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夜光浴びる貴方へ  作者: 紫雪
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4.不完全深夜

 星波から連絡が来たのは、出発してから30分ほど経った頃だった。


 振動したスマホにはすぐ手を伸ばさず、その下の方にあるスーツケースからコンパクトミラーとクレンジングシートを取り出した。


 私の席は右側に窓があり、窓のすぐ下には壁から飛び出たような小物置き場を挟んで例の大きなくぼみがある。そこにはスーツケースを、置き場にスマホをのせていた。


 高いバス代を払ったおかげか、校外学習などで利用したバスとは比べものにならないほど充実したつくりであった。高いと言っても、この先、驚くほどお金を使うことになるから、これは序の口でしかない。


 正面には簡易机があり、組み立ててからミラーをのせる。シートを1枚取りだして、細かなアイメイクを丁寧に落としていく。知り合いにバレないように施したそれは、バスの中では意味をなさない。まあ結局、星波とかにはバレてしまったのだけど。


 分厚いカーテンを使って座席の周りを囲ってあるから、変な顔で落としても誰も見ない。窓の外も暗くなり、対向車のライトだけが見えた。


 さすがにお風呂はないから、それは着いてからの楽しみにしておく。駅から少し歩けばいくつかあるだろう。


 せっかく染めてもらったけど、髪が傷むので毛先にはドライシャンプーをかけた。効果があるのかは知らない。色は落ちてきたので、ティッシュで拭き取る。


 ベースメイクやマスカラまで完全に落とし、簡易机の上をすっきりさせてからスマホに手を伸ばした。机に両肘をつき、体重をかける体勢になる。


 ロック画面を開く。すぐに分かったのは、兄が説得に失敗したことだった。


 両親からの大量の不在着信を無視して、メッセージアプリを開く。親が嫌いなわけではない。


 夜行バスで電話に出たくないし、なんならこのまま寝る時間を削って親を納得させるだけの語彙力とやる気を持ち合わせていないだけだった。


 沈めた気持ちを戻し、星波から送られてきた文に既読をつける。


『あいつとおなじ電車だった』


 なんだ、あいつ、電車一本見送ったのか。


 「あいつ」だけで話が出来てしまう私たちは、きっと秘密を多く共有している。


 偶然見かけたあいつ、星波より前に私の正体に気がついた彼は、今では本当に疎遠になってしまった。


 いや、今は彼のことなんかどうでもいいのだ。


『あいつのことはきょーみない』


 そう返信してやった。


 さすがに会話は再開しないだろうとアプリを閉じようとしたが思いのほか既読はすぐにつき、ひとつのリンクが送られてきた。


 タップしてみると、若者の間で流行っている音楽アプリの再生リストだった。音楽好きの星波はもちろん、紗奈との会話に必要だった私も入れているアプリ。つまり、


『聴けってこと?』


 明日も部活があるのに、返信は早い。


『そんな強制じゃない笑』


 彼は更に文を重ねる。


『どうせアンダーに着いてから暇だろ?』


「暇じゃないし」


 そう言ってつい笑ってしまう。


 まあ、無計画なのは事実だ。あちらにいる間は、学校のこととかあまり思い出したくないのだけど。星波は会う予定であるから、避けられる訳でもなかった。


『時間あったらね』


 送信しても既読はつかなかったので、一度アプリを閉じ、ネットニュースへと画面を移動させる。星波は、風呂かな、親にでも指摘されたのだろう。


 特定の記事しか読まないせいか、私のおすすめ欄は偏ったものだった。1番上に出てきたものをタップする。


 以前「アンダー」で出た逮捕者男2人についてだった。


 背もたれに寄りかかり、ゆっくりスクロールする。


 ニュースの内容は、家宅調査の結果、余罪によって再逮捕に至ったというものだった。


 この2人についてはずっと情報を追いかけていたからよく知っている。


 元々、「アンダー」の邪悪な部分に大きく関わっていた2人。違法薬物を売りつけて荒稼ぎをし、買って貰えなくなれば、アルバイトを称して犯罪に片足突っ込ませる。今回も、それ関係で警察にお世話になったのだ。


 ミラも「アンダー」の人たちに定期的に注意喚起をしている。それもあってか、2人が捕まってからこのような騒動はない。私自身も、そんなものに引っかかっるつもりはない。


 そこまで危険な地域に興味を持ったのは、正義のヒーローも同時に存在するからだ。


 この件を警察沙汰にしたのは、同じ「アンダー」に属する別の配信者だ。


 様々な揉め事を逐一配信し、視聴者に情報を流す、いわゆる「晒し系配信者」。


 その日、その配信者は2人が未成年に違法薬物を売りつけていたところに突撃し、それを生配信して状況を知らせた。ひょうひょうとしながらも確実に相手を追い詰める彼を、SNSの切り抜き動画を探しに探して何回も見た。時々、画面の向こうに訴えるように「アンダーはこれが日常茶飯事」「知らせるべきところに知らせないでどうする」と言って、2人が逃げないように足止めする姿も、仲間と一緒に犯罪者を追いかけ回す姿も。そして、偶然動画を見ていた人が、危険を感じて警察に通報して、逮捕に至ったという。


 顔も年齢も、誰も知らない。サングラスとマスクで夜に繰り出す名乗らない彼は、この界隈では「掃除屋」と呼ばれるようになった。


 かっこいいとか、女の子だとか、ハーフとか、要人の息子だとか、色んな噂が飛び交うけど、真実は語られない。ミステリアスな存在だ。


 掃除屋に対しては、希望を見出してもミラのように憧れの対象にはならなかった。世界が分からないから、彼の思考が分からなかった。


 でも興味はあるからと掃除屋の記事を読もうとしたその時、星波から返信があった。急いでメッセージアプリを開く。


『ライブの日程なんだけど』


『10日に行くね、一泊の予定』


 ふたつのメッセージに既読をつけて、文字を打った。


『ホテルは後でおしえる』


 自分のうっかりが悔やまれる。すっかり忘れていたのだ、いたたまれない。着く前になったら探しておこう。


 というか、男女でホテルの話なんて、不純だなぁとか思ってしまう。


 まさかのまさかが頭をよぎったが、ありえない。頭をぶんぶん振って消し去る。星波は他とは違う。どんな時でも、誠実に行動できる人間だ。私のことが心配なだけ、きっとそうだ。


 星波の「さんきゅ」という言葉をみて、スマホを閉じる。


 眠りにつくまで数えることもなかった。

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