24.穏やかな朝
起きたのは9時頃だった。寝るのに随分時間がかかると思っていたが、動いたおかげかそうでも無かった。でも、ぐっすりという訳でもない。眠りは浅い気もするが、昨日のことを思い出すせいで頭は冴えている。
ベッドから起き上がる。そっとドアを開けてみるが、リビングは明るくないようだ。カーテンは閉まっていて、電気も付いていない。
宵くんはまだ寝ているのかもしれない。シューもこっちに来ていないので、私はどうしようかとスマホを開く。強い光に目を掠めながら、SNSをのぞく。
昨日あったことに、現実味が感じられない。ずっと夢を見ていたような気分だ。
私は、昨日の記憶を取り戻しながら、リビングに出た。人の家なので、家主に一応声をかける。
「宵くん、起きてる?」
返事はない。ノックをしてみると、「んんん」と咳払いのような声が聞こえた。
しばらくして、ドアが開いた。
「……おはよう心ちゃん」
白っぽい髪はもじゃっとしている。目を擦りながら、大きくあくびをした。
「おはよう」
「心ちゃん、髪やばすぎ」
人のことなど言えなかったようだ。自分でも、なんとなく分け目がおかしいことを認識する。宵くんはリビングに出てきて、カーテンを開けた。開けっぱなしのドアから、シューがとことこ出てくる。
「閉めといて」
言われたのでその通りにする。
続いて、宵くんは冷蔵庫を開けた。
「次から好きに開けて作っていいからね」
そう言ってブルーベリージャムを取り出した。
「食パン2枚焼いてくんない?」
食パンが入った袋を渡してくる。
「なんだかんだ朝ごはん食べるの初めてだね」
私が言うと、ぼさっとした髪のまま宵くんは頷いた。グラスを用意し、コーヒー牛乳を作る。濃いコーヒーの素を牛乳で割るらしい。
ゆっくりしながらも朝ごはんは完成する。ダイニングテーブルに向かい合うように座っていただきます。
「今日の予定を発表します」
食べながら、宵くんは言った。机の下では、カリカリとシューがご飯を食べる音がする。
「はい」
「今日は、家にいようかなって、俺」
「うん」
「心ちゃんどうする?」
「家出ていいの?」
選択肢なんてあるんだ。
「もちろん」
「もし跡つけられても、私気づかないよ?」
「それはちょっと困る」
何より、自分の家じゃない。外出したとして、帰って来れるか分からない。
「けど、俺は心ちゃんを拘束するつもりはない」
そう言ってパンを一口。そっか、私にも自由時間はあるのか。
「じゃあ私も家にいていい?」
「いいけど」
正直、買い物をするのはミラと会う時でいい。貴重な夏休みとはいえ、ぐでっとする日も必要だ。
「夜になったらスーパー行くかも。ついてくる?」
私が頷くと、「よし決まり」と宵くんはコーヒー牛乳を飲み干した。
「今日は何する?」
「宵くんはいつも何してるの?」
私がきくと、お皿を持って立ち上がりながら、宵くんは「うーん」と唸った。
「いつもは掃除屋のための情報集めとか、基本仕事かも。たまに日比のとこでバイトしたり。日比連れてきてゲームもする」
またこき使われてる日比さん。慣れすぎてかわいそうとも思わなくなってきてしまった。
「バイト?」
日比さんってお店でもやっているのか。
「うん。あいつ一応クリエイターだから、動画の編集とかちょくちょく頼まれてんの。納期がやばいと俺が駆り出される」
宵くんが言うには、日比さんは断れない性格らしい。そして、宵くんはそんな日比さんに文句を言いながら、1時間あたり1000円ではたらくそうだ。
「私ゲームしたい」
「いいじゃん。ちょっと待って」
朝ごはんを食べ終え、シンクに食器を持っていくと、宵くんが皿洗いを始めようとした。
「私がする。分担するんでしょ」
宵くんからスポンジを奪うと、驚いた顔をされた。
「そんなお手伝いさんみたいに立ち回んなくていいよ」
宵くんはそう言うが、彼がそうなってしまいそうなのでやめさせる。何回か瞬きをした後、「ありがとね」と頭を手を置いた。
「あ」
声を発したのは私ではない。宵くんだ。昨日の今日で、とでも思っているんだろう。
「……感謝されて嫌な気分はしないから」
一応言っておくと、宵くんはくしゃっと笑った。
「じゃ俺洗濯するから。心ちゃんも自分のタイミングでやっといて」
「分かった」
そう言うと、宵くんは自室に戻ってしまった。そういえば、着替えとかするのかな。部屋着一応持ってきたけど。今日はメイクする必要ないし、家主に合わせることにしよう。
お皿を洗いながら考える。特に変わったことはないように会話をしたけど、私はずっと考えていた。
昨日の夜言った、MOREについて。
明日話そうって言っていたけど、今のところそんな気配はない。私から話題を振らなきゃ話してくれなさそうだ。そもそも、MORE自体に乗り気な感じがしない。
けど、知りたいものは仕方がない。ガタガタっと音がする宵くんの部屋をちらっと見つつ、私は水で洗剤を流した。