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夜光浴びる貴方へ  作者: 紫雪
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6.お姉さんの話

 次に目が覚めたのは、バスがサービスエリアに止まったときだった。運転手のアナウンスが聞こえる。どうやら20分ほど休憩をいれるそうだ。


 タイミング良く目覚めた私は、座席から体を起こし、スマホを持って部屋を区切っていたカーテンを開けた。リクライニングをしたとはいえ、所詮は椅子、腰の方に血が溜まっているのを感じる。痺れたらやだなーなんて思いながら、バスから出る。すっぴんなんて気にしない。誰も私を知らない、気にする必要はなかった。


 今日は新月だった。星がよく見える。ひんやりした空気を吸い込み、そしてゆっくり吐く。夜を取り込んだ気がした。


 サービスエリアは、省エネとかいって控えめに照らされていた。それもあってか、空は闇が塗られていたのに、星が眩しかった。


 自動ドアをくぐり、トイレに向かう。バスにも簡易トイレがあったけど、思春期にとっては抵抗があるものだ。他の人も同じ考えなのか、私が降りたバスからトイレに向かう様子が前にも後ろにも見られた。


 特に気にすることもなく用を済ませる。小腹が空いたので、売店でおにぎりと水、そしてサラダとからあげを順に持ってレジに並んだ。


 前にいる金髪のお姉さんが会計を終え、レシートを貰ったあと、ちらっと見られたような気がしたが気にしない。手に取った商品を置き、スマホを取り出して電子マネーで決済をする。こんな夜中に働いている店員はどういう経緯なんだろう、とか考えていると自然にレジ袋に詰まった商品を手渡しされる。丁寧に、おしぼりと割り箸も入っていた。軽くお礼を言い、私は外にでた。


 相変わらず目に優しい空と呼吸しやすい空気。そして、あのお姉さんがこっちを見ていた。目が合ったので会釈をしようとすると、


「ねえ君。アンダーに行くの?」


 誰に話しかけられたかなんて考える必要なかった。あやしい人ではなさそうなので、答える。


「はい、お姉さんは」


「気にしないで、バス乗るまで話し相手になってよ」


 断る理由もないので頷く。するとお姉さんは、歩きだした。私も隣より少し後ろに続いた。


「服かわいいのにメイクしてないんだ?」


「寝るために落としました」


 正直に答える。一方でお姉さんは綺麗に切り揃った金髪によく似合うメイクをしていた。目元のアイラインのせいで、少し気が強そうに見える。


「アンダーにはなんで行くの?」


 見た目とは程遠い、少しおさない声できかれた。どうしよう、星波と同じことを言うべきか。


「・・・いやだったら言わなくていい」


 彼女の方を見ると、優しい目をしてこちらを見ていた。急に、アンダーにはないのだと悟る。夏休みではもう見ないものだと。


「憧れを見つけに行く、としか言えません」


 なんてブレブレなんだろう、自分でも呆れる。ミラに会いたいのか、アンダーに行きたいだけなのか、はたまた違う理由なのか。


「アンダーは、人を変えてしまう」


 不思議と、会話が成り立たないようには思わなかった。口を開いたまま、なにか懐かしむように話し始めた。


「私にはね、アンダーになった友達がいるんだけど」


 アンダーはその場所、集う人など、その界隈に関わるものを指す。


「すっごくメルヘンな格好をした友達で、都会に行って世界を広げるーなんて言って出かけたの」


 誇らしげに話すお姉さんは、きっと彼女と仲のいい友達だったのだろう。でも、すぐに悲しそうな顔をした。


「その後パタッと連絡がつかなくなって、私、SNSのアカウントとかもめっちゃ調べたんだよ、やっとの思いで見つけて、投稿みて生存確認しようと思って、そしたらさ」


 お姉さんの自慢の友達は、ホストに貢ぎ、知らないおじさんたちから金銭的援助を受ける立派なアンダーになっていた。


「私はね、あの子を連れ帰るために今回アンダーに行くの」


 涙目の彼女は続ける。


「私が言いたいのはね、あの子みたいにならないでってことだよ。君の詳しい目的も知らずに言っちゃうけど、君は若いし、きっととても聡明。だから、アンダーに行っても、アンダーに負けないでね」


 バスの目の前でも話し続けた彼女は、もう半分泣いていた。親友と私を重ねたんだろう。悪いけど、そこに同調して一緒に泣くほど感受性のある人間じゃない。でも、話を聞いて分かった。弱いところにつけこまれないようにしなきゃ、アンダーから元の生活に戻るのは難しい。


「ありがとうございます。私も、お姉さんがお友達を連れ戻せるのを応援しています」


 心から選んだ言葉だった。嘘じゃない。目の前の人は手で涙をふき、強い見た目に合った笑顔を見せた。


「もしかしたらアンダーで会うかもしれないし、バスでまた目があうかもしれない。けどその時は、他人だからね」


「分かりました」


 私が頷くと、お姉さんはバスの中に入っていった。


 あの人、ミラと同じ位置にピアスを開けていたなあ。


 リップの色も、ミラがよく使うものだ。


 ミラ以外の言葉が素直に心に届いたのは、そういう繋がりなのだろう。


 もう一度空を見上げ、覚悟を決め、バスに乗り込んだ。

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