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異世界の婚約者  作者: 真白 悟
1章
6/16

6

「そんなことより、あなたの魔法よ。威力が低かっても、高かっても使えるのと使えないのじゃ大違いよ。人間が使う神聖魔法の力は確かに弱まって来ているけど、それでもみんな使えるもの。誰もが使えるものを使えないというのはかなり厳しいことだわ」


 シアが明らかに話を逸らそうとしているのはわかったが、僕といても彼女の嫌がる話よりも、僕に都合のいい話をしてもらえた方がありがたい。

 だけど本当のところ、僕に魔法なんてものが使えるとは到底思えない。だってそうだろう。今まで魔法なんてものとはほど遠い世界で暮らして来たんだ。パソコンをはじめて見た老人のように、僕にとっても魔法は言葉では理解できても頭は理解を拒否している。便利なものだとはわかるけど、その理がわからない。


「でも使ったことないからな」


 思わず口を滑らせてしまった。でもたぶん大丈夫なはずだ。

 本当の意味で使ったことがないのだが、シアにはおそらく使った記憶が喪失しているという意味で伝わったことだろう。言葉とは誤解が生まれやすく厄介なこともあるが、行間の補完がしやすい便利なものでもある。


「記憶はなくても体は覚えてるでしょ?」

「そんなテレビドラマみたいな……」

「テレビドラマ?」


 僕が思わず口にした言葉をシアはよくわからないと首をかしげた。

 つい口から出てしまったが、テレビドラマなんてものはこの世界には存在しない。でもドラマ自体は演劇を指す言葉だ。全く意味が分からないというわけでもないだろう。それとも、この世界には演劇と言うものが存在しないのだろうか。

「何でもない。だけどそんな都合よく魔法が使えたりはしないだろ」

「何事もやってみないとわからないでしょ?」

「そりゃそうだが……」

 シアの言うとおり、やってみないと出来るかどうかなんて判別しようがない。理論が分かっていようと、やってみなければそれは机上の空論でしかないのと同じように、出来ないと思ってやらないままでいるのは無意味だ。


「じゃあ、やり方を教えてくれ」


 僕は小さくため息を吐いて、シアの指示に従う。

 彼女が魔法理論をこと細かく教えてくれている時に、僕は不思議な感覚に見舞われた。彼女が話してくれた魔法理論を一度聞いたことがあると錯覚するような強いデジャヴだ。それと同時に強い吐き気と、猛烈なめまいに襲われた。

 何も考えられないほどに頭がぐるぐるとまわり始めて、とてもじゃないけど立っていられないほどに地面が起き上がってくるようなそんな風に感じてしまうほどに僕は強く地面に激突する。だけどその痛みは感じられない。


「――だい……じょうぶ? だいじょうぶ?」


 とぎれとぎれの音が頭に直接流れ込んでくるような感覚が数度あって、ようやくシアの「大丈夫?」という心配そうな声が耳に届いた。

「大丈夫だ」

 はっきりと答えられたかはわからないが、僕はなんとか返答する。

 ようやくめまいもなくなって、猛烈な既視感は消え去った。まるで現実ではないどこかに飛ばされそうな、そんな感覚だった。


 知っている。確かに僕は魔法というものを学んだ記憶がある。だけどそんなことがあるはずない。だって、僕には別世界……日本から転生してきたという記憶が確かにあるんだから。日本には魔法なんてものは存在しない。

 だけどどうしてだか魔法の使い方が頭の中に浮かんできた。まるで最初から知っていたかのように、それを体が覚えていると錯覚するほどたやすく耳にも入らなかったはずのシアの説明が頭に浮かび、その中の一言が思わず口から零れ落ちる。


「火の魔法……」


 そうだ。シアの言うとおり、僕は火の魔法が使えたはずだ。ところどころ記憶が失われているせいで忘れていたが、確かにどこかで火の魔法を使った記憶がある。だけどそれと同時に魔法なんてものが使えるはずないと心で感じてもいる。頭の中は混沌としていて、それなのにずっと『僕なら出来る』という声が響き続けている。

 少し意識するだけだ。魔法は声を発するのと同じで、ほんの少しだけ意識を変えるとたやすく発動する。

 右の掌を少しだけ掲げて、強く念じる。


『火よ出よ』と。


 すると右の掌が熱くなるのを感じた。

 それと同時に、シアが僕の手をつかみそれを制止する。


「言ったでしょ。街の中では許可なく魔法を発動することは禁止されているって……」

 

 その言葉で僕の混濁した意識が戻り始める。

 確かに魔力を感じた。異世界人である僕の中にも魔力というものは存在していて、確かに魔法は使えるらしい。先ほどまで感じていた左手の熱は間違いなく魔力だ。火の魔法が発動しようとしていた。なぜだかはわからないが、そう確信できる。

 僕はまだぬくもりの残った掌をじっくりと眺めるが、そこには何の変哲もないただの掌が映るだけだった。

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