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春へと続く物語  作者: さしあたり
2/11

イースト書房

 独りが好きだ。寂しくない。だが、誰からも必要とさてないのはきつい。

 これまでが、仕事の中心的な役割を果たすことが多かったせいもある。ただ一人でいるだけなら何とも思わない。何日も一言も話さなくても苦にならない。誰からも必要とされなくなったとは、これから進む道がなくなったのと同じことだ。



 何もすることがない。一日中、デスクの前に座っているだけだ。同僚へメールをしようとしたことが何度かある。返信がこないことはわかっている。そんな自分がなさけなる。

 この会社との取引は既に止められている。ここの従業員にとって私は嫌われ者だ。仕事を引き上げ彼らの生活を脅かしている。致し方有るまい。負債を作った責任は彼らにはない。オーナー親子がしたことだ。

 十七時が来るとホテルまで徒歩で帰る。会社ですることがないのに、ホテルに帰ったところで何かあるはずがない。


 今は読書をして暇を潰している。読書は好きだった。大学時代は毎日のように書店に通っていた。三日に一冊は読んでいた。そして今日も帰りに書店に立ち寄る。

 壁はガラス張りで、店内の光が歩道を照らしている。この周りにだけ人が多く集まる。小さなお祭りの屋台のようだ。ほんの少しだけ華やいだ気分にしてくれる。品揃えは悪くない。書店員はこまめに棚を作り替えている。読んで欲しい本、手にとって欲しい本がさりげなく目につく位置に並べてある。自分にあった本屋が近くにあるのはうれしい。店内に入っただけで、世界が広がった感じがする。

 一階の新刊、文庫から順番に見ていく。二階三階へと進む。一巡すると再び一階にもどり文庫をゆっくり眺める。通路の切れ目に一人の少女が立っている。あの時のキャメルのコートの少女か。



 偶然なのだろうか。それとも私を見つけ、つけてきたのだろうか。できれば前者であって欲しい。すぐにこの場所を離れたい。慌てて離れると彼女に気づかれるかもしれない。少しずつ少しずつ静かに移動し彼女の視界から外れていく。気づかないでくれ、そのまま立ち読みを続けてくれ。

 棚の端まで来ると、一目散に出口を目指した。一瞬、彼女が追って来るイメージが頭の中に浮かんだ。




 ホテルの中に逃げ込み、振り向かず部屋へ向かった。

 部屋の小窓から下界へ目をこらす。通りに面した商店の照明が、明るく照らしている。せわしなく人々が行き交う。

 小さなユニットバスの蛇口を捻り、ベッドに腰掛けた。私は誰とも関わりたくないだけだ。状況判断が鈍っている自分に気が付いた。関われなければいいのだ。何も逃げる必要は無い。まさか襲ってくることもあるまい。仮にそうなっても腕力なら十分対抗できるだろう。もし、また会うことがあれば、話していい聞かせばよい。



 その日もいつも通り帰路についた。あれから一週間ほど経つが彼女の姿を見掛けることはなかった。

駅ビル内あるファミレスに夕食をすました。この時間帯は割と空いている。これより早いと主婦たちが、これより遅いと学生がたむろっている。

 オーダーを済ませいつものように明日の天気を確認する。午後から雨が降りそうだ。窓から駅前の喧騒を眺めていた。ビラ配りをする自然主義者、手持ちぶさたにたばこを吹かす黒服、やたらと早歩きをして改札へと急ぐ生徒たち。以前は人間観察を楽しいでいたが、今は何も感じない。流れていく人並みを、何も考えずに時間を潰している。

 ウェイターがスプーンやフォークを、ナプキンの上に並べている。彼がテーブルから離れると同時に彼女が目の前に席に座った。ウェイターの影で見えていなかった。互いに手を伸ばせば届く距離だ。

 何が目的なのか。話しかけるのは簡単だ。しかし、できればそうしたくない。彼女が黙って立ち去ってくれるのが理想だ。

 彼女は顔を横に向け窓の外を見た。私も彼女の視線の先を追った。すると彼女はこちらに顔を向けた。正面で向かい合って目を合わせるのは嫌だが、一方的に見続けるのは平気なのだろう。料理が出てくるまではこままでいよう。


 パスタの盛られた皿と野菜サラダのボールがプレースマットの上に置かれた。ウェイターは彼女を見ている。オーダーを待っている。彼女はテーブルの下で手を組んだまま、動く気配がない。

「同じ物を、もうワンセットお願いします」

 ハンディターミナルに親指で打ち込んだ。

 待ち合わせをしているのではない。店に失礼だしウェイターも困るだろう。

 待つ必要はないので、さっさと自分の料理を食べ始めた。すぐに同じ物が運ばれてきた。手を付ける様子はない。

 マフラーを外しコートを脱いだ。丁寧に畳んでその上にマフラーを重ねた。群青色のジャケットに同色のジャンパースカート。丸い襟のブラウスが可愛らしい。髪を後ろで1つ括っている。こめかみからうなじまで一本たりとも乱れていない。真っ白で折れそうな細い首があらわになった。首元にまったく皺がない。薄い二重まぶたの端に自前の長い睫がカールしている。やけに顔が小さく見える。スカウトがよろこんで飛びつきそうだ。化粧はしていない。

 表情が厳しい。機嫌が悪いのか、それとも不安なのか、自信が無いようにも見える。


 夕食を食べ終わると、すぐに伝票を持ち会計へかった。後ろからついてくるのがわかる。知らない人が見れば、親子か援助交際にみえる。どちらにしても縦に並んで無言で歩く姿は、仲睦まじくはみえない。

 自動ドアが閉まると同時に振り返った。目と目が合う。切れ長の目の奥でヘーゼルの瞳が揺れていた。擦れているようにはみえない。話したいことがあるのだろう。敢えて聞くまでもない。これ以上関わるつもりはない。 主要なバス路線と私鉄が入り込む駅は、せわしなく人々が行き交う。吐き出しては吸い込み、吐き出しては吸い込み。人の波が途切れることはない。国道を跨ぐペデストリアンデッキに緑と赤のイルミネーションが点滅している。足早に駆け抜ける者、集団で自分撮りする者。国道の両側に林立する商業ビルから発せられる光が、すっかり暮れた夜空を照らす。

 

 夕食後はウォーキングする。頭を使わなくなった今は、せめて身体を疲れさせなければ眠れない。ホテルの前を通過し住宅街へと続く坂道を登っていく。南に向かう県道は車で渋滞している。ガードレールで区切られた歩道には電信柱が飛び出していて広くない。

 彼女は一定の距離を空けて着いてきている。一本入った小道に神社が見える。神社の境内は小さな公園になっている。スベリ台と砂場、端と端にある2つのベンチ、あとは今にも切れそうな街灯が1本があるだけだ。境内をぐるりと囲む土壁が所々崩れ、竹を組んだ骨組みがのぞいている。ここのベンチで休憩して折り返す。

 鳥居をくぐり本殿の前で手を合わせた。賽銭は喜捨していない。

 コンクリート製の背もたれのないベンチに腰掛けた。冷たい感覚がすぐにおしりにつたわる。彼女が横に並んで座った。この時間の神社は、女子校生がいるような場所ではない。土壁で遮られ外からは中の様子が見えない。半月ほど通っているが、境内で人を見たことがない。

 白い頬が青白い光に照らされて発光しているようだ。イメージが浮かび上がる、冬の似合う子。

 彼女が腰を捻り上半身をこちらに向けた。話そうとしている。唇が僅かに開いた瞬間、立ち上がった。聞く必要はない。関わる気がないのだから聞く必要ない。あわてて彼女も立ち上がった。


 いつもと違う道を帰った。

 松林の中を旧街道が通っている。地面は舗装されていない。ところどころ根が地上に張りだして、躓きやすい。街灯がまったなく夜に歩く道ではない。人がいても、よほど近づかなければ気が付かない。日が暮れてから歩くなら、ただの肝試しだ。

 彼女を怖がらすことが目的。

 息を吐き出す音が聞こえる。来たときよりも距離が詰まっている。

 車の排気音が聞こえだした。前方が光が見える。市営のコンサートホールだ。

 片側二車線の通りにぶつかった。安堵の胸をなでおろすように大きな息づかいがした。






 部屋に戻った。スマホを取り出すと留守電を知らせる赤色の光が点灯していた。

画面に表示されている文字をじっと見つめている。美沙からだった。

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