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異世界の婚約者  作者: 真白 悟
1章
9/16

9

 シアと出会ってから2日目の夜、僕はようやく綺麗な部屋で眠ることが出来た。

 部屋を貸してもらっている身分で、あんまり文句を言うつもりはない。だけど、心の奥底に不満を抱くくらいは許してもらわないとやってられない。


「まともな掃除道具すらないとはな」


 僕がシアの会社に就職して1日目にやったことは仕事ではなく、自分の部屋を掃除することだった。普通なら初日から仕事をさせられるのが当たり前だが、部屋の整理を名目に給料の一部を前貸ししてくれたり、1日休みをくれたりとかなりとシアはかなり優しい経営者だ。

 しかし……まさかこれだけ広い屋敷に掃除道具がないとはいかがなものだろう。


『箒とか買ったんだけど、見ての通りのありさまだから……』


 遠い目をしながら、そんな言葉をこぼしたシアの気持ちを察して僕は文句も言えずに掃除道具を初給料の前借で買いに行かなければならなかった。

 出だしは悪かったし、掃除に丸1日かかって最低限の買い出ししか出来なかったけど、ともかく明日から仕事が始まるのだからゆっくりと休まないと。そう思い、僕はベッドに飛び込んだ。


「久々のまともな就寝……これも彼女のおかげだ」


 明日からの仕事に不安を抱きつつも、ここ最近の疲れが一気に流れ込んできて僕はすぐに眠ってしまった。



 ◇



「――仕事と言っても、正直な話、私たちの会社は昨日出来たばっかりだから、自分たちで仕事をとって来られるほどのコネもなければ実力もないわ」


 自信満々でそんな絶望的なことを言い始めるシアに、僕は内心『よくそんな状況で起業しようと思ったな……』なんてことを考えたが、そのおかげで住むところと仕事をもらえた僕がそんなことを言えるわけもない。

 しかし、そこまで自信にあふれた表情をしているのだから、何かしらの代案を持っているということである……はずだ。


「じゃあどうするんだ?」


 僕がそう問いかけると、彼女は再び自信満々に言い放つ。


「冒険者が仕事をもらうところと言えばギルドでしょ!」


 その言葉に僕は思わず呆れてしまう。

 先日、確かに僕たちは確認したはずだ。この国と彼女の国では冒険者の概念が違うという事を。そして、この国の冒険者がどれだけ命懸けの仕事かも知っているはずだ。知らないとは言わせない。なにより僕はそんな危険な仕事をやりたくない。

 やっぱり嵌められたという事だろうか……誰もやりたがらない冒険者の仕事を浮浪者である僕に、婚約なんて適当な話をでっちあげて責任感を感じさせて……いいや、なんでかは分からないけど、彼女が嘘を吐いているとは思えない。

 何かは分からないが、たぶん何らかの理由があるはずだ。もう少し話を聞いてから、この先どうするかを考えてもいいだろう。


「この国の冒険者みたいな仕事をするのか?」

「ある意味ではそうね」

「ある意味では?」

「私もこの国の冒険者について、昨日1日でかなり調べたのよ。当たり前のことだけど、冒険者にも色々あるのよ」


 そりゃまあシアの言うとおりだ。

 どんな仕事にだって、いろんな人がかかわっていて、それぞれ違う人間がいるからこそ成り立っている。

 僕が噂程度に聞いた話では、冒険者が夢のある職業であると錯覚するほどに稼いでいる上級冒険者だって存在するらしい。だからこの国でも冒険者という職業がなくなることはない。だけどその反面、命の危険は他の職業とは比べものにならないってこともみんな理解している。それでも冒険者になろうなんて人間がいるのはやっぱり底辺からの一攫千金を狙ってだろう。誰だって一生底辺をはい回りたくはない。

 とはいえ、その底辺が好きな連中も存在している。


「そりゃ、小動物刈り専門もいりゃ、魔獣を倒し続けるような冒険者もいるだろうけど……」


 それは冒険者にも敗者と勝者がいるというだけのことだ。

 冒険者の中でも敗者にあたる人間は小動物を狩るときも命を削っている。僕は命を懸けて小金を稼ぐなんてもっとごめんだ。


「そう言う話じゃないわよ」と、呆れた表情でシアが言う。それに対して僕が「じゃあどういう話なんだ?」と返すと、彼女はどこかからか折りたたまれた数枚の紙を取り出した。

 彼女に差し出された紙を受け取って一番上の内容を確認する。

 その紙には『冒険者組合加入証明書』と記載されている。


「なんだこれ? 組合?」


 僕は呆気にとられて紙に書かれた言葉をただ口にするという事しか出来ない。

 しかし、シアはそんな僕を見てただニコニコとしているだけだ。


「加入証明書ってことは、まさか……冒険者ギルドを始めるってことか?」


 あまりに考えなしだとは思っていたが、まさかここまで考えなしだとは思わなかった。


「いい案でしょ? コツコツと信頼を得ていくよりも、既存のシステムを取り込んでいくのよ!」

「まあ……確かに自分で依頼をとってくる前に潰れるよりかは……」


 潰れるよりかは確かにましだ。だけど、組合に入るってことは必ずしもメリットばかりではない。

 シアから受け取った紙をざっくりと確認する限り、確かに僕が危惧していた怪我や死亡に対する保険費用は組合が持ってくれるらしいし、組合費に応じて依頼を斡旋してくれるとある。それは会社を立ち上げたばかりの僕たちにはこの上なく有難い話だ。それでも、それ以上に大きな問題がある。まず組合費だ。利益の4割から6割とかなり高い。そして規則がかなり厳しそうなのも問題だ。

 出来れば、加入する前に相談してほしかったところだが、加入してしまった後で文句を言ってもどうすることも出来ない。

 それに、冒険者ギルドを無断で立ち上げると組合から嫌がらせとか受けそうだし、避けて通れない道だったのかもしれない。考えても無駄なことを省いてくれたと思えば余計な仕事が減って、結果的には良かったかもしれない。

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