ」
「今、外の状況を覗ける物を作った奴はいるか?」
「残念ながら、俺は」
「うーん、それはまだ早くて」
「あー、一応あるけど……」
「そうか、だったら早く出せ」
「いやでも、まだ試作品で」
「黙ってやれ。でなければ、此処で野垂れ死ぬぞ」
「わかったわかった」
【生徒により――――第三の目が召喚されました】
「うまくいくかはわからないよ」
「あ、あのさ」
「何だ? こんな時に」
「このさみんなが作ったアイテムは僕が持っていていいのかな?」
「あぁ、むしろお前に持っていて欲しいんだ」
「ど、どうして」
「お前からは凄く勇気を与えられたからな」
「そ、そうなんだ」
「お前がそう言うなら俺はその意思に従うぜ」
「じゃ、じゃ僕も今のうちはそうさせてもらうよ」
「どうでもいい。いいから、早くやれ」
「はいはい」
【運の良さ+5。ただの四角い眼鏡を召喚します】
見慣れぬ硝子板の嵌められた合成樹脂関係であろう代物が、手を震わせる先代の手元に忽然と現れた。
運の良さ以外に別の形見と比べれば肩身が狭く、取り柄が無くとも、とても丁重に磨き始めていく。
「ハァ……」
「何? どうした?」
「いやぁ――ちょっと前まで鹿に鹿せんべいやったり、覗きテェ、飯が食い切れねぇ、そんで恋バナして、木刀を土産屋で買って振り回して怒られたり、ホント俺達ちょっと前まで馬鹿やってたんだよな」
「……そうだったか」
「ハ、ァァァ」
「少し静かにしてよ、集中しないといかないんだ」
「それにしても叛逆罪で捕らえた相手に監視が一人も付いていないとは余程、緊急事態だと窺えるな」
「うん、みたいだね」
「あの爪痕の鎧の手回し何じゃないか? お前やっぱり気に入られたんだろ」
「わからない、でも、一人も居ないのはちょっと」
「見えた!」
「それで、どうだ?」
「うーん? 何だか言い争っているみたいだ……」
「誰と誰が⁉︎」
「どっちもこっち側、生徒同士の口喧嘩――から、今暴力に発展しそう…………」
「声は聞こえないのか?」
「だって、眼だけだし」
「固定観念に囚われるな、この世界なら出来るだろ」
「……」
「で、どうするの?」
「黙れ、今集中してるんだ」
「だ、黙れって、ぇぇ。はい」
「……『今、逃げなければ、これからもっと多くの人が死ぬ』『魔王を討伐しなければ、結局、この鎖で追われ続ける』って」
「派閥争いか、いつの間に……」
「多分、僕たちがやってる間にさ」
「チッ、京介。この枷、壊せるか」
「え?」
「出来るだろう、お前なら」
「いや、絶対に無理だよ」
「絶対に、か。お前は自分を過小評価し過ぎてるぞ。あの森から抜け出せたのも、初めに武器を作り出したのも、俺たちを集めたのも、全てお前がやってきたことだろう」
「ただ、運が良かっただけさ」
「本当にそうか?」
「…………ぅん」
「だったら、いい。他の案を考えよう」
「……」先代は自らの拳を眼前に向け、ただ凝視。そして、ゆっくりと瞼を閉じて――瞬く間に開く。
【アトランダムを召喚します】
眩い黄金色の光の棚引くステッキを取り出せば、いつになく力強く握りしめ、それは斧へと変化する。
「何だ? この光?」
「離れてろ、破片が飛んでも俺は治さないからな」
「えぇ?」
「うっ……ッ‼︎」
武者震いの伝播する両腕で大斧を頭上に振り翳し、視線を右往左往させつつも、枷目掛けて下ろした。
次の瞬間には、神々しさを帯びていた淡い稲光が閉ざされた牢獄一帯に触れると色濃く鮮烈に迸り、大地を轟かせる地響きとともに葉野菜を切るかの如く幾重もの棒切れとして、無数の金属音が谺した。
だが、地面にも這う事無くとも抜け出せる程の窪みが生じ、周囲全てが正に粛々と騒然としていた。
「あぁ、うん。まぁ、実力の差だよね」
「よし、行くぞ」
「良いのか? 勝手に抜け出しちゃって」
「あの馬鹿どもが問題を起こせば、どうせ俺たちも廃棄処分だ」
「だよね」
「それで、兵士さんたちはどうするの」
「あまり調子に乗るなよ、まだ奴らの方に武がある」
「それに扉が開いていたで、言い訳つくしさ」
「いや、流石に無理があるでしょう」
「今すぐ口数を減らさなければ、その舌切り裂くぞ」
友人が平和ボケに満ち溢れた空気に静寂に孕んだ憤りが噴き出せば、早々に皆が沈黙を呑み込んで足音を殺し、喧騒賑わう元へと歩みを進めていった。
そして、異様なまでに閑散とした杜撰な警備を抜けていき、眠りにつくよりも早く着いてしまった。
「貴様ら、全員動くなよっ‼︎」ようやっとのんびりと貧しい昼食も堪能できずにいた兵士らのご登場で、燎原の如く燃ゆる焔達も鎮火するかに思われたが、より一層激化し続け、天井をも突き抜けるまでに。
その噴火寸前まで至った火事現場に大きな火種を落とさんと、彼らは物見遊山で歩み寄ってしまう。
「なぁ、取り込み中のところ悪いんだが、事の顛末を一から説明してくれないか。何せ、途中参加なもので」
一枚の張り裂けそうな布切れを両端から引っ張ったように張り詰められた空気に更なる緊張が走った。
「お前たち――何故、此処に居る?」