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春へと続く物語  作者: さしあたり
8/11

ランデブーポイント

 いつもと変わらない時間に目が覚める。ホテルは全館集中暖房だ。気をつけていても喉をやられる。常に乾燥している。夏は乾くまでに二日かかる洗濯物が、一晩でカラカラになる。

 年初からホテルを移った。柄の悪い連中がホテルに滞在するようになったからだ。もともと治安の良い地区ではない。酔っ払い同士の喧嘩に何度も遭遇している。警官が四六時中パトロールしている。無用な災いに巻き込まれるのは御免だ。

 例年、この日は全国的に雪が降る。いよいよ大学入学共通テストの一日目だ。

 ホテルの中はいつもと雰囲気が違う。正面玄関に昨晩から満室の案内が貼られていた。フロントのカウンターに使い捨てマスクが無料で置かれている。親子連れが多い。ほとんど母親と生徒の組み合わせだが、両親と子どもの三人組も見受けられる。無言で朝食を食べ続ける親子、笑顔で会話をする生徒たち、一人で食事している者。

 親が校門の前まで送る。過保護のようだが、地方に住む子ども達は、都会になれていない。電車の乗り換えが上手くできず、受験校へたどり着けないことがある。精一杯努力してきた我が子が、迷子で試験を受けられないのは、納得できないだろう。

 希唯はおそらく自宅から受験会場へ向かうだろう。あがらなければよいが。あの成績なら実力の九割で、志望校への受験権を得る。こっちまで緊張してしまう。

 朝食をすませ外に出た。東の空はまだ暗い。見上げても星は見えないが、曇っている感じでもない。冬の日本海側は、朝晴れていても昼前から、薄灰色の雲に覆われる。ビル風が頬に突き刺さる。鼻の上までロングマフラーで覆ったOLが足早に駅に向かう。

 できるだけ彼女のことを考えないようにしてきた。こんなイベントがあると、やはり思い出してしまう。会社にいても、ついついネットで試験情報を収集してしまう。調べてみてもどうなるものでもないが、時間をつぶすにはちょうど良い。幸いこの地方は、大雪が降ることもなく交通機関も順調に動いているようだ。



 イースト書房の前に立つ。約束の時間には、まだ十五分ほどある。ほんの一ヶ月前まで、この時間はすっかり日が暮れて煌々と建物の明かりに照らされていた。日が長くなった。まだマフラーを外せないが、ぼちぼち、頑張っている感全開で短いスカートを纏い明るいスプリングコートを着た若者たちが出没する頃だ。

「くるだろうか」

 判断材料を持ち合わせていない。私は彼女のことを何もしらない。来なければ来ないでよい。何の変化も起こらない。もしやってきたら、どうすれば良いのだろうか。合格の祝いの言葉を掛ける。いや、待て、合格しているとは限らない。希唯の顔を見れば判断できる。そこから先は成り行きでどうにかなる。受かっていて欲しい。 仮に希唯が現れた場合、これから先はどうなるのだろうか。何も考えていなかったことに、今頃になって気が付いた。『よかったね。じゃぁさよなら』と言うわけにもいくまい。積極的に人と関わるの避けてきた。その趣旨に反する。二人でいっしょにいる姿が思い描けない。


 先日、美沙から連絡があった。年が明けてから、会社や上司に失望し営業補助の女性社員が次々に退職した。結果を生み出さないその場限りの仕事を、非効率的な方法でさせられる。同じ仕事を別々の進め方で、何人も行っている。やる気がそぎ取られてる。誰かが辞めれば連鎖反応がおこる。張り詰めていた緊張の糸が切れる。頑張ろうという意識が薄れる。仕事のバランスが崩れ、理不尽に作業量が増えていく。胡麻擂りばかりが出世していく会社は、遅かれ早かれこうなる。


 人間関係がリセットされようとしている。意図せぬ展開だが、望んだ形に近づいている。



 コートのポケットからスマホを取りだし、時刻を確認する。七分前。何の根拠もないが彼女は時間に正確な気がする。ギリギリになることはないと思う。ガラスの壁にもたれかかり、辺りを見回す。それらしき人影は見当たらない。制服姿の希唯を探していた。もう高校を卒業している。心臓の鼓動が早まる。大きく息を吸い込み、意図的にゆっくりゆっくり時間を掛けて吐き出す。それでも落ち着かない。煙草でもふかせば、いくらか気が紛れる。辞めたつもりはないが、もう十年以上吸っていない。

 新しい繋がりに期待する気持ちが、どこかにあるのかもしれない。

 スマホでランダムに選んだ音楽を、ボリュームを絞り小さな音で再生する。スピーカーを耳にあてる。傍目からは電話をしているように見える。この曲が終わると定刻を過ぎる。



 次のバスが発車したら、立ち去ろう。


 美しい娘だった。性格は地味だが、それも味だ。彼女が現れなかった理由は想像してもわからない。

 遣る方無い高校生活で、鬱積した憤懣のはけ口だったのかもしれない。或いは、先の見えない受験生活による恐れ、一時的な気の迷い、幻想。どちらにしても、ある意味で利用された。多少は役にたったと思えば、それはそれで良い。


「終わったな」とつぶやく。正確には始まってもいないのだから、終わるもなにもない。


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