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「ユージン。あの男のことは警戒しておきなさい」
先ほどまで愛想よくしていたシアが去っていくミラルの後姿に冷ややかな視線を送りながら、ぽつりとそんな言葉をつぶやいた。
シアに言われるまでもなく、やり手の商人という輩のことはいつだって警戒しているつもりだ。やり手の商人という事は、普通の人には実行できないようなことだって平気でやれるという事だ。傍目に見ている分には何の危害もないけど、一緒に行動するとなれば厄介ごとに巻き込まれることは目に見えている。
「やり手の社長は苦手だ……やり込められるからな。言われるまでもなく、あまり関わりたくないな」
「それって私のことを言っているの?」
「僕が言っているのは商売人のことだ」
確かにシアのことも苦手気味ではあるが、彼女はやり手の商人というわけではない。たぶん商品を仕入れたり、売ったりするような才能は乏しいだろう。手が早い点は認めるが、目がきくのかと聞かれたら彼女はその点に関しては無関心である。何かを造ることは出来ても、それを売ることは出来ないタイプだ。よく言えばいい人で、悪く言えば口がうまくない。
きっと彼女の中にはハッタリというものが手段としては存在していないだろう。最初から選択肢として存在していない。一応色々と頭で考えるタイプではあるようだが、それにしても決断が速すぎるのにはそういった理由があるのだろう。
「商売人ね……確かに私には商売人としての気質はないわ。私には商売をしているような時間はないもの」
そんなことはしたい人にさせておけばいいと、シアは静かに笑った。
「その時間すら冒険に当てたいってことか?」
「もちろんそうよ! お金は冒険する分と、私たちが生きて行ける分さえあれば別にいいもの」
シアは僕の質問に即答する。
分かってはいたが、彼女はかなりの冒険バカだ。きっと、冒険者ギルドを立ち上げたことすら、冒険者としての『趣味』を充実させるための手段に過ぎないのだろう。彼女にはお金を稼ぎたいという欲求は今のところ存在しないらしい。
まあ、金に固執するばかりに事業拡大なんて面倒なことをし始めなさそうな分、僕としてはそっちの方がいい。
「それで話は戻るけど。あの男、『北海の覇者』って言ってたけど、何者なんだ?」
正直なところ、よくわからない男にすり寄られているという状況はかなり面倒だ。関わりたくないというのは本心だが、それなりの情報は持っておきたい。
情報は戦いを制する上でも最も重要な武器だからな。
そんな僕の気持ちを察してか、シアは「私もよくは知らないけど……」と語り始める。
「北方の国の王に気に入られてナイトの称号を得た海賊……って話よ。荒くれ者の多い北の海を制して、国の騎士として海を統括する。まさに北海の覇者ね」
「ひとつの海を支配できるっていうのはすごいことなんだろうな……」
とはいえ、イギリスが7つの海を支配していたことを知っているし、ひとつの海を支配できることの凄さがイマイチわからない。
確かにすごいことなのだろうけど、それがどれほど凄いことなのかをあんまり想像できないということだ。
「凄いなんてものじゃないわ。恐ろしいことなのよ。北海を支配するっていうことはね……一体どれほどの血が流れたことでしょうね」
「戦争か」
「海賊上がりが行った所業がどんなものか。想像できるでしょう?」
人当たりは決して悪くないシアにここまで言わせるなんて、あの男がどれほど恐ろしい人間なのかがよくわかる。
差別されがちな僕に気さくとは言わずとも、まともに話しかけてきて、あまつさえプレゼントまで寄越した男がそんな恐ろしい人間だなんて、シアの様子を見るまでは思いもしなかった。
そんな男がどうして僕なんかに話しかけてきたのだろう。
「奴の魔法は厄介よ。関わりたくないと思っても、奴にとって利益のある相手なら否応なく関わらざるを得ない……あなたは奴に利益をもたらすと決まった。だから警戒しないとといけないのよ」
僕の心を読むようにシアがそう話す。
それにしても、『相手が自分に利益をもたらすかどうかが分かる』って――
「――魔法ってなんでもありだな」
「その代わり、純粋魔法にはそれなりの代償があったりするものよ。力が強力なら強力なほどね」
「そんなものか」
つまり、僕の魔法にも何かしらのデメリットがあるということか。読めない文字が読める能力だとするなら、それはどれほど強力な魔法なんだろう。
強力な魔法だとするなら、それなりの代償があるぬだろうか。
「あなたの場合は、それほど大きな代償はないでしょうね。かなり便利な魔法だけど、他に与える影響が少ないからね」
「そこは僕の想像どおりか。流石にこの能力で、未来予知よりも強力な代償を求められても困るしな」




