5.補導と掃除屋
「こんなとこで寝てちゃダメでしょー、家に帰りなさい」
「君、まだ未成年だよね?ほら、そのおじさんからお金受け取らないで。ちょっと2人とも署まで来れる?」
午後10時。アンダーの中心部、虎の銅像周辺の広場で一斉補導が行われた。
日本各地から少年少女が集まり、夜な夜な騒いでいるこの地域は、社会的に問題視されていて、みんなの常識や日常よりも下の世界であることを意味して「アンダー」と呼ばれている。
交通量の多い大通りと、おしゃれなタイルを使った歩道に挟まれたビル群の中に存在する。道と道、ビルとビルに囲まれた土地は、閉鎖的な開放感に包まれている。もともとは大企業の跡地とかでけっこう広い。
今日はそんなアンダーにいる30人以上を、彼らは50人動員して全員の補導にあたった。
警察の介入で撤退を余儀なくされる彼らは、強い口調で言い返したり、逃げ出そうとしたりと抵抗している。
「俺らは悪くねーんだよ!!離せよ!!!」
警察も、今は穏やかな口調で話しかける。
「悪くなくてもね、条例があるから。10時以降は未成年はこの地域来ちゃダメなんだよ。もちろん、それを促す大人もダメだ。」
「詳しいことは署で聞くから」
そう言われて連れていかれるのを建物を影にそっと見る。
あーあ、今日来たやつら、運悪かったな〜。どんまい。
仕事帰りのまともな大人達は、野次馬として周りを飾り付けていた。こんくらい集まれば、この出来事が有名になる。そうすれば、ここら辺一帯の政治的介入も遠くないだろう。
俺の目論見通りだ。
するとその時、野次馬が大声をあげて急に盛り上がった。なんだ?ビルとビルの隙間から出て、野次馬をかき分けていく。
フードを被った金髪の男が目に入った。既に手錠をかけられ、警察2人が横につき、パトカーへ向かっている。
アンダーも無法地帯という訳ではない。ずっとそうすることは出来ないのだ。誰かがいつか、組織を作りたがる。そのために、上に立とうとする。ちっちゃな国の王様気分で。今は彼が王様だったんだろう。
俺は性格が良くない。更に野次馬をかき分けて、そいつの前に立った。
「久しぶりだね、出世したじゃん」
俺が随分前に配信で晒し上げた彼は、その時も、今も落ち着いた様子だった。伏せがちな瞳が珍しく俺の方を向く。
「掃除屋、お前の仕業か?」
「さあね、俺の手柄になるなら貰いたいところだけど」
怒っているのが伝わる。手錠をしていなければ、俺の首を絞めていただろう。
「ここは、あいつらの居場所なんだよ」
目の前の男は、そう声を絞るように言った。
ああ、そっか、まだリーダー面してんだな。
俺は小さな王様に言い聞かせるよう、順番にゴミと人を指していく。
「あのビール缶はさっきあいつが投げたやつ。銅像のとこのゴミ袋は1週間前からある」
「それがどうした」
「ここから近くのゴミ捨て場まで5分歩けばあるんだよ。俺が言いたいのは、環境汚染に取り組む社会通念のない人間の居場所は、ここじゃないってことだ」
冷静に、論理的に。俺の言ったことは、王様に響いたようだ、視線が下を向いていく。警察に引っ張られ、パトカーに乗り込んだ。
野次馬は動画を撮影してたかと思うと、イベントが終わった途端あるべき日常に戻っていく。あいつもお前らも、同じなんだけどな。
来てたパトカーが去って、近所なのかチャリで来てた警察官が俺の方に向かってきた。
「お疲れ様です!今回あなたのおかげでここら一帯を片付けることが出来ました」
たしかこの件で知り合ったやつだったっけ、忘れた。
「いーえ、俺別になんもしてないっすよ」
「そんなことないです!警察側がずっと先送りしていたことを、直接署に乗り込んで実行してくれたじゃないですか!」
「いやまあ、俺は俺のことをしただけで」
言いかけると、おしゃべり警察官は「そういえば」と俺が帰るきっかけを作ってしまった。
「本名ってなんでしたっけ?」
とりあえず笑顔を作っておく。
「なんでしょうねぇ。俺帰ります」
名乗るとここにいられない。配信者は個人情報なんか晒しちゃダメだ。
「あの!なんてお呼びすれば」
引き止められるが歩くのをやめない。帰るって言ったもん。最後の愛想を振り絞って、笑顔を向けて手を振った。
「掃除屋でいいですよ」