25.銃撃ははじめて
「心ちゃんどれにするー?」
リビングから声がする。ゲームを選んでくれているようだ。テレビに繋いで大きな画面でやろう、と目をキラキラさせていた。対して私は、溜まった洗濯物をまとめたり、着替えたりしていた。
洗顔と基礎化粧品で整った肌は、今日は何も汚す予定はない。髪も梳かし、ひとつのお団子にまとめる。ボブの長さの髪がパラパラと落ちてくる。部屋着は、ミラが配信で来ていたふざけたTシャツにショートパンツ。冷房の効いた部屋では少し寒いので、着圧レギンスも下に着る。
「どれがあるの?」
リビングを開けて聞いてみると、宵くんは目を見開き、「着替えたんだ」と一言言った。
「普通のJKみたいな格好もするんだ」
「一応普通のJKなんで」
なんだ普通のJKって。宵くんは気にする様子もなく、ゲーム機をテレビに繋いでいる。
「カーレースとかミニゲーム集とか。基本日比とするから、オンラインのもある」
先ほどの質問に答えてくれる。テレビにはパッと、ゲーム機のホーム画面が映った。
「時間めっちゃあるし気になったやつからやっちゃお」
宵くんはゲームソフトがまとまったケースを見せてくる。私は開き、ひとつひとつ見てみる。
「ゲーム配信とかするの?」
素朴な疑問に、宵くんは「うーん」と微妙な声を出した。
「雑談がてらたまにするけど、需要ないからあんまやんない」
需要か。リスナーが掃除屋に掃除だけを求めてる感じ、少し冷たい関係だと思ってしまう。
「別に自分出してちやほやされることが俺の配信理由じゃないしね」
そう言う宵くんは、ちょっと寂しそうだった。空気悪くしてしちゃったかも。
「……私これやりたい」
私が指さしたのは、二人一組になって、色んな場所で殺し合いをするオンラインゲームだ。
「随分物騒だね」
「友達がやってるの見たことあるんだけど、ちょっと気になってたんだよね」
紗奈たちのグループだと、二人くらいプレイしていただろうか。
宵くんはソフトをゲーム機に差し込み、準備を進める。さっきの寂しさを拭ったような背中に、ちゃんと話しておく。
「需要とか、私は関係ないから」
返事はない。私がリスナーじゃないことも、分かっているんだと思う。
「ここにいる間は、宵くんが需要ないって思ってることも、私には必要だから」
ゲームでも、MOREでも。
宵くんはきっと、人としての関わりも大事にしていたいんだと思う。アイドルじゃないけど、リスナーはファンであったり、アンチだったり、それ以前に人間で、宵くんは彼らとコミュニケーションを取っていたいのかもしれない。掃除屋をしているのは、人が嫌いだからじゃない。
テレビ画面は人型だけどどこかぽてっとした宇宙人を二人映している。容姿を決めるようだ。話はなかったことにされたのかと心配になったけど、そんなことはなかった。
宵くんは振り返り、ニカッと笑った。
「分かってるって」
ソファーにどかっと座り、コントローラーを渡してくる。私は受け取り、左隣に座った。
「心ちゃんありがとね」
そう言って、頭をポンっと撫でた。すぐに気づき、宵くんは手を引っ込める。
「癖だわ、ごめん」
「もう気にしてないよ」
昨日の話でも、今日の皿洗いのことでも。分かっている、その手に性的な意味はない。だからこそ、私は受け入れられるし、もはやそういう感謝のされ方が気に入っているまでもある。
けど、それは内緒だ。
「動かし方分かる?」
「なんとなく知ってる」
友達のを見たときに知った。掴んだり投げたり、撃ったりと忙しいゲームで、操作も複雑だけど、それに反したゆるい見た目が特徴だ。全体の色やパーツを選ぶ画面で、私はミラの世界観を意識して組み合わせる。スキンスーツを紫に、白や黒を基調としてツノやサングラスをくっつけ、服はフリフリしたドレスにした。
「これやったことあるでしょ」
「ううん、初めて。見たことあるだけだよ」
スムーズな動きに宵くんは感心する。そういう彼も、既に緑の肌に白系で整えている。
「なんでアフロなのー」
宵くんのは白いアフロに黒のサングラス、白のネクタイとスカートを着ていた。よく見るとサングラスには、キラキラした目が描いてある。現実とのギャップに面白くなってしまう。
「こういうのってふざけたくならない?」
「いやなるけどっ、これはおもしろすぎ」
こうやって日比さんといつもゲームしてるのかな。想像するだけで面白いけど、ちょっとうらやましくなる。
「心ちゃんそれでいいの?いつもと変わんないじゃん」
「いーの、いやツノは生えてないわっ」
いじわるっぽく笑ってくる宵くん。私は宵くんと同じサングラスに変えてみると、ますますおかしくなった。
「目キラキラペアじゃん、敵笑っちゃうね」
「心ちゃんいつもと変わんないじゃん」
「それは嬉しい」
結局、キラキラペアで参戦することになった。オンラインに入り、同じワールドで戦う仲間を集める。リストを見ると、30ほど集まっているようだ。
「50ペアくらい必要なんだっけ」
「まあ朝はやいからね、時間かかるのはしょうがない」
「宵くん多分もう昼」
「配信者あるあるだね」
昼夜逆転で生活リズムがズレてるらしい。
「心ちゃん来てからそんなことないけど」
「私が来てから?」
「心ちゃんの生活リズムを崩さないようにしてるから、俺今割と健康」
こっちを向く宵くん。そういえばそんなこと言ってたような気がする。
「私のおかげ?」
笑ってきいてみると、「うん」とだけ返ってきた。
「あ揃った」
宵くんが音を聞いて言う。すぐに画面が切り変わり、廃れた団地や公園のあるエリアに飛ばされた。画面は横で区切られ、最初はペアとはぐれてランダムに配置される。宵くんが上で、私が下だ。カウントダウンし、0と同時にゲームが始まった。
「どこいるか教えて、迎え行くから」
宵くんは公園を走り抜ける。対して私は、どこか森の中にいるようだ。
「山って感じ。私だけ違うとこいない?」
「団地の裏のとこだね、待ってて」
宵くんはどんどん近づいている。私はその辺に落ちている銃弾やドリンクを拾う。
「この浮いてる赤い点なに?」
「俺がいる方角。合流できるようになってる」
知らなかった。よく見ると、このゲーム、マップもない。プレイする側にしか分からないものがあるんだ。
すると突然、バッと下画面の角が赤くなる。
攻撃された。
カメラワークを後ろにやると、黒いスキンが銃を持って構えている。
「やば」
私は逃げるが、銃弾は肩や腕をかする。
「心ちゃん!いまどこ」
「くまの看板が見えた!けど宵くんの方向に逃げられない」
宵くんがいる方角は、90度曲がらないといけない。けどそれだと敵に追いつかれちゃう。
「相手は一人?」
「うん、まだ合流してないっぽい」
逃げながら銃構えるのってボタン操作が難しい。もしかして、結構ハードなゲーム選んじゃったかも。
怪我はひどくなる。5つあるハートマークがどんどん減ってく。シュッシュッと銃の音、避けると視界に弾が見える。まずい。
ダン、と突然大きな音がした。銃の音がなくなる。
「心ちゃんみっけ」
上の画面には紫の、下の画面には緑のスキンが見えた。
自分で後ろを振り返ってみると、倒れている黒いスキン。
「合流できたね」
そういう白のアフロは、どでかいバズーカを持っていた。
「いや宵くんかっこよ!!」
立ち上がり私が叫ぶと、右隣で宵くんはびっくりし跳ね上がる。
「びびった」
「ほんとありがとう、死ぬかと思った」
「俺は行動もイケメンだから」
冗談にならないところがまたかっこいいんだろう。私はそれを受け流しつつ、拾っておいたドリンクを飲んでハートマークを復活させる。
「何そのバズーカ」
「落ちてたから拾った。ラッキーだったわ」
背中に背負い、「んじゃ行こっか」と手を差し伸べてくる。それを取ると、キランとした効果音に加え、合流したことをオンライン上に示された。
「『バチバチまつげが合流しました』って、ネーミングセンスどうかしてる」
「嘘じゃない」
このサングラス、今気づいたけど横から見たらまつ毛がギャインと上がって見える。いやおもしろ。
「それより心ちゃん、気をつけて」
「なにが?」
「合流することがこのゲームの肝なんだけど、その分狙われやすくなる」
「なんで?」
私が訊くと同時に、銃弾が視界を横切る。すぐさま宵くんはバズーカで攻撃し仕留めた。
「二人まとめて消しやすくなるから」
右を見ると、首をかしげつつ、覗き込むように私を見ていた。




