28.MOREの続き
宵くんが再びリビングにやってきたのは、それから30分後だった。濡れた髪をタオルで拭いている。まさか乾かさずに話すつもりだろうか。私は久しぶりにスマホでネットニュースを開いていた。
「乾かしてから話そうよ。ニュースでMOREのこと調べてみるから」
「そう」
そう言うと宵くんはまたお風呂場の方に戻っていった。私は膝の上に座るシューを撫でながら、ニュースのアプリをスクロールする。テーブルの上にはさっき冷蔵庫を覗いたときに目が合った炭酸入りの缶ジュース。5、6本ほど並べられている中から取ったものだ。お酒かと思ったけど、アルコールの入ったものは冷蔵庫の中にはなかった。
さっき兄さんからメッセージが来た。今日は何をしたと気になっていたらしいので事実を伝えた。今思い出せば、アンダーに来てから兄さん以外から連絡が来ていない気がする。星波はそんな仲じゃないと分かっているけど、紗奈から来ないのは意外、けど、納得でもある。
薄々わかってはいたけど、正直そこまで仲良くない。高校になるとその辺が顕著に現れなくなる。悪口とかも言わない。その分、空気感で自分への評価を推し測ることになる。同じグループにいるから、同じクラスだから。来年のクラス替えでまた、見せつけるほど仲良くなることはなくなる。
なんて、せっかくアンダーに来てるんだから忘れよう。ここはまだ7月。夏休みの序盤なんだから。
自分から宵くんに言ったように再びネットニュースを見漁る。MOREやアンダーのことがトップに躍り出てくるのはいつものことだ。
身元が分かっているのが6人。やっぱり、今のところ宵くんが言っていた以上の情報は得られない。一際目につくのは、日向と呼ばれる青年。高校生、とある田舎に住んでいる、4月頃から行方不明。一般的な家庭なのか、両親が行方不明としてずっと捜索活動をしているという。一緒に載ってる写真も、スポーツによる日焼けだろうか、眩しい笑顔でピースを向ける男の子。どうしてアンダーに繋がるようなMOREのメンバーに?
SNSに戻って調べていると、とある投稿が目についた。日向は、転校してしまった女子生徒を追いかけているのだという内容。「アサヒ」と言うらしい。投稿のコメントを見てみるけど、本名はどこにも書いていない。むしろ、投稿の内容自体否定するものも多い。
『日向には幼なじみの彼女がいる』
他人の恋愛事情を半端に聞いてもどうしようもない、と思うが一応MOREに繋がるかも、と覚えておくことにする。スクロールしてみるが、新たに得られるものは無い。
「心ちゃんお待たせ」
ドライヤーの音の後、宵くんが戻ってきた。色素の薄い髪が銀色に反射する。
「なんか分かった?」
宵くんが元いた場所に座ると、シューは立ち上がって宵くんの膝の上で丸くなった。
「とりあえずびびくん以外の5人の名前はニュースに載ってた。びびくんのことは名前を伏せてあったけどアカウントの写真から名前は特定できる」
「そこまで調べるなんてやるね」
「ネット廃人だから」
自慢げに言えることではないが事実なので仕方ない。
「それで?気になることはあった?」
宵くんの言葉に私は頷く。
「びび、葵綴、日向、あまね、絵空、だりあ。6人の名前は分かったけど、なんでびびは名前が隠されていたの?それと、日向って人について、なんでMOREに来れたんだろうって思って」
あまね、絵空、だりあはアンダーでは有名人。あまねはいわゆる病み系配信者でファン層は地雷系女子。年齢不詳だけど、そんなに大人じゃないと思う。一人称からして多分男の子なんだろうけど、にしては少し声が高い。社会の不条理とかを配信で嘆いたり、自殺未遂配信をしたり。動画だと歌を中心に投稿している。
絵空もまた配信者。宵くんに近い職業だ。女子高生であるにも関わらず暴露系として活動している。あまねのことも何回か取り上げているのを見たことがある。
だりあはアンダーによく集まるヤンキー集団のトップ。「ユキメリヨヨ」って言えば大抵のアンダーは分かる。不定期でアンダーに集まり、総会を開く。アンダーの女の子で、気が強いっていったらだいたいこの子を慕う人たちだ。彼女たちにとって、「強い女」の象徴だそうだ。
そして日向。彼は正直言って分からない。きっとまだ分からないメンバーにも、そういう人がいるんだろう。私のようにただの一般人、だけど、MOREにいる。そういう人。
「まずひとつめだけど。びび本人による情報統制があった、ってのはどう?」
そうか。びびくんは宵くんと繋がりがある。ってことは、アンダーの操り方もお手のもの。言い方は悪いけど、宵くんが顔バレせずに済んでるのは宵くん自身で情報統制が上手くいってるから。だけど。
「MOREにいる人間から個別に情報発信はできないって聞いたよ?」
それができるのはMOREの投稿主、創造主と言っても過言ではないだろう。その人だけが、MOREの中で発信できる。意味深な言い方といい、宵くんは様子がおかしい。明らかに目を泳がせている。
「本当は宵くんが、情報を錯乱させてない?」
目をまっすぐ見つめて近づくと、観念したのか宵くんは「ばれちゃった」と立ち上がった。てへっと笑い、キッチンに向かう。
「半分正解、ってとこかな。俺がしてるのはびびについてだけ。それに、今はもうしてない」
「なんでそんなこと」
「びびに頼まれてるんだよ。MOREの存続のために」
MOREの存続?宵くんが協力するだろうか。あれ、そもそも宵くんはMOREを追いかける立場じゃない?MOREの究明、解決。これを「掃除屋」として追いかけてるはずじゃ。
「宵くんは、MOREの味方ってこと?」
「味方じゃない」
宵くんははっきり、そう言いきった。
「俺がMOREを追いかけてるのは本当だし、知らないことがあるのも本当。ただ、人よりほんのちょっとだけ詳しい、それだけ」
宵くんの言葉に嘘はなさそうだった。けど、味方じゃないのにびびくんを手伝う、けどMOREを追いかけている。宵くんの立場はどこにあるのだろうか。
私が困惑しているのが分かったのか、宵くんは「順を追って説明しようか」と冷蔵庫から適当に缶ジュースを取り出して机に座る。ぷしゅっと音がして、一口飲んだ。
「お酒飲まないんだね」
私がきくと、宵くんは「うーん」と少し上を見た。
「ジュースの方がおいしいじゃん」
それはたしかに、って言っても、私は飲んだことがないけど。私が静かに頷くと、宵くんは右腕を椅子の背もたれにひっかけ、私の方に体を向けた。
「MOREが始まる前、というか、MOREの制作者が最初の投稿をしたすぐ後、確か2月くらいの話なんだけど」
聞くには覚悟が必要なのか、間を置いて、宵くんは話し出した。
「びびから連絡があった。MOREに参加するってことと、びびの情報は本人がいいと判断するまで公開されないように統制してほしいってこと」
MOREが始まったのは4月。そんなに前から、宵くんはびびから頼み事をされていた。
「なんで引き受けたの」
「これまで手伝ってくれてた部分もあるし、俺がMOREをネタに配信することに対して規制しないって約束してくれたから」
引き受けるメリットがあったってことらしい。すんなり答える宵くんに、私は質問を重ねる。
「びびの情報は、いつ公開しようって言われたの?」
MOREからの発信はMOREの制作者以外不可能、これは絶対的なルールのはず。
「言われてない。びびもMOREからの情報発信はできるかどうかその時点じゃ分かんなかった。だから合図の日付を予め決めといた」
それが7月中旬。MOREが始まってすぐ、宵くんたちはMOREから情報発信ができないことに気づいた。だからその合図に合わせて、宵くんが晒しあげる形になったんだ。
「日付か」
特別な意味でもるのだろうか。単に夏の今頃といったって、正直もっと遅くたっていい。MOREのメンバーはまだまだ明かされていない。彼らもまた情報統制している?
私がぼそぼそつぶやいていると、缶を片手に持って宵くんは両手を顔の横で広げる。自分は情報を全て吐きました、とでも言っているようだ。
「悪いけど俺が分かるのはここまでね。びびに聞いても『そこが期限ギリギリ』とか言われて、俺も意味わかんない」
はぐらかされたわけではなく、本当に宵くんは知らないようだ。なるほど、これじゃMOREの味方とは言えない。
「宵くんはびびのお願いに従っただけなんだ」
「だから言ったろ、味方じゃないって」
詳しい説明もびびくんからはされていないようだ。残念だけど、宵くんはこれが知ってる全てらしい。
「意外と配信で全部話してたんだね、もっと情報持ってると思ったのに」
「掃除屋だからね、情報屋じゃないんよ」
情報屋ではない。集めて教えるんじゃなくて、集めて洗う。「情報屋」と言うあたり、「掃除屋」に関わる「情報屋」が存在しているのだろうか。まあいい。私は缶ジュースを一口飲む。終わらせたつもりはない。
「じゃあ宵くん。ふたつめについて教えてよ」
「……うまく終わりにしたつもりなのに」
「よく覚えてるね」と宵くんは褒めてくれる。宵くんはやたら私をMOREから遠ざけようとする。覚悟はあると言ったのに。
「宵くんがびびに対して分かるのはこれ以上ない、ってだけでしょ?」
言う情報の取捨選択は、言葉を発信する人間なら得意なはずだ。
「どうして私に教えてくれないの?」
まるでめんどくさい彼女のようだ。自分で言ってから勝手に恥ずかしくなる。宵くんは話そうか悩んでいるようだ。量の少なくなった缶を両手でいじり、「んー」とうなる。
「……俺だけが調べたことだから、俺だけで取っときたい、ってのは言わない理由になる?」
日向は一般人だ。個人情報の保護というのもあるだろう。それは分かるけど。
「なるけどならない。私も知らなきゃ、MOREに先を越されるかもしれないし」
正直言って、MOREより先に、なんてのはどうでもいい。重要なのは、ミラが見せてくれるアンダーで、アンダー全体を満たすこと。それは、今のアンダーを壊すことだ。
と言っても、私には宵くんのメリットになるような情報は何ひとつ与えられない。私は「情報屋」としてすら、機能できないんだ。
この際、アンダーの破壊について、正直に話しておくべきだろうか。私は、それ以外で出せるものは何もないのだから。
綺麗な顔が眉を寄せて険しい表情になる。指を顎に当て、宵くんは考えている。数日前もしたようだけど、改めて、今後1ヶ月を保障するために。
「……宵くん」
先に口を開いた私に、「ん?」と不思議そうに宵くんは顔を向ける。これ言ったら、宵くん怒るかな。家に、帰されるだろうか。私は両手を腿の上で握りしめ、下を向く。顔に熱がこもる。
「……隠してたことがあります。怒らないで聞いてほしい」
「どうしたの急に。別に怒んないけど」
「…………私、アンダーを壊したいの」
宵くんはどんな顔をしているだろうか。誤解のないよう、私は声を振り絞る。
「ミラがSNSで見せてくれるアンダーだけを、アンダーにしたいの。るうちゃんみたいな人が、ひとりもいない、居場所のないアンダーたちが、安全に、楽しく、つらさを共有して、分かりあえる所にしたい」
綺麗事を言っているのは分かる。けど、ミラのアンダーは、ミラの投稿は、その綺麗事が具現化したものだ。本当は、私はそれに憧れてここに来たんだ。アンダーを変えるためなんて、そんな大層な目的なんかなかった。
「なんで今?」
宵くんは純粋に気になっているようだ。私の突然の告白も、タイミングが悪いことは、十分分かっている。
「私が出せる情報、これしかないし、私ばっかりきいといて、フェアじゃない、から、、私、かくしごとあるから、教えてもらえないって思って、ずっと、私は」
嘘ばっかり。自分が嫌になる。泣くつもりも無かったのに。ほろほろ涙がこぼれてきて、私はそれを拭う。
「ごめんなさい、宵くん。ずっと、隠そうとしてた」
すると、私の頬が両手で挟まれた。ぐいっと顔を前へ向けられる。
「謝んなくていいよ」
宵くんはまっすぐこちらを向き、そして目線を伏せた。
「心ちゃんは間違っていない」
宵くんは私の頭に手を置き、「それを叶えるかどうかは心ちゃんに任せるよ」と手を離す。
「良くも悪くも、心ちゃんはまだ何もしてない」
良くも悪くも、私はまだ何もできていない。
「もう何も隠してない?」
私が頷くと、宵くんは「ふたつめって日向についてだっけ?」と話を戻した。
「なんで行けたのかは分かんない。これは本当。けど興味深いことが一つ」
探偵のように人差し指を立てる。
「高校生連続自殺事件の自殺者と同じ高校だってこと」




