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異世界の婚約者  作者: 真白 悟
1章
15/16

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「ユージン殿を退屈させてしまったようだ。年寄の話程つまらぬものはございませんからな……それにしても、あの御方によく似ていらっしゃる。雰囲気は違えど、本人ではないかと錯覚するほどにそっくりだ。退屈させてしまったお詫びといってばなんですが、あなたの役に立つものを差し上げましょう」


 いつの間にか話が終わったらしく、ミラルが僕の方を見て申し訳なさそうに一冊の本を差し出した。

 それが何かは分からないが、全く知らない人間から意味の分からない理由で何かものをもらうというのはものすごく嫌だ。どうしてもその真意が気になってしまう。人は打算的なことをまるで考えず、他人に何かをしてやれるほど慈愛に満ち溢れた生物ではない。それはどこの世界においても同じはずだ。たとえば金銭との交換とか、浮浪者に対する憐みの気持ちとかそういうものがあるのであれば、人はたやすく人に何かを受け渡すことが出来るだろう。それは失う物の代わりに金銭や自己満足とかの何かしらを得ることが出来るからだ。

 人は何もなしに、人に何かを差し出すことはしない。タダより高い物はないという事だ。

 あとでどんな請求をされるかわかったものじゃない。

 そんな風に僕が謎の本を受け取らずにいると、シアが「大丈夫よ。受け取りなさい」と、僕の気も知らずに言って見せた。


「もちろん単なるお詫びではありません。自分で言うのもなんですが、私には特殊な才能があるのです。この目で見た相手が将来自分に恩恵をもたらすかどうかを見極める才です……あなたにこの本を渡すことで私は将来的に恩恵を得られる。だから渡す。それだけのことですよ。危害を加えるつもりはありませんよ。私は商人ですからね」

「先行投資という事ですか」

「おっしゃる通り、これは先行投資ですな。儲かる見込みがある者に投資する――当然のことです」


 商人としての先行投資か……それでも僕的には、この男から何かを受け取るのは後々面倒なことになるだろうし受け取りたくない。でも恩人でもあるシアが受け取れと言うのを無下にすることも出来ないだろう。

 それにシアは言っていた。貴族に逆らうのはやめた方がいいと。僕が面倒になるのは嫌だが、彼女に面倒事を押し付けることになるような恩を仇でかえすようなことは出来ればしたくない。彼女に嫌われれば元の木阿弥だしな。

 僕は仕方なく差し出された本を受け取る。


「それは、『魔導書』と呼ばれる代物です。自身のルーツが分からなくなってしまった人物に、純粋魔法を思い出させると言われる魔法の本。オーパーツとして仕組みは解明されておりませんが、使用すれば純粋魔法の使い方を思い出せると言われています。記憶を失うなんてことはほとんどありませんから、その効果がいかほどのものかは私自身試したことはありませんけどね」


 ミラルは僕が本を受け取ったことに満足すると、そんな風に説明をした。

 魔法の使用方法を思い出せるというのならば、今の僕にとってはこの上なく有難いものだ。だけど疑問はいくつかある。たとえば、そもそも僕は魔法を忘れているだけなのだろうか……以前の世界には魔法はなかったはずだ。だとするなら、こっちの世界に来てから使ったことがあるかと聞かれれば答えはノーだ。僕は魔法を使ったことがない。それ故に、魔法を思い出すことだって出来ないはずだ。

 記憶に存在していないものを思い出すことなんて出来るはずもない。忘れているわけじゃないから思い出すもないわけだ。

 だけど、受け取った魔導書とやらにまるで期待していないといわけでもない。

 忘れないうちに使い方も聞いておかないとな。


「どうやって使うんですか?」

「実際に使っているところを見たわけじゃないが……そうですね、噂では本を読むだけで効果が発動すると言われております」


 ミラルはそう容易く言ってみたが、本当にそんなことで魔法が使えるようになるのだろうか……と疑っても仕方がない。魔法が存在する世界なのだから、不思議なんてものは掃いて捨てるほどあるだろう。

 僕はミラルに感謝の言葉を述べると、軽く本をめくってみる。

 めくってみてわかったが、なんてことのない単なる本だ。魔法の成り立ちについて書いてあるから、ミラルの言う『魔導書』と言うのはあながち間違いではないが、魔導について記載された本というだけだ。確かに面白いけどそれだけだ。これを読んだからと言って、すぐに魔法が使えるようにはならなそうだ。魔法の成り立ちを読めば失われた記憶も蘇るという事だろうか……だとするなら僕にとっては何の意味もない。


「どう?」


 シアが本を読む僕に声をかけて、横から本を覗き込む。


「どうと言われても、これには魔法のことが書いてあるだけで特に不思議なことはない」


 僕がそう言うと、シアは驚いたような声で「それが読めるの!?」と尋ねてくる。

 読めるも何も、読めなきゃそもそも本として成り立たないと思う。彼女は一体何を驚いているというのだろうか。

 戸惑う僕に答えるようにミラルが口を開く。


「その本はおそらく失われし古代コントラ語で書かれた本です。私はおろか、王国の学者でも読むことは非常に困難でしょうな」

「古代コントラ語?」

「古のコントラ帝国で使われていた言語ですよ。コントラクトゥスの元となった国で、それもそのコントラ帝国の初期に使われた言語です。文献もあまりおおくなく、使われた時期も比較的短いようで研究する学者も少ないというのが失われた言語と呼ばれる所以ですな」

「なるほど……ですが、僕はそんな言語知りません。どうして読めるのでしょうか?」

「すべて読めるので?」

「いいえ、ところどころしか読めません。水の魔法がどうとか、火の魔法はどうだとか」

「神聖魔法ですか、純粋魔法については何か書かれておりますか?」

「いえ、僕が読める範囲では神聖魔法のことしか……」


 それを聞くとミラルは何かを考えるように黙り込む。

 あたりの雑踏が耳障りになり始めた頃、ようやくミラルはハッとした表情で話し始めた。


「それがあなたの純粋魔法という事かもしれませんな。見たものの情報を読み取る魔法。かつて存在した大魔法使いパイモンは魔法により全ての理を解明したと言われております。あなたはその系譜なのでしょうな」

「いや――」


 ――そんなわけがない。

 と口に出してしまいたいところだが、ミラルの言葉を否定する必要はないと思い直す。

 別に僕が誰の子孫だと思われてもどうでもいいことだ。僕自身が肯定したことじゃない限り、それは全て憶測に過ぎない。勝手に憶測されることをいちいち否定して回ってはキリがないし、否定できるだけの材料も持ち合わせていない。何より、否定するのは面倒だ。


「なるほど、それが本当なら便利な魔法です」


 一度口から出そうになった言葉を飲み干して、僕は適当に当たり障りのない言葉を口にした。

 それからしばらく他愛のない話をした後、ミラルは「予定がありますゆえ、このあたりで失礼します」と頭を深々と下げると嵐のように去って行った。

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