第二十二話 鍛治と成果
青天の霹靂を肌身で感じ、未だ全身に流れゆく電流をひしひしと感じながら廊下を進んでいれば――似合わぬ制服姿の大魔導士たちとの邂逅を遂げた。
「あ! 貴方は!」
「ぁ、オリケーさん」
「やはり貴方も勇者の雛で在られたのですね。メイズフォレスト以来、行方不明のままと聞いて不安でしたが、無事のご帰還、何よりです。流石の生命力」
「讃えられるような事じゃありませんよ、ただ運が良かっただけです、それにパートナーは死んでしまいましたし」
「単身で無事に生きて帰れただけでも十二分に自身の仕事を果たしたのですよ。誇りに思って下さい」
「それはどうも。それにしても此処の人だったんですね」
「そうよ! お師匠様はね、此処での超重要任務、結界の補強を行う、大切な仕事を担っているの!」
「君も居たんだ、フォンデュレーさん」
「当たり前よ! 弟子なんですもの」
「そうだよね」
「全く、もう!」
「彼女はとても貴方の事を心配していたのですよ」
「そうだったんですか」
「あ、あの余計な事は漏らさないでください」頬を赤らめ、微笑むオリケーに涙目の眼差しを向ける。
「はは、これは失礼を」
「……フンッ! 別に貴方の為じゃ無いんだから」
「そうなんだ。――オリケーさん」
「何でしょうか?」
「此処には武器の改造を専門とした鍛冶屋は居ますか?」
「どうでしょう、私も此処の内情にあまり詳しく無いので詳細な事はわかりませんが、あまり武器の改造を得意とする者は大国にも居ない気がします。特別素材や最硬度に達すると中々、修繕が難しいので」
「そう、ですか」
【魔力の消費で武器の製造が可能です】
「え」
「……? どうかされましたか?」
「今日に何? 怖いし、気持ち悪いんだけど」
「あぁ、すみません。こっちの話、です」
不意に前面に押し出された提案に思わず漏らした一言は、二人を酷く不思議そうに小首を傾げていた。
「僕らだけで……鍛治なんかが出来てその上で、人目に付かない都合のいい場所ってありませんか?」
「そうですね」
下顎にそっと手を当てて、徐に天を仰ぐ。
「そんな場所、在る訳無いでしょ!」
「いえ、無い訳でも無いですよ。寧ろ適当な場が」
そう告げられた矢先、早速その場へと瞬間移動。
「此処は、過去の書物が並べられた古の図書館です。奥には読書を可能とした机と椅子の研究スペースも御座いますので、ご自由にお使いになって下さい」
「何から何まで、本当にありがとうございます」
「いえいえ、お気になさらず」
「恩義を感じてるなら、100倍にして返してね」
「こらこら、欲に溺れてはいけませんよ」
「ちょっとした冗談です」
「そうでしたか。では、私たちは先に失礼します」
「はい」
「もし何か必要なものがあれば、お声がけを」
「はい……お世話になります」
「また、後ほど」
【特殊鍛治台を召喚します】
大図書館の片隅に不可思議な台とともに神々しく黄金色の光を帯びて忽然とせり出し、片手には大工が常に携えているようなハンマーを手にしていた。
【実現性・技術力・素材質・精錬度225%以上必須】
「おぉ」
以前の取り零し勝負が余程、記憶に根強く残っていたのか、握りしめる掌は武者震いに踊っていた。
「素材か……」早速、オリケーの元へと歩みを進め、二つ返事で最上級の素材を受け取った先代は、皆の視線を介さずに慎重に気配を殺して舞い戻る。
「よし、これで後は――」頭に浮かぶ構成力を求める【実現性・85%】完全無比を欲する【素材質・100%】そして、最も重要視される【技術力・7%】【精錬度・計192%】と、現状己を欺く言い訳さえも覆しようの無い、何とも目を背けたくなる結果に。
「物は試し、かな」
【失敗する恐れがあります。その場合、使用した素材は全て失われ、このハンマーも大きく消耗します】
「嫌なこと云うなよ」
意気阻喪を狙ったかの如く毒舌を突き刺された先代は、身を縮こめながらも素材目掛けて、眩い光が一点に集中したハンマーを勢いよく振り下ろした。
鋭い金属音が部屋中に鳴り響き、視界を覆い尽くす火花を散らして、身を飛ぶ衝撃を含んで爆ぜる。
「うっ!」
安心安全のクッションとは呼べぬ冷然なる無数の本にぶつかり合いながらも、その寛大なる厚さと頁数に負けず劣らずに、か細い身を支えられていた。
「い、生きてる」
続け様に他人事のように小言を吐露する程度に、身の安全の保証を当事者の視界にもご丁寧に説き、僅かな沈黙を終えれば、あっさりと立ち上がった。
「こ、これが僕の武器」
それは先代の思い描いた剣と呼ぶにはあまりにも蛇行し、剥き出しの両刃は限りなく鋭利であった。
おまけに柄も蛇の紋様に好かれているようで……。
「ま、まぁ、いっか、あはは」
一撃で粉々に打ち砕かれたハンマーと世界の鍛治師が喉から手が出る程の素材を失っても尚、勇敢。
「こ、これ要らないな」
度の超えた暴君にも重ねてしまうのを禁じ得ない。
そして、再び迎えた、皆が手を拱く、剣術試合。
相手は先の生徒であった。
「初め!」
戦いの火蓋が落とされた瞬間、一気に勝負を仕掛けにきた生徒に怯むように一歩大きく後ずさろうとするも、右手に収めた蛇行剣が光を移し鈍く輝く。
その一歩を、臆する事なく前へ。
先代は相手の丹田を一刀両断する構えに見極めてから振るう、互いを斬り裂かんと交差する刃だが、己の刃が瞬く間で間に合わぬのに見切りを付けた。
次の光景は円を描いて刃を宙に放る様であった。
まるであの一撃を与えたオーガの王子のように。
そして、「そこまで! 勝負あり!」かろうじて首筋寸前に添えた蛇行の刃が緋色の鮮血を滴らせ、周囲の者達を騒然とさせる形で戦いは幕を終えた。
「……ぁ、お、おれがお前に、お前なんかに」
「良しっ!」
そんな無様な負け犬の分際で勇ましく咆えんとした台詞の一端でさえ耳を傾けることなく、先代は屈託のない笑みを浮かべながら、その場を後にした。
あれからも足繁く、あの大図書館に寄っていた。
多くの者たちを巻き込んで。